創作怪談なるもの

私の趣味というか、習慣というか、これを人に話すと気味悪がられるのですが、私は怪談が好きで、よく寝る前に聴いて眠りについています。なにか寝る時にBGMのようなものがあれば…と転々として最終的に怪談を聴きながら寝るという果てにたどり着きました。そんな怪談好きが高じて、ちょっと長めにはなりますが、怪談を作ってみました。お暇があればお遊び程度で一つお付き合いをば…



題「指折り数える」

これは私の友人が体験した話です。様々な面を考慮して、脚色を加えてお話します。

私の友人、仮にAとしましょう。Aは彼の地元の名家の出身でした。しかしながら、現代においては名家などは名ばかりで、一般家庭に生まれたただの心の根の優しい男でした。

ところで、Aが体験したというのは、彼が年末に彼の地元に帰った時のことでした。

彼は当時大学生でした。進学先の東京で一人暮らしを始めた最初の年ということもあってか、久々の地元に多少なりとも懐かしさを感じていたといいます。

最寄りの駅からの帰途、彼の父が車でAを迎えに来ていました。久々の親子の再会で、普段厳格な彼の父も表情がどことなく柔らかでした。

車での道中に、そういえばと彼の父が話します。

お前も大人の仲間入りだから、大晦日は村のお祭りに出てもらわないといけない。

Aの村では毎年大晦日になると、一年の厄を祓うために、土地神からのお神酒を村民に振る舞い、秋に収穫した米や野菜を奉納する、いわゆる収穫祭が行われるそうです。しかし、世間一般では収穫祭は秋に行われことが多いですが、彼の地元では何故か、大晦日に収穫祭を催すそう。そのため、他の収穫祭と一線を画すように、“しきたり”が多くあるとのことでした。

Aも昔そういえばそんなこともしてたっけと懐かしがりながら、その旨を了承し、その日は帰宅しました。

大晦日の日の朝、Aの母親がAを部屋まで起こしに来てくれました。そして、部屋からリビングへ向かうと、父がお祭りの準備をしていました。

起きたか。

と父が言い、早速で悪いが…と祭りの説明をしてくれました。要約すると以下のようなものです。

大人の男達は夜中23時半の鐘が鳴ると、近所の山にあるお社にお神酒を取りに行かねばならない。そのため、23時頃に村の神主が招集をかけるから、それに応じて、お社へ行けるよう準備をしなければならない。

大人達が家を出た後、女子供は家の出入りの一切を禁じられ、ひたすら大人達が帰ってくるのを、指折り数えながら待たなければならない。

大人達が持ち帰ったお神酒を家族各々が飲み、一連の儀式は終了する。

最後に父は我々一族はこの村をかつて統べていた一族なので、何かしら不備が起きたら、責任は私たちが負わねばならない。だから、自分の身辺だけは滞りなくしなさい。と付け加えました。

その晩、Aは父の言う通りに、いつでも部屋を出られるように準備を行い、村の神主の到着を待っていました。定刻通り、神主はAの家を訪れ、AとAの父を村の広場へ案内しました。

社の方から鐘の音が聞こえてきたので、神主を先頭にぞろぞろと松明を持った男達が、社へ続く山道を歩き始めました。数分歩いた後に、先頭集団はお神酒のある社までたどり着きました。

鳥居はその朱色を失いつつあり、基礎の部分は苔や蔦が生え、如何にもな風体であり、社もまた雨風によって今にも崩れそうな粗末なものでした。

A達がたどり着くのを待っていた巫女が神主の指示に従い、注連縄の張られた台からお神酒の入った瓶を神主に手渡しました。その様はまるで神話の一風景を切り取ったような荘厳さが感じられたと言います。

一連の儀式が滞りなく終了し、後は各々がお神酒を自宅へ持ち帰るだけです。A達が山中の石階段を降りていた時でした。

1匹の犬のけたたましく吠える声が近隣の住居から聞こえてきたのです。

何事かとA達がその家の庭へ入ると、開いたドア、そして泣きそうな顔で大型犬に抱きつく女の子がそこにはいました。神主が血相を変えて、

なんということをしたんだ!

と怒鳴りました。その子は、

ケンちゃんをお家に入れるのを忘れていたの

としくしく泣きながら言いました。

神主は平静を取り戻したのか、それを聞くと穏やかな表情で、

早くお家へお戻り、怒鳴って悪かったね

とだけ言いました。Aはこの事態が一体どれほど深刻か掴めずにいました。

Aは父に、これからどうなるのか?と聞くと、父の言葉を遮るように神主が話し始めました。

神主が言うには、Aの先祖は室町時代までに遡り、地侍を経て、幕府から数万石を与えられた後、近侍として上方に封ぜられたといいます。しかし、世相の移ろいは急なもの。その地位の儚さたるや、ほんの一瞬のもので、最終的には地方の地主の身分に落ち着き、現在に至るそうです。戦乱を逃れ、上方から地方へと逃げつつ、一族としての基盤をAの地元に移したといいます。

その中で以前仕えていた君主を見捨ててしまった後悔やその君主を殺し、討ち滅ぼせなかった者たちへの恨みを募らせたそうです。

そして、この地へ逃れて数代の後に、Aの祖先はこの恨みを何とか晴らせまいかと民間信仰的な呪術に手を出しました。この呪術とは、簡単に言うと、女子供の命と引換に呪物を生み出すというものだそうです。それに加え大人になった男がイニシエーションの一環として親類の女か子供を手にかけ、その血と指を貯めた瓶を数代にわたり保管することで呪物が産まれるのだといいます。この呪物は瓶の蓋を開けることがトリガーとなり、いわゆる穢が振り撒かれ、その穢を被った者には痛ましい死が訪れるのだそうです。

この呪物によって一族の復讐を果たそうとしたAの先祖はそれを成したのかというと、これは失敗に終わりました。呪いが自らの一族に降り掛かったのです。その事態に対処すべく、その儀式を今後一切行わないこと、今までの犠牲者を手厚く葬ること、そして、社を建て、今の神主の一族と協力して鎮魂祭を行うことを決めたそうです。

しかしながら、その呪いはかなり強力なものでした。特に女子供はその力の影響による変死が相次ぎました。

その代のA家当主は責は我が一族にありと自死し、その命、そして村人や一族全員の祈りを以て呪いを弱めることに成功しました。

そのため、祭りの間は女子供は呪いから身を隠すため、外出を禁じられ、祈りをせねばならなくなりました。それが時代を経て、祈りから指折り、帰りを待つというような形式を取るようになったといいます。

これもまた、殺された生贄たちの数を数える、あるいは瓶の中にあるであろう指の数を数えることに由来するとか。その瓶に入った呪物をなぞらえ、お神酒を飲み、自らその呪いを身に受けたという模倣的な儀式こそ、鎮魂の表象であるといいます。

では、今回しきたりが破られ、その呪いは誰が受けるのか。それがAの一族、加えていうならその長子。つまりA本人だったのです。

事の重大さがその輪郭を顕にしてきたことをひしひしとA本人は感じていました。父は

不安だと思うが、解呪の方法はある。今から社に戻って、祈祷をしなければならない。このようなことになって、本当にすまない。

と今まで見せたことのない表情で言いました。神主もまた、

A君。我々の一族も君の一族と氏子の関係にある。だから、古い縁がきっと君を助けてくれる。その努力は惜しまないつもりだよ。

と元気づけてくれました。しかし、身の底から湧き上がる何とも言えない恐怖でいっぱいいっぱいで、Aは泣き出してしまいました。

父と神主に支えられ、山中の社まで連れられたAは境内に通されました。祭壇の前に正座するよう言われ、Aは言われるがままに座りました。

巫女が竹の葉とお神酒を台に載せ、奥の戸から現れ、Aの前に立つと、一緒に持ってきていた杓子でお神酒をAの頭へと注ぎ、竹の葉をその上から振りかけました。一瞬、ひやりとした感覚が頭皮や首筋、服の下へと過ぎていき、年末の厳しい寒さが一層感じられ、次第にAはガタガタと震えを抑えられなくなっていきました。

巫女がお神酒を注ぎ終わると、今度は神主が忌火を焚き、祝詞をあげ始めました。Aの傍らで父がじっとその様子を心配そうに見つめています。

祝詞をあげ始めてから、数分後のことです。Aは手や足の先に鋭い痛みを感じ始めました。その痛みは次第に強くなっていき、表現するなら火鋏で手足の指の関節を挟んだような強い痛みだったそうです。

しかしながら、その痛みにも関わらず、悲鳴が出ませんでした。Aが言うには、何故か声の出し方がわからなくなっていたそうなのです。

何者かが乗り移ってきている、そのような感覚に近いとも言っていました。ビクビクと正座のまま痛みに耐え続けていると、その痛みが人の耐えられる域を超え、とうとうAは座りながらにして気を失ってしまいました。

Aが目覚めると周りでは神主と巫女、そして父、村の男達がAの顔をのぞきこんでいました。

皆、Aが気がつくのを見て、安堵している様子でした。何が起こったのか分からずにいるAに、神主が

もう安心していいよ。解呪自体は滞りなく終わった。辛かったね。

と優しく声をかけてくれました。父も安心したのか、少し涙ぐんでいました。

Aが後に聞いた話では、痛みで気を失った後、Aは目を見開いて口をパクパクさせ、体が硬直していたそうです。但し、手だけはずっと指折りをしては戻しを繰り返し、まるで機械のようになっていたといいます。

その話を聞いたAがふと目を手にやると、指の関節部分だけに乾燥や動きすぎで出来たのか、切り傷のような傷が付いており、中には出血をしていたであろう指もありました。安堵感からか、その痛みに気付かず年を明けたそうです。

彼は今も変わらず生きていますが、年末年始を迎えると必ず、あの大晦日を思い出すとのことです。

もういくつ寝るとお正月なんて、指折り数えながら。

お粗末さまでした。また何かあれば書いてみようかなと思います。

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