誰かに必要とされているから諦めない強靭さを君に

伝わらないのは書き手の責任。難解で抽象的な文章は無に等しい。

賢い人の文章は簡潔明瞭で分かりやすい。

「だから」分かりやすいと言われると不安になる。
「そして」分かりやすい文章に出会うと自分の読解力に不安を覚える。

しかし意味が伝わるとはどういうコトなのか。

そもそも、言葉の役割とはなんなのだろう。本当に意味を伝達するための手段なのだろうか。

ある人は「言葉は意味の伝達手段ではない」と言った。言語を木に喩えると意味の伝達は枝葉で幹ではないらしい。
それでもその人は膨大な文章を遺した。それらは難解で読みやすいモノではなかったが私には枝葉とは思えない重要な作品群だった。

しかし、相手に伝わらなければ意味がなく、分りやすさが優先されるのは確かなことだ。

勝ち負けと、敵と味方など二つの立場に、どんな問題の解答も収斂されてしまう。

批判か擁護か

出席か欠席か

親か反か

言葉と記号の差異が消失し現実と虚構が同じになった。

それでも。いや、だからこそ。君は君の夢を手に入れて凱歌を聞かせて欲しい。