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「夜の案内者」死者のための手術7

「原因は分からないが、手術のせいではない。儂は家族に連絡してくるねェ」
 ザミルはタンとアサの肩に手を置き、手術室を出ていく。アサは女性の横に立ち、顔を起こしてから、近くに置いてあったタオルで女性の口元を拭く。涙が次々にあふれ出て、アサは赤子が叫ぶように大声で泣く。タンは「やっぱり無理だった、先生の回復を待つべきだったんだ」と言って喉を震わせながら、床に座ったまま頭を抱えて泣き出した。
 家族が病院に来ることになり、アサはネズミに背を押されて二階の自分の部屋に戻り、ベッドに突っ伏して、声を押さえて泣きつづけた。
 女性の葬儀は町のほぼ全員が参加し、静かに始められた。町を囲む森には開けた場所があり、亡くなった人はみなそこで最期の別れをし、燃やされるのだという。
広場の中央に置かれた木の箱の中で手を組んだ姿勢で眠っている女性。毛皮の一部が切り取られ、皮の代わりに明るい布を巻かれている。町の人たちは順番に白い紙を箱の中に入れていく。紙を入れ終わった人たちが、女性を囲んで静かに歌い始める。
箱の周りに燃えやすい藁や枝を積み上げ、火にかけられる。箱に蓋がないのは、空に還りやすいようにするためだとザミルが言っていた。人々は手をつなぎ、燃え上がる火を見ながら歌いつづける。アサは紙を箱の中に入れた後、人々の輪の中には加わらず、遠くから高く上がる火の粉を見ていた。列車の出発を知らせる空の鐘の音はまだ鳴らない。いつもだったら、何かが起こってすぐに鳴るはずなのに。
(わたしが、失敗したからだろうか)
 それから数日、アサは部屋からほとんど出ずに、水だけを飲んで過ごしていた。タンも近くに住む両親の家に戻っており、病院ではザミルが一人で働いていた。
目を覚まし、少し水を飲み、また眠る。空気を見ているうちにいつの間にか時間が経っているような日々を、アサは過ごしていた。ネズミは毎日アサに声をかけ、食事を部屋の前まで持ってきてくれたが、アサは「具合が悪い」と言ってほとんど口にしなかった。
 一週間ほど経って、ネズミが部屋に入ると、アサは高熱を出して荒い息をしていた。
「ザミルさんに薬をもらってきます。あと何か栄養があるものを食べたほうがいい」
 ネズミは野菜と果物で飲みやすいようにジュースを作り、薬と一緒に毎日アサの部屋に運んだ。
さらに数日が立って食欲が出てきたアサに、ネズミは聞く。ほとんど食事をしていなかったアサの頬は骨のように痩せていた。
「お城から持ってきた毛皮は、何に使う予定だったんですか?」
「それは・・・、もう使わないかな。町を出る前に返してくる」
「アサは、医療が好き?」
「好きだったけど、もう関わりたくない」
 ネズミは無言でアサのベッドの横に立ったまま、アサを赤い瞳で見ている。
「自分のせいで誰かが死んでしまうのが怖いから・・・」
ネズミは「そう」と小さい声でうなずき、「たぶん、次の町でお別れだと思います」と言った。
「私の赤い乗車券の有効期限は日が落ちるまでなんです。日が完全に落ちたら、もう私は列車には乗れません。そこから先はアサ、あなたが一人で行ってください」

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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1

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