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「ウェディング映像制作という超ニッチな仕事を始めた理由」

結婚式披露宴の結びで上映する撮って出しエンドロール。その専門ブランド「5oz(ファイブオンス)」を立ち上げたのが2009年6月頃でした。それまでは提携先会場をいくつも抱える零細下請けビデオ制作会社の孫請けとして、自分の本業であるBtoBの制作の傍ら(あくまでサイドビジネスとして)ウェディング映像関連の施工を細々と請け負っていました。とは言っても、ウェディング業界繁忙期の売上はなかなかのボリュームがあり、ウェディングという柱に依存しつつある状況だったと思います。

孫請け時代、僕が主に担当していたのは当時勢いのあった大手ゲストハウス会場(今では業界トップ)の記録ビデオ制作だったが、その会場が2005年初頭に「撮って出しエンドロール」を演出商品としてリリースし、組織的かつ大々的に全国50店舗あまりのグループ会場で一斉にサービスを開始した。ウェディングにおける「撮って出し」というのは以前から散発的に存在していたようですが、それを大量生産してクオリティーを担保しつつ(ダイジェスト映像とは異なるストーリー性のある映像作品)組織的に運用して商品化するという一連の流れをリアルタイムで目のあたりにしました。

そうこうしているうちに自分にも「撮って出しエンドロール」の施工依頼がちらほらと舞い込むようになり、見よう見まね(業者からのレクチャー等を一切受けないまま)で始めることになりました。もちろん下請け仕事でしたが、最初の頃は冷や汗ものの現場を幾度となく経験してノウハウを習得し、北は北海道から南は福岡まで日本全国から施工依頼を受けるまでに成長しました。その頃はまだ「撮って出しエンドロール」というものを正式に商品化している業者が少なく、組織的に運用している会場も上記のゲストハウスを除いて他にほぼ存在しない状況でした。

そうはいっても自分の立場はあくまで下請けや孫請けであり、このニッチな分野で独立しようなどとは1ミリも考えてはいませんでした。やはりウェディング映像制作はあくまでサイドビジネスであり、本業はBtoBであるという考えが強かったからです。何故ならば、仕事としてウェディング映像には誇りを持てなかったからです。当時(今も?)ウェディング業界でのビデオのポジションはピラミッドの最底辺に位置しており(色々な会場での対応や扱いを経験して感じたあくまでも個人の感想!)メインの仕事としてやっていくような意義のある職業ではないと考えていました。

2008年の終わり頃、その考えが大きく変わった出来事がありました。海外の「撮って出しエンドロール」(日本以外ではSame Day Editと呼ぶ)をネットで発見し、そのクオリティーの高さに驚愕したのです。それはまるで映画でした。「結婚式をこんな風に撮れるのか!!」それはもうすごい衝撃、見た事もない黒い船の圧倒的なペリー艦隊を見て腰を抜かした的な感覚です。初めに見つけたのはフィリピンのチームのSame Day Editでした。「日本より経済的に貧しい国で、こんな凄いクオリティーの作品を作っているチームがいるなんて知らなかった!凄い!」彼らが作るウェディングビデオのクオリティーに圧倒されてしまったのです。

そして調べていくうちに、どうやらカナダで活動しているチーム「Stillmotion」(カナダ発祥のウェディング映像制作チーム。後にワンオペ撮影で作ったドキュメンタリーがエミー賞を獲得し、世界のウェディングムービー制作者に夢と希望を与えた神的存在。)の影響を多大に受けているという事が分かりました。他にも世界各地で活動しているウェディング映像制作チームをいくつか見つけたのですが、どうやら源流はこのカナダのチームだということを知りました。その頃のStillmotionはSonyの業務用ハンディビデオカメラを使い、マウントアダプターに一眼のレンズを装着してスタビライザーに載せて撮るというスタイルでした。このチームの作品や活動を色々と調べていくうちに、ウェディング映像の将来的な可能性、さらには小規模な映像制作チームのこれからの有り方までも教えてもらいました。ネットにアップされた彼らの作品を観ただけで、これほどインパクトのある意識改革を実現できたことに自分でも驚いていますし、彼らの存在を知ったことで目の前の世界が一気に開けたと感じました。

早速その撮影方法やカメラワークなどを参考にして、自分が請け負っている「撮って出しエンドロール」に応用し実践していきました。ワンマンオペレーションなので、マウントアダプターに35mm用レンズなどつけて運用するわけにもいかず、かといってスタビライザーをZ1Jクラスのビデオカメラに使用するわけにもいかず(実際試したけどうまくいきませんでした)、苦肉の策として手持ちでも揺れが目立たず、スタビライザーをつけたような撮り方ができるセミフィッシュレンズを着けたり外したりしながら撮るという方法を考えました。とにかくネットの情報は限られていたので、試行錯誤しながらの連続でした。

日本の結婚式は精密に、しかも容赦なくスケジュールが進行していき、撮影の制限や時間的な制約も多く、下請けとしての案件に対するギャランティーも低く設定されているので現実的にワンマンオペレーション(1人で撮影し、編集する)か2人1組のチーム(撮影1人と編集1人)で案件を施工するのがスタンダードでした。

海外の(特に英語圏の)挙式に参列された事のある方は分かると思いますが、向こうの結婚式はきわめて自由でアバウト(ある意味いい加減)。参列者はジーンズで来る人もいるし、ガムを噛みながら列席する人も。写真やビデオに大きな制限(バージンロードを踏むなとか、祭壇にあがるなとか)はなく、牧師(神父)もジョークを交えて極めてフレンドリーに式が進行します。支度は自分の家かホテルで済ませ、街の教会で式を挙げ、ボールルームというホールを貸し切ってパーティーをします。日本と北米の結婚式の考え方、運営方法、業界の構図などが全く異なっているため、Stillmotionの撮影方法を日本でそのままやろうというのはあまり現実的ではないと考えるようになりました。

そうは言ってもStillmotionが実践してる、日本のウェディングビデオにはない新しい感性を自分達も現場で試していきたいという欲求は日々大きくなっていきました。そして色々試しているうちに下請けで施工している作品の質も向上していき、会場やお客さんからは好評を得るまでに成長しました。同じように下請けをしている他のビデオグラファー達の作品とは違った進化をたどり、自分の作品が各会場の商品サンプルとしてサロンで公開されるほどに上達していました。

しかし、そこでいくつかの問題が顕在化していきます。まず、他の人たちとは違った感性(テイスト)と理論で作っているため、共有もしていないので僕のサンプルは他の人には作れないという問題です。そして、会場や顧客からの評価がいくら高くても、他の技量が低いビデオグラファーとギャランティーは横並びで一緒という金銭的モチベーション低下もありました。その2つの問題は解消されないままでしたが、とはいえ自分で独立して直接お客さんを獲得していこうなどとはまだ考えていませんでした。そんな中、若くて安く使える練度の低いクリエイターを大量に採用し、質より量の薄利多売戦略に転換し始めた元受け零細ビデオ制作会社からの受注案件数も徐々に減ってきたことで、ついに2009年6月に法人化して「撮って出しエンドロール」専門のブランドを自ら立ち上げるという事になったのです。

※この記事は2012年6月に書かれ、2021年11月に加筆したものです。

*2021年のOUNCEが作る撮って出しエンドロール

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