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満月の夜に

「満月の夜は事故が多いって知ってたか?」

運転席のAがそう呟いた。私は旅の疲れからか、ぼんやりとそれを聞いて、知らないと答えた。

「満月が綺麗だとハンドルも忘れて見蕩れてしまうもんだよ。」

彼の言う事を確かにさせるほど、その夜の月は煌々と私たちの走る国道を明るく照らす。以前、とある海岸を訪れた時に、眼前に広がる月夜と砂浜を見て街中よりも数段明るいと感じたことを思い出した。今は冬であり、空気も澄んで、尚更明るく感じられる。

「これじゃ、今夜は星は諦めた方がいいな。」

後部座席のBが飄々と言った。旅の中日だったその夜は流星群の極大、1時間に数十個の流星が観測できるという。そう天気予報士が話すラジオを私は不満げに切って、曲を流す。
月が明るすぎると、流星群はその姿を我々に晒すことが出来ない。一週間前から楽しみにしていた私は内心かなり残念がっていた。

カーオーディオからceroというバンドの曲が流れ出す。夜を走るオートバイさながら、海沿いの国道をひた走るレンタカー。岬をなぞるようにして徐々に街明かりが近づいているのが向こうに見えた。小山をくり抜いたトンネルから、下りの電車がこちらへゆっくり近づき、そしてすれ違っていく。終日、半島中を走り回ってきた私達はその音が非常に心地よく感じられた。その心地よさや満足感を天秤にかけると、流星群が見られないことへの悲しさなんて比べるべくもない。
また来年も見られるさ、とAは微笑み混じりに言った。

海岸沿いの国道から都市部へ続く道の中間にある三叉路、トンネルへ向かう道と鉄道に沿うように走る道の分岐点。そこに佇むコンビニエンスストアは私たちが休むのに打って付けの場所だ。流れるような駐車の後、タバコを吸うなり、コーヒーを買って一息つくなりと各々自分の思うように過ごした。そして、改めて海の上に浮かぶ大きな満月を眺めた。

「これは見蕩れて事故を起こすのもわかるな。」

Bはコーヒー啜りながら言う。後々知ったことなのだが、その日の月はグレープフルーツムーンというのだそうだ。青とも黄色とも似つかない、そのような色をしていたと記憶に残っている。遠くを走る電車の音と街の喧騒が入り交じるこの場所で、ふと足を止めて月を眺めてみる。

「大停電の夜に、君は手紙書く手を止め…」

そんな誰かの歌を口ずさんでしまいたくなる。そして、ここにいる私たちはもしかしたら兄弟だったのかもしれない。別の世界では。

Orphan / cero

大停電の夜に / cero


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