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ブラジルの川でシングルマザーが言ったすべて叶うならしたいことの話

 暑い日がつづいていたので、近くの川にのんびり浸かりにいくことにした。ダイエットコーラだけを持って手ぶらで白い道を行く。危険な感じがするわけではないが、警戒する気持ちが抜けきらない。
 たまに来る車と二人乗りの自転車をかわして道を行くと、緑の橋が見えた。子どもたちの騒ぐ声が聞こえる。週末には必ず、子どもたちが川で遊んでいた。

 私は木の陰に入るとしわしわになった赤い靴を脱ぎ、転ばないように気をつけながら大きめの石に座って透明な川に足を入れる。脳がゆだるような暑さの中、川の水と砂が足に気持ちいい。新しく来た子どもが近くをすり抜けて川に飛び込んでいく。母親らしい人が赤ちゃんを乗せたベビーカーを川の近くに寄せ、その横に腰をかけた。サンダルを脱いで黒い素足を川に浸す。
「ボンズイーア(現地の挨拶)」
「ボンズイーア、ジャポネーゼ?」

 ポルトガル語が分からないことを伝えると、彼女は英語で話しかけてくる。日本からここまで来るなんてうらやましいと。彼女はこの田舎の町から出たことがないようだった。外国に行ってみたいと彼女は言う。
「そんなに英語が上手なら、これからいくらでもチャンスがあるんじゃないですかね」
 彼女の英語は訛りが強かった。そして時々ポルトガル語が混ざる。ブラジルに来て会った英語が話せる人はすごく流暢に英語を話せたが、話せない人はまったく話せなかった。「英語、勉強してる。でもやめろって言われる」
「どうして?」
「何もならないから。ここで英語できても使うところないでしょ」
「ううーん、そうかぁ」
「たまに悲しくなる。私、ただ子ども産んで育てて、おばあさんになって何もしないで死んでいくみたいで」
「子どもを育てるって素晴らしいことじゃないですか。子どもたちの成長はあなたのおかげでしょう」

 彼女はシングルマザーで、実家で内職などをしながら子ども二人を育てている。ブラジルには父親に認知されていない子どもが多いと聞いたことがあった。
「勉強しても使えるところがない、できること少ない。ずっとこのまま。ほんとはいろんなことしたかった。旅行も行きたい。おいしいものも食べたい。いろんな国に行って、いろんな人と仕事したい」

 インターネットのおかげで英語はあまりいらなくなるかも。英語は翻訳機で翻訳できるようになるし、論理力のほうが必要なんじゃないかとブラジル人アーティストたちと話したことがあった。その時に「それは日本だからだよ。ブラジルはまだそんなに裕福じゃない」と言われたことを思い出す。
 赤ちゃんがふやふやと声を上げ、彼女は子どもをあやすように話しかける。その顔は暗いままだった。

「もしもなんでもできるとしたら、どこに行ってなにしたいですか?」
「なんでもできる?」
「そうそう、魔法使いが来て、なんでも叶えてくれるとしたら」

 彼女は眉間にしわをつくり、川に飛び込んで他の子どもたちと水をかけ合いながら遊ぶ男の子を見つめたまま黙る。それから言った。

「子どもに服を新しい服を買ってあげたい」

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