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「夜の案内者」鐘の音の町6

 アサは最初に行った避難所に向かい、ルゥの血を使ってみなに免疫をつけることを提案した。犬の町から持ってきた薬もある。感染初期の者なら、抗生剤を飲ませれば、進行を押さえられるかもしれない。
 ネズミは元気な若者たちを探し、彼らと一緒に青い人の落下点近くにある池に畑を作りに行く。町の唯一の水源で、数年前に起きた大雨の時に水がたまり、そのまま残っているものだ。わずかだがこの周りには草が生えている。石で土を掘って柔らかくし、糞便と混ぜる。そこにアサが僧院から持ってきた種の一部を植え、一部を保存しておく。
すぐに生活が変わるわけではない。それでも、働いているうちに可能性が感じられるようになり、それが希望になった。避難所でルゥが歌い、子どもたちがそれに合わせて踊るようになった。感染も広がるが、笑い声も同じように連鎖する。
「食べなくて大丈夫?」
 アサが避難所の壁にもたれて眠っていると、ルゥが声をかけてきた。この町に着いてから、バックパックに入れていたリンゴとパン以外には口にしていない。煮沸した池の水は飲んでいたが、青い人のスープを飲む気にはなれなかった。ルゥの細い腕は傷だらけで、毛はまばらになり、剥けた皮膚をかさぶたが覆っている。免疫をつけさせるために、皆に腕を噛ませ、血を飲ませているのだ。
「意外と大丈夫ですね、今のところは」
 地平線の向こうに、日の最後の灯がまだ輝いている。アサがルゥに身体の具合を聞くと、ルゥは答えずにアサの隣に座る。それから歌い始めた。その声を聞いているうちに、アサの花緑青色の目から涙がこぼれ出した。疲れ果てた身体から、なぜこんなに涙が出るのか、アサには分からなかった。顔を伏せるアサの肩を抱き、ルゥは歌いつづけた。空間の中に混じった歌声は、触れるような質感をもって、空気の上を弾んでいく。
 伸びた音が全て空間に引き取られると、ルゥはアサにもたれかかって言った。
「私が死んだら、血を吸い出して、肉をみんなで分けるように言ってくれる?」
 彼女はそのまま眠りについた。穏やかな顔で。
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1

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