渋滞予想
深夜のマクドナルドには薄汚い格好をして口を開けて寝ている中年男性や黙々とノートパソコンでタイピングしているサラリーマン、僕らと同じように終電を逃してしまった大学生などの愉快なメンバーが揃っていた。なんとなくもの悲しいその様子を見ていると何故だか「世界の終わり」という単語が頭に浮かんでくる。
なけなしの金で買ったマックシェイクバニラ味を飲んでいると、向かいに座る友人が口を開いた。
「こないださ地下鉄に乗ったときに席に座ってさ、ぱっと顔をあげたら、対面の席に座るひと全員がスマートフォンいじってたんだよね。隙間無く歯並びの良い歯みたいにぎゅうぎゅう詰めに座っているひとたちがひとりも残らずね」
「へぇ」
「そういう光景見てたら、もうスマートフォンが人間ぶら下げて歩いてんじゃねぇかって思うよ」
「それは言い過ぎじゃない?」
ずごごと音を立てて友人はコーラを飲み干す。
「きっといまから何十年か後には人間自体にインターネットにアクセスする機構が埋め込まれるんだろうな」
「なるかなぁ。でもそうなったら便利そうだよな」
「そして人間全員が同じデータから知識を読み込むことになるから、人間の知力というのは等しく横並びになる」
「真の平等だね」
「でもさ、そこでそのデータ群にもし意図的な嘘が混じってたら、大変なことになるよな。全員がそれを鵜呑みにしてしまって、本当は間違っていることなのに多数決の原理でその間違いが正解としてとらえられるんだ」
「さすがにそれはないんじゃない? いくらなんでも嘘だって気づくよ。人間の考える力はそれほど低下しないと思う」
そう僕が否定すると、友人はなくなったコーラのふたを開けて、中に入っている氷を口に流し込んだ。ぼりぼりと歯が氷を砕く音が聞こえる。すると友人は何やらスマートフォンを操作し始めて、僕にあるページを見せてくる。
「ほら、この記事見てみて」
その記事は大手ニュースサイトに掲載されてあるもので、そこには人間の思考力についての実験と結果が記されていた。
とある外国で行われた実験だ。まず被験者を、実験の対象であると気づかれないようにひとり選定する。その被験者の家のポストに毎朝一枚の紙を投函する。そこに書かれているのは被験者の家の近くの道路の渋滞予想。子供の落書きのように文字が書かれてあり、にわかには信じられないような紙だ。被験者は始め不審がり、あまり信用していない様子を見せていた。被験者のいつもの通勤路のある地点が渋滞するとその紙に記したところ、被験者は何も気にせずその道を通ろうとした。しかしその渋滞予想は、的中するように研究員が総員で人為的に渋滞を作り上げていたため、被験者は渋滞に巻き込まれる。次の日も渋滞予想を投函した。それは前の日とは別の地点を指している。被験者はまだ信用していないようで、またも渋滞に巻き込まれる。それを繰り返していくと被験者はその渋滞予想を信用するようになり、その地点を迂回し通勤するようになった。スタッフが渋滞を作り出すことをやめたあとも被験者はそのつたない渋滞予想を信用して、通勤路をそれに従って変え続けたのだという。
「へぇ、こんなこともあるのか」
僕はそれを読んで、面白い実験だと素直に関心した。
「これの通りだと、人間の思考力なんて当てにならないから俺のさっきの未来の予想も可能性はあるよな」
「でもこれは被験者にデメリットがなかったからじゃないのか? 渋滞に巻き込まれる可能性がほんの少しでもある道よりもない方を選ぶだろ、普通」
「それもあるかもな」
「だよな。それにしても海外の実験って面白いよな。日本じゃ中々できないことやってくれる」
「大がかりなやつとかは日本だと難しいもんなぁ」
そのあと僕と友人はお互いがそれぞれ知ってる外国の実験について話し合った。
そうしているといつの間にか空が白み始めてきた。そろそろ始発も走り出すから帰ろうと立ち上がりかけたところで、友人は言い出した。
「あ、そういえばさっき見せた渋滞だとかなんとかの実験、俺が適当に書いたやつだから」
友人の顔を見ると何やらにやにやしている。
「え? だってあれあのニュースサイトの記事だろ?」
「外観だけ似せただけでまったくのパチモンだよ。お前はただ外観がそれっぽかったからという理由だけで、あの記事が本当に存在して、実験も本当に行われていたと思ってしまったんだよ。人間の考える力なんてそんなものなんだよ」
僕は何も言えなくなって残っていたマックシェイクバニラ味を飲もうとしたけれども、マックシェイクバニラ味はもうほとんど溶けてしまっていた。
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