聖なる日の生と死 【前編】

先日、アパートの一階に住んでいたおばあさんが亡くなりました。
多分25日から26日にかけての間の事です。

旅行先から帰って来て、はーやれやれ、とアパート横にある角を曲がると・・・・
突如として大量の人々が!!!!
狭い路地なのに仮設テントが設置され、アパートの入り口周囲には人々がひしめき合っておりました。

役目を終えた翌日のテント。ここにわんさと人がいた。
私のビビりっぷりを見て、心なしか人々はクスリと笑っていたような・・・
葬儀中だけど。

えええっ!!何コレ!!!と驚愕しつつ入り口に入ると中も人がいっぱい、そして一階の奥の部屋が何やら物々しい雰囲気。

あぁぁ〜結局あの部屋のおばあさん、亡くなったんだな・・・

と腑に落ちました。

旅行に出かける数日前、アパートの前に救急車が停まっており、その部屋を救急隊員が出たり入ったりしておりました。
運び出される雰囲気がなかったので、緊急事態で家族が呼んだんだなと察しましたが、近所隣づきあいは全くないので、その後どうなったかはわからず仕舞い。

そして先日の死去となったのであります。

自宅に戻りちょっと落ち着いたので、買い物に行ってこよう、と部屋を出ると、一階がさっきより更に物々しい様子。
見るとなんと棺桶らしきものがあり、中から出てきた男性が、棺桶に敷布を敷いておりました。
あわわわ・・・・今から運び出しか、と一瞬ギョッとし、階段で見守っていたおばさんが、出るなら行きなさい、と促してはくれましたが、流石にこんな厳粛な感じの中、空気読まずに外国人が出るのはどうかな、というのと、ちょっと見てみたい、という好奇心に駆られ、結局一部始終を見届けることにしました。

数分後、布に包まれたおばあさんの遺体が運び出され、棺桶に収められました。白い布が直接遺体を包み、その上にビロードのような光沢のある黒い生地に、金色でコーラン(多分)が書かれた布がかぶせてありました。

男性たちが数人で、おばあさんの遺体を運び出していましたが、あまり人目に触れさせないように隠すような感じで、死体は不浄のものなのかしら・・・と思いつつ見ておりました。

棺桶が外に出ると、外で待っていた人々から一斉に何かの言葉がかけられました。多分チュニジア語で冥福を祈る言葉なんだろうな〜と思いつつ、見えない外の様子を伺う私。

そろそろ外に出ても良さそうな雰囲気だったので、入り口まで近づき外を見ると、停めてあったトラックのような普通の車に棺が乗せられました。
車は緩やかに出発し、蛇行のような状態でゆっくり進んでいきますが、同時に何やらけたたましい女性の叫び声が聞こえてきて、何だろうと、よく見るとそのおばあさんの娘さんでした。

娘さん・・・多分歳の頃は20代中盤から終わりくらいの感じなので、亡くなった方はおばあさんではなく彼女のお母さんなのかもしれませんが、外国人、特にイスラム女性は老けるのが早いので、わかりつつもそんな風に思っておりました。

で、その娘さんというのも、イスラム圏にしてはなかなかにトッポく、ヒッピー的なお姉ちゃんで、目の前にあるアパートに住んでいましたが、タバコは吸う、男と半同棲する・・・と、厳格なイスラム教徒からすればかなりのかっ飛びブリな方。
ちょうど私の部屋から彼女の部屋が丸見えなので、“お母さん、いいんかいな〜・・・”と半ば呆れつつ、好奇心もありつつで時々見ておりました。

え〜っと、わかりにくいと思うのですが、写真右端の建物の
真ん中の階に窓がある部分がヒッピー女子の部屋です。

イスラム教徒なのに、親の住むすぐ傍でそんな破天荒に出来るのってすげえな〜と、ある意味の称賛を込めて思っていましたが、実はそれは彼女の、宗教に対する抵抗なのかもな、とそんな事を考えたりもしていました。

叫ぶ彼女が何を言ってるかわかりませんでしたが、周りにいた女性たちに制止されつつも、蛇行しながら離れていく車に向かって大声でわめき続け、車の方を見ると、車には男性のみが葬列し、女性達は元の場所に留まり見送っています。

もしかしたら・・・

「何で女が一緒に行ったらダメなのよーっ!!!!」

そんな風に叫んでいたのかもしれません。

親族からすれば彼女の叫びは最もな事で(あくまで想像ですが)、でも宗教的観点からは許されず・・・。
イスラム教とは一体何なんだろう、と考えてしまいます。

チュニジアはかなりゆるい国で、酒も飲めばタバコも吸う、毎日のお祈りも強制ではない、(豚食は不浄なので国内では多分皆無)という状況ですが、それでも女性の自由を制限する傾向は強く、30歳越えた女性の結婚はほぼ無理、とか、スポーツジムでは男性の好奇の目に晒されるので、成人女性の運動はままならず、高齢化してくると歩くのもやっとの年配女性を多く目にします。
創世記からの戒律を未だに守り続けてて、そういう国ってこれからどうなっていくんだろうなぁ・・・とぼんやり考えてしまいました。

キリストが生まれた日に亡くなるイスラム教徒の女性、というのも何やらシュールだなぁ、と思いましたが、生も死もごく日常にある事で、そんな特別な日に亡くなる人がいるのも、生まれる人がいるのも、宗教の枠組みで考えるほうがナンセンスなのでしょう。

一つの魂に向けて、ご冥福をお祈りします。

・・・と何やらきれいに終わった風味ですが、実は続きがあるのです。
続きはまた明日!・・・って日本は元旦なのか!?
年を越えないよう更新します〜。

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