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「夢を自分の内側に引き込むためにつける名前」の話

※まだ20話分に達してないのに、有料20話まとめnoteを買ってくださったみなさん、ありがとうございます!ほんとにすごく嬉しいです!

「夢っていう言葉が実は、私はあんまり好きになれなくてね」
「夢が好きじゃない? それはなんでですか?」
 デンマークのアートコレクターさんの自宅に話を聞きにきていた。コペンハーゲンの中心地にある自宅には、小さなアート作品が壁いっぱいに飾られている。
「夢って言っていると、いつも追いかけてないといけないような気がしたからだね。やっと叶ったと思ったら、次の夢が生まれてしまうし。叶わなければ叶わないでガッカリしてしまうし」
「そうですね。私もいつまでも満足できてないかも」
 海外でアートの制作や発表ができたらいいなっていうのは、アートを始めた頃からの夢だった。振り返ってみたら、海外のアートプログラムに受かることでいろんな国で暮らすことができた。今住んでいるコペンハーゲンだって、ふつうだったら自分が部屋を借りて暮らすなんてとても無理なエリアだ。短期間でも、そんなところに無料で住めてるんだから、すごく恵まれてる。
 それでも、達成すればするほど、叶えたい夢はどんどん遠ざかるみたいだ。自分のアトリエが欲しい。もっと招待されるようになりたい。もっと売れたい。他の人が一緒に喜びたくなるような夢じゃなくて、どれも自分だけが嬉しいっていう自己中心的な夢ばかりだ。

「夢を追いかけ続けて、なんかいつか息切れしてしまいそう」

 たまにいいニュースがあるから、つい諦めきれずに走ってしまう。全部諦められたら、本当はもっと楽なのかもしれない。

「私もそうだったんだ。夢を叶えようと必死になって、人を傷つけてしまったこともある。夢を叶えることは素敵なことだよ。でも物事っていろんな面があるだろう。盲目的に叶えようとしているうちに、失ってるものがあったことに私は気づいていなかった」
 老人は苦笑いしながらワイングラスに口をつける。飲むと言うよりも、ワインを舌に軽く浸してから、彼はグラスをテーブルに置いた。

「夢があると心の支えになる。それは確かだと思う」
「そうですね。灯台みたいなものだなぁって思っています。あったほうが、自分にはやっぱり楽。何をしたらいいか分からなかった時が、一番しんどかったかも」
 獣医師を辞めた後、その後どうしたらいいか自分には分からいまま、長い時間を過ごしていた。やりたいこともなかった。楽しいはずのことをしていても、いつもどこかに焦りを抱えていて、心から楽しいと思えなかった。何かをしないと、夢中になれることを探さないと。いつの間にか、夢を探すことに必死になって、いつも心をすり減らしてた気がする。

「夢はきっと、自分の外じゃなくて内側にあるといいんだと思ってるよ」

 老人がチーズをつまんで口にしている間、私は黙ったまま話の続きを待つ。時間の合っていない壁掛け時計が時刻を刻む音が室内に響いていた。

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