将棋界の変化ーー羽生世代と藤井世代の違い

▼2018年は2017年に続き、将棋に大きな注目が集まった年だった。AI(人工知能)をめぐる羽生善治世代ーー40代後半と、藤井聡太七段に象徴される10代半ばとの違いについて、深浦康市九段が体験的な分析を話していてわかりやすかった。「将棋世界」2019年1月号から。話のきっかけは、「端攻め」のタイミングについて、藤井聡太七段が10代中盤ですでに中原誠十六世名人のような巧みさを会得していることへの驚き。()は引用者。

〈現代は将棋ソフトやインターネットなど情報を得る場が多く、特に将棋ソフトは強者です。答えが出せる局面も多く、(藤井聡太七段は)それをあまり抵抗なく吸収しているのだと思います。例えば子どもが『青信号で渡りなさい』と親から教えられたら素直に従うように、ソフトが示す手を何の抵抗もなく、素直に取り入れている。

 自分も含め羽生世代は、定跡はまず疑ってかかることから始めました。一から考えるという作業です。ところがいまはソフトが答えを出す。正解に近いものがそこにある。真逆のことをやっています。

 約30年前、将棋会館の控室ではA級順位戦を羽生、森内、佐藤康、先崎等の若手の面々が継ぎ盤を囲んで検討する風景が見られました。ところが終盤の難所で沈黙が訪れる。10名近くいるが、間違ったことを言うとすぐ反論される。軽く「これはどうですか」と言うと、「それはこうこうこうでダメなんだよ」と返される。そうなるとだんだん口を出せなくなる。そういう時代だった。

 現在は将棋ソフトなどの絶対的な情報、信頼度の高い情報があります。考えるより聞いたほうが、調べたほうが早い。当時と逆の環境になったように感じます。そういう時代背景もあるのだと思います。〉

▼羽生世代が小さな将棋盤を囲み、駒をにらんでいた光景について、羽生、森内、佐藤康、先崎各氏に尋ねてみたいものだ。

▼今はどんな難解な局面でも、たとえば「将棋DB2」というサイトでは、プロの対局の多くが記録されていて、ソフトによる一手ずつの判断が無料で見られる。

「羽生、タイトル100期ならず」で注目を浴びた竜王戦の第7局だと(先手が広瀬九段、後手が羽生竜王)、118手目の後手2ニ玉で、評価値が先手の14から1004まで一気に跳ね上がっている。14というのは、ほぼ互角を表す。1000を超えると勝敗がほぼ決したといえる。後手が優勢の場合は、この数字にマイナスがつく。もちろん、差が2000を超えていても、たった一手で逆転する勝負もたくさんあり、そこに将棋の面白さがあるのだが、その逆転劇が、棋力が低い人にとっても「見える化」されたのが、ここ数年で将棋観戦に起きた大きな変化だ。

▼この第7局では、将棋DB2の判断によると羽生竜王の2ニ玉が敗着ということがわかる。今はさまざまな将棋ソフトが普及しているので、それぞれのソフトによって局面の判断は異なるが、ここ数年で、たとえアマチュアでも、だいたいの目安がたちどころにわかるようになった。

▼ただし、深浦氏が言うような「一から考える」作業がなければ、どの世代であれ強くなれるはずがない。「一から考える」作業を足元から支えてくれる巨大な力が将棋ソフトなのだろう。「鬼に金棒」の「金棒」が将棋ソフトだとしても、将棋の「鬼」にならなければ、ソフトという「金棒」の真価も発揮できない。鬼になる方法を教えてくれるのは、金棒ではない。

(2018年12月26日)

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