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老いていく母に、花の効果は一瞬か

90歳を迎えた母の誕生日は、残念な一日になったな。
そう心の中でつぶやいた時、わたしが感じている以上に母にとっては辛い誕生日なのだろうと思った。

わたしの言い分はこうだ。1週間も一緒に過ごし、好きなものを用意したにもかかわらず、薄情な娘だと言われるなんて理不尽だ。忙しい時期に1週間一緒に過ごせるようにするのは大変だったのに、それを理解してくれないなんて残念すぎる。

そんなことを考えれば考えるほど、自分の誕生日を祝ってもらうことを期待していた母にとって、わたし以上に辛いことだっただろうと思うようになった。母は他人様からちやほやされるのが好きで、あなたは幸せねぇと言われることが好きなのだ。そんな母に対して、誕生日を事前にお祝いするというわたしの選択が間違っていたのだろう。当日をお祝いされて過ごすこと、見てすぐわかるお祝いの品を用意することが、母の期待だったはずだ。行けるかどうかわからなくても、温泉旅行のチケットを贈れば、毎日眺めて楽しみにするのだ。

落ちていた気持ちを持ち直し、急遽、花屋に電話した。すぐ近所の花屋さんは気のいい女性がひとりで仕切っている。テキパキと用意してくれ、1時間後には素敵なアレンジメントが母のもとに届いた。母は大層喜び、わたしに電話をしてきた。会議中だったが中座して電話をとった。お花が届いて嬉しい、さっきは怒って悪かった、そんな言葉をくれたところで切ろうとしたが、話は終わらなかった。

お花が来るなら来ると、言っておいてほしかった。もしかしたら、晩御飯も何か用意してくれてるのか、それならそれで教えておいてほしい。お花は綺麗だが、手入れできないからすぐにだめになりそう。

こんな話が続いたところで、仕事に戻ると言って電話を切った。
わたしの中にもやもやが始まりそうだったが、「こんなにやってあげたのに」だとわかっていたので、それ以上考えず仕事に集中した。長年働いてきたことの恩恵は、目の前の作業に集中する習慣だ。これを逃避というが、それでいいと思う。

夜になって、またも電話があった。よそさまの話だった。息子がいるのに何もしてもらっていない80代の女性の話を聞き、自分には娘がいて誕生日を祝ってくれるからありがたい。そんな話ぶりだった。しかし、これにも続きがあった。80歳の記念で豪勢な食事会を開いてもらった別の女性の話。デイサービスの仲間から、誕生日を一人で過ごすなんて非常識な娘だと言われた話。どれもうんざりしたので、適当に聞き流した。最後の最後になって、冷蔵庫が壊れたかもしれないと聞いた時には、それを先に言ってよと思ったが言うのはやめた。

新しい冷蔵庫はもったいない、と思う自分はやはり非情かもしれない。

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