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餓死した女性アーティストの遺作を巡る現代アートミステリー「手と骨」15

 ヨンジャはお菓子の小袋を開けてクッキーをくわえた。食べながらお茶を流し込む。それから大皿を指で押して二人にも食べるように促す。志穂とアルコはそれぞれお菓子を手に取る。食べ終わった後の袋を捨てようと思ってゴミ箱を探すが、ヨンジャは後で片付けるからテーブルに置けと言う。志穂はテーブルにお菓子の包みを置いた。

 中身のなくなったお菓子の袋は、永遠に行き場を失って立ち尽くすような気がした。この家には、空間がない。息ができるような余白が残されていない。きっと、ソヨンもそうだったのだろう。

 志穂がお菓子の袋をただ見つめている間、ヨンジャとアルコは韓国語で会話をつづけていた。ヨンジャの目に涙が浮かび、叫ぶようにしてアルコに訴えている。その光景はこの空間にはあまりに「合ってなかった」。アルコが短く翻訳する。

「娘が浅倉に関係を強要されてたって。作品のこともあるし、浅倉に会いたいんだって」
「ああ、今ならもしかしたら釜山で会えるかも」
「えっ、なにそれ」
 志穂は黙ってカップに口をつける。
「ねぇ、会えるってどういうこと?」
「あの、なんかカフェで似たような人を見かけたような感じで。でも違うかも」
 アルコが早口でヨンジャに通訳し始める。ヨンジャの目の色が変わったのが分かった。
「ソヨンが私に作品をつくり終えたっていうメールを送ってきたの。でもその作品はどこにもない。浅倉が奪ったの。あいつが私から娘も作品も何もかも奪っていった。私は母親だもの。取り返す権利がある、そうでしょう?」
 アルコの翻訳にヨンジャの口調が重なる。志穂は答えに詰まった。
「作品を売ったお金が遺族に入らないってのもね、変な話だよね」

 それから少しして、志穂とアルコはヨンジャに近くの駅まで送られて、レジデンス先に戻る。

 その翌日、浅倉がカフェで刺されたというニュースを聞くことになる。

▼現代アートミステリー「手と骨」のマガジン
https://note.com/ouma/m/mc41d124c55c2
▼「手と骨」1話目はこちら
https://note.com/ouma/n/nab5203c667a8


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