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眠れない夜の翌朝にヒヨコをもらった時のこと

 幼稚園にあがってすぐくらいの頃、一か月半くらい病院に入院していたことがある。川崎病という病気で、だいぶ経ってから先生に聞いたところによると、心臓の血管の一部がコブのように太くなってしまい、そこで血が渦巻いてしまう病気らしい。血が渦巻くと、そこで血栓ができたり、血がうまく流れなかったりしてしまうみたいだ。

 小さい頃に入院していると、病院キライになることが多いみたいだけど、私はそんなことはなかった。むしろ、いつも守られ、大事にしてもらえる感じがして、とても幸せに暮らしていた。ただ、毎日注射をされていて、その時だけは、ものすごく泣きわめいていたのを覚えている。痛かったのもあるけれど、泣けばかわいそうがってもらえるというのが、子どもながらに分かっていたというのもあった。

 病院にいれば、みんなが優しくしてくれる。それが入院生活の中で、私が学んだことだった。

 夜はすごく早く寝て、起きると母親が様子を見に来ている。細かいことは覚えていないけど、病院にいればおねしょをしても誰にも怒られないこともあって、そこそこ病院生活を楽しんでいた。

 ただ、ある夜。ふだんは目が覚めない真夜中に、突然目が覚めてしまったことがあった。私のベッドは窓に近く、窓の外から真っ黒な木の影が見えて、それがオバケみたいで本当に怖かったのだ。

 一度コワイと思ってしまうと、もう木がオバケにしか見えなくなる。とはいえ、病院には助けを呼べる人も、一緒に寝てくれる人もいなかった。恐怖でいっぱいになった私は、暗い病室で声を殺しながら泣き始めた。早く朝になれって祈りながら。

 その時、入院室のドアが開いて、誰かが入ってきた。病院の看護師さんだ。

「だれか、泣いてる?」

 看護師さんは、電気を消したままベッドの間を歩いてくる。私は声が漏れないように布団を頭からかぶった。一人で眠れなくて泣いてるなんて、子どもっぽくて見つかりたくないと思っていた。誰も泣いてないのに。泣いてるなんて恥ずかしい。かわいそうだとか思われたくない。

 すごく長いような時間が経った後、看護師さんは無言で病室を出て行った。私は布団から顔を出して、大きく息をする。それから今度は顔を窓に向けて、声を出さずに泣きながら横になる。そうしてるうちに、私はいつの間にか眠ってしまっていた。

 翌朝、目を覚ますと顔の周りがかゆくなっていた。泣きすぎたせいか、目の周りが少し腫れているような気がする。

「おはようー」

 入院室が開いて、看護師さんたちが様子を見にくる。私はベッドの上に座って、渡された体温計を脇に挟む。

「お熱、測れた?」

 私はうなずいて看護師さんに体温計を渡す。

「一人で測れて、いつもえらいね」

 私は黙ったまま、もう一度うなずく。子どもじゃないんだから、そのくらいはちゃんとやれるって思っていた。

「今日はごほうびがあるよ。はい」

 看護師さんは、ポケットから小さなヒヨコのぬいぐるみを出して、私にくれた。つぶらな目でこっちを見て笑ってる黄色いヒヨコだ。ふわふわして、すごくやわらかい。

「ヒヨコちゃんは寂しがりだからね。夜は抱っこして寝てあげてね」
「もらっていいの?」
「いいよ。かわいがってあげてね」

 私は本当はうれしかったけど、あんまりはしゃぐと子どもっぽいと思って、にやけそうになる顔を押さえながら、看護師さんにお礼を言う。

 今夜から、このヒヨコを抱っこして寝よう。ヒヨコが夜を怖がるとかわいそうだから。私はヒヨコをなでまわしながら、そう考えていた。

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