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ロサンゼルスのギャラリーで聞いた「自分の本当の気持ちを教えてくれるもの」の話

 ロサンゼルスのグループ展に参加した時、展示自体は一週間だったけど、年末で飛行機の値段が高いと理由をつけて、帰国を伸ばし三週間滞在した。滞在先はカウチサーフィンというサイトで探し、運よく三週間タダで泊めてくれる人が見つかった。

 現地でギャラリーや美術館の情報を集め、毎日いろんなところへ行く。大晦日に近づくにつれて、どこも閉まり始め、バーガモット・ステーションに行った時は、ほとんどのギャラリーが閉まっていた。

 バーガモット・ステーションは、もともと駅だったエリアで、今は周辺にギャラリーが集まっている。開いていた少しのギャラリーを見て歩く。牛乳パックを黒く塗って切り、白い壁にぎっしり並んでいる作品が、なんか好きで、ずっと見ていた。扉を開くごとに広がる未知の世界。なにが起こるか分からない不思議な世界を前に、私はいつもワクワクする。だから、アートが好きだ。未知なる体験を味わうのが好きな私は、自分自身もそういうものをつくりたいと思う。

 写真展を行っているギャラリーで、老夫婦に会った。二人とも雪みたいに真っ白な髪で、おじいさんは杖をついていた。卵みたいに丸い体型のおじいさんで、ちょっと腰の曲がったおばあさんが腕を抱くように寄り添っていた。人が少なく、なんとなく目が合ってしまって、Helloと声をかける。

「Hello. この写真を見たかい?なかなかいいよね」
「そうですね。静かな感じな場所で、気持ちよさそう」

 モノクロの風景写真の展示で、おじいさんが指をさした写真は、湖で釣りをする人を撮ったものだった。垂れた糸が水面に触れ、円形の輪をいくつもつくっている。

「私は釣りが好きでね。こんな感じで静かに一日を過ごせたら最高だなぁ」
「いいですね。私はまだ会ったことがないところが好きだから、いろんなところに行きたいです。この写真が撮られた場所、ぜんぶに」
「ははは、それはいいね。そういう気持ちは大事だよ」
「うらやましくなります、こうやっていろんなところに行ける人に」

 おじいさんは杖を少し持ち上げてウインクする。海外の人はみんなウインクが上手で、何かあるとすぐウインクする。

「うらやましいっていうのは、本当は自分がそれをしたいってことだよ。お金持ちをねたむ、結婚した人をうらやむ、成功した人をうらやむ。そういうのは、自分の本当の気持ちを教えてくれるものなんだよ。だから、ちゃんと気づいてやるといい」
「ふふふ、それはあなたのことね」

 おじいさんの横でおばあさんが笑顔を向ける。目じりのしわが、二人の関係性を伝えるようだった。

「そうさ、私は長い間ね、お金持ちをねたんでたんだ。あいつらはきっと金のためになんでもやってるに違いない。私はそんな風にならないぞって。セレブがドラッグで捕まるたびに、内心はざまーみろって思ってね。

 ある時、高校時代の友だちに会ったんだ。そいつは事業で成功して、すごい金持ちになっていた。だけど、自分と対等に話して、昔とぜんぜん変わってなかったよ。馬鹿なジョークだって言える。それで気づいたんだ。本当は、彼みたいになりたかった。成功して、お金を稼いで、そのお金を使って、多くの人に奉仕できるような自分に。そうなれない自分をごまかすために、金持ちは全部悪いやつだ、自分はそうならないようにしてるんだって思い込もうとしてたんだよ」

 おじいさんは、壁に目を向ける。壁には、小さな風景写真が横一列に並んでいた。おばあさんはおじいさんの腕から手を離し、ひとりで写真を見に歩き始める。

「この写真を見て、いろんなところに自分も行きたいって言ったね。そういう気持ちに気づければ、キミは必ず行けるはずだ。好きなだけ、好きなところに。本当はお金がほしかった。それに気づけなかった私は、長くお金に苦しんだよ。同期より稼げていないことを認めたくなかった自分に。

 お金が欲しい、稼ごうって思えてから、楽になったし、実際に稼げるようになった。誰かを妬んでいるうちはできなかったことが、簡単にできるようになった。

 うらやましいって思っているうちはいいんだ。その間に自分の気持ちに気づければいい。それが、妬みになって、批判になったら気をつけたほうがいい。重症だ。自分ができなかったから、他の人もできないように、足を引っ張ろうとしてしまうんだね。

 でも私は、一度自分がそういう状態になってよかったと思っているよ。人の足を引っ張ろうとしてた時は、自分も苦しかった。本当は何も楽しくなかったんだ。ずっと不安の中にいて、誰かの失敗でほっとしたような気がするだけだった。

 今、心からキミに『キミなら好きなだけ好きなところに行けるだろう』って言えるよ。そうして人の背中を押しているうちに、自分の背中も押されるんだよ」

 「オリヴィア」とおじいさんは、おばあさんに話しかける。おばあさんが近づいてきて、「そろそろ行く?」と話しかける。うなずいたおじいさんは、こちらを見る。

「うらやましいと思ったら、自分もそれをやるんだ。キミにも同じことができるんだからね」

 二人は手を振ってギャラリーを後にする。私は一人残って、写真の風景を丁寧に見て歩く。もし、これが全部、新宿の写真だったら、行きたい、うらやましいとは思わなかっただろう。医療分野でノーベル賞をとった人がいたとしても、「素晴らしい」とは思っても「うらやましい」とは思わないはずだ。

 「うらやましい」にはきっと、自分もやりたい気持ちがどこかに含まれているんだ。自分がやりたがっているなら、ちゃんとやらせてあげたい。

 好きなだけ、好きなところに。

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