【小レポート】なぜ人は利他的行動をするのか?

We discussed the empathy-altruism hypothesis and the aversive-arousal reduction hypothesis about helping behavior. What other hypothesis about helping behavior may be plausible? 



 他者を助ける行為は、ときにより秩序のある社会の形成につながり、結果的により自分自身も暮らしやすい環境がつくりあげられる。利他的な行為は、時として、自らにも還元される。


 『Pay It forward』という映画がある。主人公の少年トレバーは、「世界を変えるなら何をする?」という課題を与えられ、自分がもらった思いやりや善意を、その相手以外の人にも恩返しをしていく(Pay It Forward)というアイデアを考えだし、それを実行する。思いやりの輪は、彼の知らないところへも広がっていき、最期には、彼自身に返ってくる。というのが、この映画のあらすじである。

 この映画は、フィクションである。しかし、このような、利他的な行動が、また、次の人の利他的な行動を生みだし、また、それが、次の利他的な行動を生みだし、それがどんどん連なっていって、その輪が広がって、より利他的な社会が作り出され、自分の利益にも還元されるという現象は、現実にも起こりうるのではないだろうか。というか、それは、人類が歴史的に少しずつ実現してきたものではないだろうか。

 このことは、心理学の「協力」「模倣」という2つの観点から説明される。

 人間は、「協力」しあう生き物だということを示した有名な実験が、「囚人のジレンマ」である。ここでは、その内容を具体的に記述することは控えるが、このゲームの結果が示したことは、相手に協力しない方が自分の利益につながることがわかっていても、現実に近い条件においては、ゲームを繰り返すほど、協力しあう人の割合が増えてきたということである。

 心理学は、人間が本質的に合理性をもつことを前提としている。心理学でいう合理性とは、自分自身に利益がもたらされる行動をとることである。人間は、本質的に利己的であるにもかかわらず、利他的な協力行動を人がとるようになったのは、「協力」が自らの利得につながるからにほかならない。「協力」しあう社会が、結果的には、自分にも利益がもたらされる社会なのである。

 また、人間は、他者を「模倣」し、学習する生き物である。それは、社会的慣習を模倣することもあるし、個人の行動を模倣することもある。いずれにせよ、人間の本質にもとづけば、より自らの利益になる慣習や行動を「模倣」する。

 ことをわかりやすくするために、今世界には、「協力的」な社会と、「非協力的」な社会の2つだけがあるとする。すると、社会全体でより多くの利益をあげるのは、「協力的な」社会になろう。先ほどみたように、より「協力的」な社会は、その個々人にもより多くの利益がもたらされている。すると、「非協力的」な社会の人たちはどのような行動に出るだろうか。彼らは、より利益を上げている「協力的」な社会の人たちを「模倣」するはずである。そうなると、世界には、「協力的」な人たちがどんどん増えていく。より「協力的」な世界ができあがるのである。

 これは、理想論のように聴こえるかもしれない。しかし、これは研究が明らかにした、人間が本質的に「協力」する世界を築き上げていくという現実である。われわれは、おそらくまだその過程にあるのだろう。しかし、他者を助ける行為は、時として、自らにも還元されるのである。

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