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卵巣がんと痛みの物語1

がんの痛み

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2021年夏に開催された第63回日本婦人科腫瘍学会学術総会においてオンデマンド配信された「がん患者の精神的ケア(横浜市立大学・助川明子先生)」の発表でも取り上げられましたが、がんの痛みは、抗がん剤の副作用によるしびれや吐き気、がんの進行によって起きる痛みだけではありません。
人の痛みには上記に示したような身体的苦痛のほかにも、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペインがあるとされていて、それらは複雑に絡み合っているとされています。

ここから先は実際に卵巣がん体験者の会スマイリーが支援した患者さんの経験をもとに記載させていただいていますが、患者さん、医師、病院が特定されないよう、名前は仮名とし、一部事実を一般化させていただくかたちで記載させていただいています。あらかじめご了承ください。

体表面近くにしこり・・・これって再発!?

坂田加奈子さん(35)は小学校高学年のお子さんと62歳になる母親の里子さんと3人で生活しています。
1年半前、33歳のときに卵巣がんステージ3Aと診断され一次的腫瘍減量手術(PDS)とパクリタキセル+カルボプラチンの併用療法を受けました。
過去に大きな病気を経験したことがあり、主治医と話し合った結果、得られるベネフィットよりリスクが高いとしてベバシズマブによる維持化学療法は選択しませんでした。
(当時はニラパリブやオラパリブは承認されていませんでした)

ある年の5月に3ヶ月に1度の経過観察をうけました。
画像診断も腫瘍マーカーも特に問題がなく次は8月に診察ということになりました。

6月、加奈子さんは首と肩の間の部分に小さなぐりぐりを見つけました。
もしかしてがんが転移をしたのでは!?
実は、加奈子さんが愛読している卵巣がん患者さんのブログで「鎖骨近くにぐりぐりができて病院で診察を受けたところ、そこに卵巣がんが転移をしていた」という記事を読んだばかりでした。

加奈子さんはパートを休み主治医の診察を受けたいと病院に足を運びました。
少し時間がかかりましたが主治医に会うことができました。
見つけたぐりぐりについて話をしたところ「5月の血液検査も画像も問題がなかったのだから気のせいだ」としてぐりぐりを診てもらうこともできなかったといいます。
加奈子さんは不安だから調べてほしいと訴えましたが「気のせいだと思うよ」として帰るよう促されたといいます。

体調に異変

その後ぐりぐりを気にしないようにしながら、家事や育児、パートと日常生活を送っていた加奈子さんでしたが、やはり不安が消えることはありませんでした。
毎日のようにぐりぐりを触っては「次の診察までにぐりぐりが大きくなり手遅れになって死ぬのでは」とベッドの中で声を押し殺して泣きました。
不眠になり食欲が落ちてしまいました。
周囲が驚くほど顔色が悪くなり痩せこけてしまいました。

「片木さん娘がおかしいのです、様子を見に来てもらえませんか?」
母親の里子さんから電話をいただいたのはまもなく7月になろうかというときでした。
私の家から電車で20分ほどの里子さん・加奈子さん家族が住まうおうちに伺いました。
加奈子さんの姿を見て驚きました。
卵巣がんの経過観察中とは思えない生気のない様子でリビングのソファに座っていたのです。

加奈子さんは私に主治医に不安を訴えてもぐりぐりを触ってくれなくて「気のせい」とされたこと。
頭から否定されたことで、もう一度話に行く勇気がないことを話してくれました。
私が心配になったのは加奈子さんが食欲がほとんどないこと、脱水症状などにならないかということでした。

里子さんはとても忙しく仕事をされている方で仕事に行ってしまいました。
私もこのあと仕事がありとても悩みました。
「加奈子さん、ここからタクシーで20分ほどのところに私が信頼している医師が開業しているクリニックがあります。そこに行って相談しませんか?」

そのクリニックはがんの診療を専門にはしていませんが、がん患者に対して在宅訪問診療をしていました。
また、医師は過去に研修で婦人科もローテーションしていたそうで卵巣がんの手術も経験をしていたという医師です。
(だからといって卵巣がんの専門家ではないのですが・・・)
タクシーで移動しながらクリニックに電話をしたら医師が出てくださり「昼休みだけど待ってるから来てくれていいよ」と快諾してくださいました。

手当とはこういうことなのですね

加奈子さんをクリニックに送り、私は仕事のためタクシーでそのまま最寄駅に向かいました。気になるので仕事後にクリニックに加奈子さんを迎えに行くことにしました。
2時間半後にクリニックに戻ったとき、まだ加奈子さんは診察室にいました。私は待合室でじっと待たせていただきました。
診察室から出てきた加奈子さんの表情はとても明るくなっていてびっくりしました。

医師はお昼の貴重な休み時間であったでしょうに、加奈子さんの話を真剣に聞いてくれたと言います。
「それは不安だったでしょう」
「ちょっとぐりぐり触らせてもらっていいかな」

としてぐりぐりを触ってくれたといいます。

そして、確かに鎖骨近くにがんが転移する患者さんがいること。
でも、加奈子さんのぐりぐりは触った感じではがんによるものではなく、良性のおできのようなものであると思われること。
気になるようだったらちょっと痛いけどピッと切って取り出して検査に回してもいいよと言ってくださったといいます。

加奈子さんの不安を「気のせい」とか「不安感が強い」とせずに患者さんはそう感じると思って当然だよと受け止めて話を聞いてくれたのだといいます。

未成年の子どもがいること、これから高齢になる母がいること、助けてくれる人がそんなにいないこと・・・加奈子さんが語る思いを否定せずにただただ聞いてくれたそうです。
そして「加奈子さんは生きなきゃいけないね、大丈夫だよ、お母さんのことも必要があればいつでも相談に乗るからね」など一人で抱えなくて良いのだと伝わる声かけをし続けてくれたと言います。
医師は泣きじゃくる加奈子さんの背中に手を置いてなんどもさすってくれたそうです。
「あぁ手当ってこういうことだな」加奈子さんは温もりに救われる思いがしたと言います。

実は加奈子さんは私には話してくれませんでしたが、不安のあまりに漢方薬局に行き高額な生薬を出してもらい飲んでいました。
その額なんと1●万円(1ヶ月分)。
それも、医師は確認をして「これは生薬がいいなら生薬でも保険で出せるよ」「これは生薬じゃなくて医療用医薬品でもっと効果がでるやつがあるよ」として全て保険で出せるようにしてくれたそうです。
加奈子さんが私に言わなかったのは「保険適応じゃない治療の話をしたら私が怒るんじゃないか」という不安を日頃から与えていたのかなと思うと私も大いに反省をするところがありました。

帰りはタクシーを呼ぶこともなく、医師に勧められたクリニック近くのおいしいうどん屋さんで加奈子さんはもりもりと温かいうどんを食べ電車に乗り自宅へと戻って行きました。

その後

加奈子さんから7月の終わりに電話がありました。
あの日から処方されたお薬がよく聞いて眠れていること。
不安で泣きじゃくることがなくなったこと。
お食事ももりもり食べれていると聞きホッとしました。
肝心のぐりぐりも検査の結果、問題がなかったそうです。

あれから時間が経ちましたが加奈子さんは再発せず、お子さんとお母さんと元気に過ごされています。
ただ、その後に引っ越しをされたこともあり病院は転院したそうです。
クリニックにはいまも通い今は生薬などは飲んでいないといいます。

まとめ

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私たちはがんの痛みを身体的苦痛さえ緩和していれば良いように捉えがちですが、患者さんには複雑な形で痛みが発生しており、それらが影響をしあって患者さんのQOLや生きる意欲といったものが落ちてしまうことがあります。

今回のケースも、最初は鎖骨近くに小さなぐりぐりを見つけたところがスタートで、ネット上で同じような症状があった患者さんが再発と診断されたことにより不安になり、主治医には直近の検査等で問題がなく気のせいとされたことでわかってもらえない辛さ・大切に思ってもらえない辛さが生まれていき・・・という形になったのだろうと推測されます。

婦人科がんの場合は、腫瘍マーカーの測定や必要に応じて内診なども行うため診察室で患者さんのお話を伺うための時間が短くなる場合があります。
また1時間で外来で診察する患者さんの数も決まっており、長時間待たせることは困難でありじっくり患者さんのお話を伺うことが難しいということもあります。
さらに検査も放射線による検査は適切な回数であれば問題はありませんが、過剰に放射線を浴びて良いものでもなくなかなか頻繁にオーダーを出すのが難しいこともありますし、そのほかの検査も月に何回までなら保険適用など厳密に運用が定められているものもあります。

近年、がん患者さんの診療にあたる医師は「PEACEプロジェクト」という緩和ケアのプログラムを受け、痛みについて学び、患者さんが治療で感じる痛みや辛さを早期から緩和することを行うようになっています。
医師は診察室で「緩和ケアをしている」と直接言葉で伝えることはなくても、患者さんの話を聞き必要に応じて痺れを和らげる薬や、痛み止めなどを処方、必要に応じて飲み方の指導もしています。

以前は緩和ケアは終末期の疼痛緩和を目的としたものと思われがちでしたが、今は診察室で普通に早期からの緩和ケアが導入されつつあるのです。

しかしながらその早期からの緩和ケアはいろいろな事情から身体的な痛みの緩和が中心であり、全人的ケアにまで至ってるとは言えません。

私がよく話に出す「卵巣がん患者の意思決定調査(2014)」という論文のなかで卵巣がん患者はステージ1だから辛くない・ステージ4だから辛い、若年性で発症したから辛い・高齢者だから辛くないといったことはなく、ステージ1でもとても苦痛を感じている患者さんもおられます。高齢でも卵巣がんになったことに苦痛を感じている患者さんもいます。
つまり、患者さんの抱える辛さや痛みはステージや年齢などではなく個人の話をしっかり聞きケアする必要があると思います

ただ婦人科の外来診療のなかでそれを行うには時間もスタッフも圧倒的に足りません。もっとシビアな話をすれば患者さんの話を何時間かけて聞いたとしても診察料は上がりません。
だからこそ、患者さんを支える方法のひとつとして必要に応じて緩和ケア医につなげるといったことも検討されても良いのではないかと思いますが、なかなかその術や繋ぐ方法をきちんと持っている主治医は少ないです。

今回の患者さんが繋がったのはがん患者の在宅訪問診療をする開業医ではありましたが、拠点病院だけではなく地域でのお医者さんなどでも良いと思います。

また私はプラチナ抵抗性になった患者さんに関しては「そろそろ地元の訪問看護ステーションなども調べていきましょうか」とお話をすることがあります。
今回の患者さんは初回化学治療後の経過観察でありこの段階ではありませんが、がんが再発を繰り返し進行してくると、身体的にもしんどくなる日が増えて寝込む日が増えることもあります。
本格的にがんが進行してからいざ訪問看護や在宅訪問診療医を探そうとしても時間がなく、それらのスタッフなどをじっくり見て選ぶことができません。

自分の家に入って自分を支えてくれるべき人なのだから、早い段階からちょっとずつ見に行ったり話をしに行って人柄や方針を知っておくことはとても大切だと思います。
また訪問看護など入ってもらうことで、例えば治療から戻ってきたら鼻血が止まらなくなったなどという事態が起きた時に「病院に行くかどうか」「しばらく家で様子を見るかどうか」といったことも相談することができます。

たいてい患者さんに切り出すと「まだそんな段階じゃないでしょう」とおっしゃる方もおられますが、いざ介護保険内でサービスを使えるとわかり開始をしたら「マッサージも受けられてとても良かった」「家族がいない時間にしんどくなっても安心」という声が聞こえるのも確かです。

緩和ケアは少しずつ患者に知られるところにはなってきましたけど、実際にいつ・どのタイミングで繋がるのが良いかなどはあまり知られていません。
また主治医も「痛みのコントロールくらい自分でもできる」と考える医師がいますが、それは身体的苦痛に対してでだけで全人的苦痛の緩和には繋がっていないことをわかっていない場合もあります。
緩和ケア医は全人的苦痛の緩和を行います
(ただし一部性格に難ありでこのひとに緩和ケアできるんかなみたいな医師がいないわけではありませんが・・・)。婦人科医は婦人科の治療を行いながらその身体的苦痛を取り除きます。緩和医は婦人科の治療は行えませんが、全人的苦痛を取り除く専門家です。
だからこそ緩和ケアについて少しずつでも知り、興味を持って欲しいと心から願っています。

そのためにも個別のケースを物語で書いたほうがわかりやすいかと思い少しずつでも書いていくことにしました。
筆が遅く時間がかかるとは思いますがよかったら今後も読んでいただけたら幸いです。

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