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「周りに敵が多い時は自分がそれだけ敵をつくったってことなの」の話

「敵をつくるのは自分自身なのよ」
 フランス人の美術教師のマリーは、そう言ってから紅茶のカップをテーブルに置いた。彼女の血の繋がらない娘のクロエは、私が日本から持ってきた折り紙で鶴を折る練習をつづけていた。クロエはもう、一年くらい部屋に閉じこもっているという。

「同級生は私の話し方のことを笑うの」
 クロエの言葉をマリーが英語に通訳してくれる。クロエは好きな人にからかわれてから、学校に行かなくなってしまった。行かない時間が長くなるほど、さらに行くことが難しくなる。学校に行くかどうかよりも、クロエが小さなことを始める勇気をもてなくならないかを、マリーは気にしていた。
「先生が言ってることもよく分からない。教え方がうまくないと思うの。そもそも生徒は一人一人違うはずなのに、同じように教えるのってどうなのかしら」
 クロエは学校のことや同級生に対する不満を吐き出し、マリーはクロエの目を見ながら真剣にその話を聞いていた。折り紙をきっかけにクロエが部屋から出てきて、話を始めたというのは二人にとっていい変化なのかもしれない、私はそう思った。
 しばらくすると、クロエはまた黙って折り紙を折り始める。途中で折り方が分からなくなったようで、私は隣で折って見せながら、一緒に折り進めていく。花の模様が入った赤い和紙で折り鶴ができあがると、クロエは何回か羽を動かしてわずかに口元を緩めた後、立ち上がって私と軽く目線を合わせると、部屋に戻っていった。鶴も折り紙もテーブルに置いたままで。

「戻ってきますかね?」
 私が聞くと、マリーはこう言った。
「たぶん、すごく気に入ったと思うの。だからあんなに話してくれたのよ。でも、すぐに素直にはなれないんだと思うの。本当は折り紙も鶴も持って行きたかったはずよ」
「難しい年頃ですね」
「そう、でも折り紙のおかげでちょっと変化があったわ」
「よかったです。また持ってきますね」
 難しい時期って誰にでもある。私は自分自身のことを振り返りながら、マリーに勧められたクッキーを手に取った。
「せめて、敵をつくらないクセがつくといいなって思うんだけど」
「敵をつくらない、ですか?」
 私はクッキーを食べながら、クロエが敵をつくりやすい性格なのだろうかと考えていた。
「もともと、敵なんてどこにもいないの。自分で決めてしまうのよ、この人は敵、これは敵って。だから周りに敵が多い場合は、自分がそれだけ敵をつくり出しちゃってるってことなの」
「へえ」
 私は驚いてクッキーを食べる手を止める。人が悩むのはだいたい人間関係だ。合わない人はいるし、ケンカすることだってある。キライな相手は敵ではないってことだろうか。

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