見出し画像

法人は個人を守らない話 その4 小学館のプレスリリース、義理と人情の絶妙なバランス

▼人の噂も七十五日、という諺(ことわざ)があるが、SNS時代は、情報の消費スピードが随分はやくなったから、人の噂も7.5日、かも知れない。まるで「シカゴ」の主人公二人の興行が、たった一週間で終わってしまうようなものだ。

以下、適宜改行と太字。

▼D。〈ドラマ「セクシー田中さん」脚本家・相沢友子氏が追悼「頭が真っ白に」 自身の投稿を反省「深く後悔」/スポーツニッポン2024/2/8 15:46(最終更新 2/8 16:36)〉

〈日本テレビで昨年10月に放送された連続ドラマ「セクシー田中さん」の原作者で、漫画家の芦原妃名子さん(享年50)が死去したことを受け、ドラマの脚本を担当した脚本家・相沢友子氏が8日にコメントを発表。作品を巡る自身の投稿を反省し、追悼した。

 芦原妃名子さんの訃報は1月29日に伝えられた。芦原さんは1月26日に更新した自身のXで、脚本をめぐり局側と折り合いがつかず、自らが9、10話の脚本を書くことになったとして視聴者に向けて謝罪。当初提示していた「漫画に忠実に描く」などの条件が反故になっていたと明かしていた。

 日本テレビは公式サイトを通じ、同作について「日本テレビの責任において制作および放送を行ったもの」と説明し、芦原さんを追悼。出版元の小学館も芦原さんを追悼し、同作は未完のまま終了となると発表していた。ドラマ主演の木南晴夏や安田顕ら俳優陣も芦原さんを追悼していた。

 相沢氏はこの日、自身のSNSを更新。「このたびは芦原妃名子先生の訃報を聞き、大きな衝撃を受け、未だ深い悲しみに暮れています。心よりお悔やみ申し上げます」と追悼した。

 続けて、「芦原先生がブログに書かれていた経緯は、私にとっては初めて聞くことばかりで、それを読んで言葉を失いました」と、芦原さんが投稿した映像化の経緯について触れ、「いったい何が事実なのか、何を信じればいいのか、どうしたらいいのか、動揺しているうちに数日が過ぎ、訃報を受けた時には頭が真っ白になりました。そして今もなお混乱の中にいます」と、率直な思いを記した。

 また、自身がSNSに投稿したドラマ脚本に関する発言について「SNSで発信してしまったことについては、もっと慎重になるべきだったと深く後悔、反省しています」と反省し、「もし私が本当のことを知っていたら、という思いがずっと頭から離れません。あまりにも悲しいです」と悲痛な思いを吐露。「事実が分からない中、今私が言えるのはこれだけですが、今後このようなことが繰り返されないよう、切に願います」と呼びかけた。

 最後に「今回もこの場への投稿となることを、どうかご容赦ください」とし、「お悔やみの言葉が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。芦原妃名子先生のご冥福をお祈りいたします。2024年2月8日 相沢友子 これを最後に、このアカウントは削除させていただきます」と結んだ。

 芦原さんは1月26日の投稿で、「色々悩んだのですが、今回のドラマ化で、私が9話・10話の脚本を書かざるを得ないと判断するに至った経緯や事情を、小学館とご相談した上で、お伝えする事になりました」と投稿。ドラマ化にあたって“必ず漫画に忠実に”などの条件が守られていなかったことを明かし、自ら9、10話の脚本を手がけることになったと説明した。視聴者に向けて謝罪したが、芦原氏は28日に当該の投稿を削除。上記についてつづったブログも閉鎖した。

 日本テレビはドラマの公式サイトを通じ「芦原妃名子さんの訃報に接し、哀悼の意を表するとともに、謹んでお悔やみ申し上げます」と哀悼の意を表し、「2023年10月期の日曜ドラマ『セクシー田中さん』につきまして、日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただいた脚本を決定原稿として、放送しております。本作品の制作にご尽力いただいた芦原さんには感謝しております」と説明した。

 芦原妃名子さんは1994年に別冊少女コミックの「その話おことわりします」で漫画家デビュー。03年から連載された「砂時計」は05年に小学館漫画賞を受賞。ドラマ化や映画化もされ、累計700万部を突破する大ヒットとなった。13年には「Piece」で自身2度目となる小学館漫画賞を受賞。こちらも後にドラマ化された。〉

▼相沢氏のこの投稿で社会的価値があるのは、〈芦原先生がブログに書かれていた経緯は、私にとっては初めて聞くことばかり〉という箇所だ。

相沢氏は、芦原氏の謝罪文によって初めて、(小学館を通じた)芦原氏と日本テレビとの約束を知った、ということだ。つまり、芦原氏が謝罪文を出すことになった責任は、自分ではなく、日本テレビにある、という表明だ。これが事実なら、「法人」と「個人」とにあてはめれば、相沢氏もまた個人であり、法人に守られる存在ではないことがわかる。

▼〈初めて聞くことばかり〉という一言を読んで不思議に思ったことが二つある。社会的価値はないが、気になったので、メモする。

一つ、なぜ相沢氏は、直接、芦原氏と話さなかったのだろう。筆者は「そんなにショックを受けたなら、ふつう、本人と話さないか?」と思った。尤(もっと)も、「ふつう」は人の数だけあるのだが。脚本家は原作者と話してはいけないという契約があったのだろうか。

二つ、相沢氏は、芦原氏の謝罪文を読んで〈動揺しているうちに数日が過ぎ〉て芦原氏の訃報を知ることになったそうだが、ここには、〈動揺しているうちに〉過ぎた数日間に、具体的に自分が何をしたのかが書かれていない。つまり、日本テレビの関係者とのやりとりが書かれてない。

初めて聞くことばかり〉だったならば、頭の中は疑問だらけになったはずなのに、相沢氏はなぜ日本テレビの関係者に問い合わせなかったのだろうか。

もしかしたら相沢氏は、この数日間、あまりに激しい動揺が続いたので、日本テレビの関係者をはじめ、一切、誰とも、この問題について話したり、メールしたり、LINEでやりとりしたりすることすら、思いつかなかったのかもしれない。

もしくは、日本テレビの関係者などから「大丈夫ですか」と心配する電話がかかってきても、メールの受信も、LINEの通知も、一切、気づく余裕がなかったのかもしれない。

そういえば、相沢氏は〈初めて聞くことばかり〉の直後に〈言葉を失いました〉と書いていた。相沢氏は、芦原氏の訃報を聞くまでの【数日間、言葉を失ったままだった】のだ。そして、芦原氏の訃報を知って初めて、〈頭が真っ白〉になった後、ようやく言葉を取り戻したのだろう。

気の毒なことだ。

▼E。2024年2月8日、小学館の「第一コミック局 編集者一同」が声明を発表した。

【全文】小学館・編集者一同が声明 ドラマ版は芦原さんの「ご意向が反映された内容で放送された」/スポニチ Sponichi Annex/2024年02月08日 18:28

〈昨年10月期放送の日本テレビドラマ「セクシー田中さん」の原作者で漫画家の芦原妃名子さん(享年50)が急死したことに受け、8日に小学館の雑誌「プチコミック」の公式サイトが更新され、「作家の皆様 読者の皆様 関係者の皆様へ」として小学館・第一コミック局 編集者一同名義で声明を発表した。

 声明全文は以下の通り。

作家の皆様 読者の皆様 関係者の皆様へ

 芦原妃名子先生の訃報に接し、私たち第一コミック局編集者一同は、深い悲しみと共に、強い悔恨の中にいます。

 本メッセージは、我々現場の編集者が書いているものです。

 芦原先生は、皆様が作品を読んでご想像されるとおり、とても誠実で優しい方でした。

 そして、常にフェアな方でもありました。

 私たちが語るまでもないことですが、「著作権」と呼ばれる権利には、「著作財産権」と「著作者人格権」というものがあります。

 「著作財産権」が利益を守る権利に対し、「著作者人格権」というのは著者の心を守るための権利です。

 著者の許可なく改変が行われないよう作品を守るための「同一性保持権」をはじめ、「名誉声望保持権」「氏名表示権」「公表権」「出版権廃絶請求権」「修正増減請求権」があります。これらの全ては契約を結ぶまでもなく、著者の皆様全員が持っている大切な権利、これが「著作者人格権」です。

 今回、その当然守られてしかるべき原作者の権利を主張された芦原先生が非業の死を遂げられました。

 ドラマの放送前に発売されました『セクシー田中さん』第7巻冒頭には、2023年8月31日付で先生のメッセージが掲載されています。「原作の完結前に映像化されることに対してどのように向き合ったのか」について、こう言及されています。

 〈まだまだ連載半ばの作品なので、賛否両論あると思いますが キャラやあらすじ等、原作から大きく逸れたと私が感じた箇所はしっかり修正させて頂いている〉

 〈物語終盤の原作にはまだないオリジナルの展開や、そこに向かう為の必要なアレンジについては、あらすじからセリフに至るまで全て私が書かせて頂いてます。恐らく8話以降に収録されるはず。〉

 原作者として、ごく当然かつ真っ当なことを綴られる中で、先生は〈恐らくめちゃくちゃうざかったと思います…。〉とも書いていらっしゃいました。

 著者の意向が尊重されることは当たり前のことであり、断じて我が儘や鬱陶しい行為などではありません。

 守られるべき権利を守りたいと声を上げることに、勇気が必要な状況であってはならない。

 私たち編集者がついていながら、このようなことを感じさせたことが悔やまれてなりません。

 二度と原作者がこのような思いをしないためにも、「著作者人格権」という著者が持つ絶対的な権利について周知徹底し、著者の意向は必ず尊重され、意見を言うことは当然のことであるという認識を拡げることこそが、再発防止において核となる部分だと考えています。

 勿論、これだけが原因だと事態を単純化させる気もありません。

 他に原因はなかったか。私たちにもっと出来たことはなかったか。

 個人に責任を負わせるのではなく、組織として今回の検証を引き続き行って参ります。

 そして今後の映像化において、原作者をお守りすることを第一として、ドラマ制作サイドと編集部の交渉の形を具体的に是正できる部分はないか、よりよい形を提案していきます。

 また、著者である芦原先生のご意向を、ドラマ制作サイドに対し小学館がきちんと伝えられていたのかという疑念が一部上がっておりますことも承知しております。

 その件について簡潔にご説明申し上げるならば、先の2023年8月31日付の芦原先生のコメントが、ドラマ放送開始日2023年10月22日よりも2か月近く前に書かれ、そしてドラマ放送開始前に7巻が発売されているという時系列からも、ドラマ制作にあたってくださっていたスタッフの皆様にはご意向が伝わっていた状況は事実かと思います

 そして勿論、先生のご意向をドラマ制作サイドに伝え、交渉の場に立っていたのは、弊社の担当編集者とメディア担当者です。

弊社からドラマ制作サイドに意向をお伝えし、原作者である先生にご納得いただけるまで脚本を修正していただき、ご意向が反映された内容で放送されたものがドラマ版『セクシー田中さん』です。

 そこには、ドラマのために先生が描き下ろしてくださった言葉が確かに存在しています。

 ドラマを面白いと思って観て下さった視聴者や読者の皆様には、ぜひ安心してドラマ版『セクシー田中さん』も愛し続けていただきたいです。

 最後に。

 いつも『プチコミック』ならびに小学館の漫画誌やwebでご愛読いただいている皆様、そして執筆くださっている先生方。

 私たちが声を挙げるのが遅かったため、多くのご心配をおかけし申し訳ありませんでした。

 プチコミック編集部が芦原妃名子先生に寄り添い、共にあったと信じてくださったこと、感謝に堪えません。

 その優しさに甘えず、これまで以上に漫画家の皆様に安心して作品を作っていただくため、私たちは対策を考え続けます。

 本メッセージを書くにあたり、「これは誰かを傷つける結果にならないか」「今の私たちの立場で発信してはいけない言葉なのではないか」「私たちの気持ち表明にならぬよう」「感情的にならぬよう」「冷静な文章を……」と皆で熟慮を重ねて参りました。

 それでもどうしてもどうしても、私たちにも寂しいと言わせてください。

 寂しいです、先生。

小学館

第一コミック局 編集者一同〉

▼原作者の尊厳や創作物を守るために、やはり編集者とは別にエージェントを雇う仕組みが必要だと感じた。〈私たち編集者がついていながら、このようなことを感じさせたことが悔やまれてなりません〉という一文が象徴的だ。

▼筆者はこの「第一コミック局 編集者一同」のコメントを読んだ後、小学館が新しいプレスリリースを出していることを知った。

そこで、当該サイトを見ると、【「小学館」の声明の下に、「第一コミック局」の声明が続いている】。

だから、この「第一コミック局 編集者一同」の声明は、小学館が、法人として公認したものだ。

もしかしたら、法人がチェックしたから、「なぜ、原作者の芦原氏にあれほどの負荷がかかったのか?」とか、「なぜ芦原氏は、小学館という法人の名前ではなく、芦原氏個人の名前での長文の発表に至ったのか?」とか、まったく明らかになっていない大きな謎について、何の言及もなかったのかもしれない。

▼この声明で社会的価値があるのは、〈ドラマ制作にあたってくださっていたスタッフの皆様にはご意向が伝わっていた状況は事実かと思います〉という箇所だ。

自分たちが伝えたはずなのに、事実だと明言してはいないのが不思議だが、とにかく、編集者一同から日本テレビに対してボールを投げた格好になっている。

▼筆者は、これまで書いているとおり、芦原氏の謝罪文が浮き彫りにした「業界の風習」は、芦原氏の死の直接的な原因ではないと考える。確かなことは誰にもわからないが、時系列で動きを追うと、「SNSの暴力」のほうが、芦原氏の死に、より大きな影響を与えた可能性は高い。

まず、「業界の風習」と「SNSの暴力」という二つの暴力を腑分(ふわ)けする。そして、前者について、日本テレビと小学館が知っていることをオープンにする。それで初めて具体的な改善策につながると考えるが、どうだろうか。

▼なお、「第一コミック局 編集者一同」の声明に〈組織として今回の検証を引き続き行って参ります〉〈ドラマ制作サイドと編集部の交渉の形を具体的に是正できる部分はないか、よりよい形を提案していきます〉〈私たちは対策を考え続けます〉と書かれているが、これらの文章に社会的価値は無い。

まず、〈組織として〉の〈組織〉とは何なのか、明示されていない。もし、この〈組織〉が法人であれば、「編集者一同」が法人の検証を行うのは不可能である。皆、〆切に追われる身だ。この〈組織〉の実態が見えない。

また、〈よりよい形を提案していきます〉〈対策を考え続けます〉とあるが、提案や対策を社外に公表するとは書かれていない。

先の〈検証〉も、公表するとは書かれていない。

ぜひ「第一コミック局 編集者一同」は、上記の検証と提案と対策を、社会に共有してほしい。それは必ず社会のためになる。

▼以下、小学館名義のプレスリリースも引用する。このプレスリリースの下に、「編集者一同」のコメントが続くわけだ。

〈プレスリリース 2024.2.8

芦原妃名子先生のご逝去に際して

漫画家の芦原妃名子先生のご逝去に際して、芦原先生の生前の多大な功績に敬意と感謝を表し、謹んでご冥福をお祈りいたします。

ご逝去に伴い、読者、作家、関係各所の皆様にご心配をおかけしていることを深くお詫びいたします。

『セクシー田中さん』の映像化については、芦原先生のご要望を担当グループがドラマ制作サイドに、誠実、忠実に伝え、制作されました。しかしながら、今回のような事態となったことは痛恨の極みです。二度とこうした悲劇を繰り返さないために、現在、調査を進めており、今後、再発防止に努めて参ります。

あわせて、芦原先生にご寄稿いただいていた『姉系プチコミック』が所属する小学館第一コミック局の声明がございます。お読みいただければ幸いです。

引き続き、小学館の出版活動にご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。 

小学館〉

▼〈調査を進めており〉と書かれているが、これも編集者一同の場合と同じで、進めた調査を公表するとは書かれていないから、社会的価値は無い。

▼この、「二つで一つの小学館プレスリリース」の構成を、前号で書いた「義理と人情」で考えれば、小学館名義の声明が義理に、編集者一同の声明が人情にあたる。

まず、上に義理があり、その下に人情話が続く。人情が義理に勝つことはない。この義理と人情との絶妙のバランスでもって、小学館という「世間」「共同体」が成り立っている。

小学館名義にも、編集者名義にも、共同体を包む殻(から)である法人の責任や、今後の行動についての確言は無かった。小学館としてはこのプレスリリースで対外的な説明は終了。打ち止めだ。

結果的に、小学館のプレスリリースは、制度の不備や構造の歪(ゆが)みについて、検証も、提案も、対策も、調査も、すべて対外的に発表するつもりはありません、という表明になった。

当然の動きだと思う。そもそもマスメディアはもう報道しないし、人の噂は7.5日だから、現時点で、これ以上、小学館が社会的に追及されることはない。

(2024年2月26日)

この記事が参加している募集

今月の振り返り

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?