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隅田川で会った物書きの言う「作家なら作品の愛するところを伝えなさい」の話

 浅草はとても好きな町で、住んでいた時にはよく散歩をしていた。川沿いの町はとても落ち着く。このエリアには、ものづくりのエネルギーがあふれていて、歩いていてとても楽しかった。
 隅田公園の近くを歩いていたら、急な風で帽子が飛ばされる。黒い手帳にメモをしながら立っていた男性が、手帳にペンを挟んで閉じ、足元の帽子を拾い上げてくれた。
「助かりました、すみません」
 私が駆け寄ると、帽子を渡そうとしてくれた瞬間に、今度は彼のペンが落ちる。私はそれを拾い上げて帽子と交換した。
「ありがとう」
 もこもこした髪型の男性は、黒いシャツに黒いスラックス姿で、その服装が色白の肌を際立たせていた。
「帽子とペンを交換するなんて、とても素敵な瞬間だな。物語になりそうだよ」
 彼はそう言って、受け取ったペンで何かをメモした。
「作家さんですか?」
 私は中学生くらいの頃、編集者になって有名な小説家の原稿を取りに行くのが夢だったので、ちょっとの期待を込めて聞く。
「うん、僕は物書きをやっている」
 彼は私に目を合わせないまま言った。
「君は?」
「私? 私は、なんか、絵を描いたりとか、ライターをしたりとか。あっ。元は獣医だったんですけど」
「へえ。物語っぽい人生だね。作品はあるの?」
 そう言われて、私はスマホにまとめていた作品リストを開く。彼は私のスマホを受け取ってスクロールしながら、無言で見ていた。
「あの、私、元が獣医で、最初はアートとか、すごく下手だし、すごい恥ずかしいなって思ってて。でも運よくギャラリーオーナーさんに出会って、その人が個展をやる機会をくれたんです。場所も紙もその人が用意してくださって。それで、ちょっとずつ、なんとかやり始めた感じなんですけど」
 彼は画像を最後まで見ると、スマホを返しながら私を見た。

「自分の作品のことはどう思ってるの?」
 聞かれて私はすぐに答えられない。
「自分の作品は好き?」
 改めてそう聞かれると、とても迷う。私は大きく息を吸って、吐き、そして小刻みにうなずく。
「そしたらまず、伝えないといけないのは、君が作品をどれだけ愛しているかってことだよ」
 彼は黒い手帳を開いて私に見せる。そこには無数の文字が書かれていたが、空が青いだったり、風が冷たいだったり、詩的でも文学的でもなさそうな当たり前のことがぎっしり書かれていた。

「僕は、自分が文字を書くことでこの世界にある物事を認識している。だから、書くということが僕にはとても大切なことなんだ。僕は書くことで世界と自分自身をつなぎ、どちらも愛する。書くことは僕のすべてだし、書かないと僕は生きられないんだ」
 彼は黒い手帳を閉じながら「僕は書くことを愛している」と言った。

 私たちはしばらく黙ったまま向かい合う。

「君の言葉からは、作品を愛しているっていうことがうまく伝わらなかった。正確には、大事だからこそ傷つきたくないっていう想いが伝わった。うまくないって最初に言うことで、見る人のハードルを下げる。それから、他者からの承認を使って自分の作品価値を上げようって考える」
 彼の言うとおりだったので、私はうなずきながら、心が重く、辛くなってきた。

「自作を守りたければ、卑下してごまかすんじゃなくて、自分がどれだけ愛しているかをちゃんと伝えるようにするんだ。それがどんなものであれ、自分が大切にしていることなんだと伝えること。誰かが心から愛しているものを否定できる人は、この世にいない。いや、全員とは言わないけど、ほとんどいないと思うよ」
 自分のつくったものを、何度ダメ呼ばわりしてしまっただろう。うまいことごまかす方法をずっと探してきた気がする。私は片手を額に当てて、目を閉じる。

「好きなものは愛情で守るようにするといい。僕は物書きだから、君が作品を好きなのもちゃんと分かるよ。自分の大事なものがちゃんと周りにも伝わるように。言葉はそうやって使うのが美しいと思う」

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