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「国際化」について考える時に忘れてはいけないこと

カナダのマリオさん

Hさんという、男子新体操ファンで情報通な方がいる。男子新体操にまつわることで何か知りたいことがあれば、この方に聞くと大抵の事はわかる。わからないことでも、その驚異の検索力をもって調べてくださる。

そのHさんが、男子新体操ファンになってまもない私に、「カナダのマリオさんと友達になってください」と唐突に言うのである。私はわけもわからぬまま、Facebookでマリオさんに英語のメッセージを送ったのだった。

「突然すみません。私は男子新体操のファンで、これこれと申す者ですが…」と。

どういう反応が返ってきたと思いますか。

「あなたは男子新体操を知っていて、英語が喋れるのか!」と、マリオさんは大喜びされたのである。そして、いかに日本の男子新体操界へのアクセスが困難を極めたか、いかに言語の障壁が大きかったかを、切々と訴えられるのだった。

マリオさんは、ある雑誌に掲載されていた日本の男子新体操の写真を見て、その写真だけを頼りに日本とコンタクトを取り、男子新体操をカナダに根付かせた方である。

その努力と忍耐強さたるや、常人の想像を超えているとしか言いようがない。日本から数人のコーチを招聘し、英訳された当時のルールを参考にしながら、カナダで男子新体操を教え続けた。2000年前後に男子新体操の国際化の試みがスタートし、一時は世界大会も開催されたが、その試みは長くは続かず、男子新体操は国際化を断念した。

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しかしマリオさんは、今もカナダの子供たちに男子新体操を教えている。私は2016年にバンクーバーで一度お会いしたのだが、まるで仏様のように温厚な方だった。学ぶこと、教えられることが多かった。どれだけ長く生きても、この人の足下にも及ばないだろうと思わされる人だった。

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ボストンのサマランダさん

北米大陸でもう一か所、男子新体操が行われているのはアメリカ・ボストンである。ご存知の方も多いと思うが、青森大学の持舘将貴さんと清水琢巳選手がそれぞれ1年ずつボストンに滞在し、小さな男の子たちに男子新体操を教えた。これは、井原高校の演技をネットで見たサマランダさんという方が、自分の新体操ジム(ボストン最大手)で男子新体操のコースを始めたいと、応援!男子新体操にコンタクトを取ってくれたことから始まった。

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(写真上:サマランダさんが着ているのは、お土産の青大Tシャツ)

特にゼロからのスタートだった持舘さんは困難が多かったと思う。交通事故などのトラブル(停止している時に後ろから追突された)などもあったし、教える子供の年齢も小さくて苦労されたと思う。

清水選手の時は、男の子たちの年齢も上がってきていたし、2回目ということもあり、受け入れる側も慣れてきていたかもしれない。とはいえ異国でたった一人、男子新体操の伝道師として活動するのである。苦労がないはずがない。清水さんは「最初は何がわからないのかもわからなくて、辛かった」という。

アメリカはアメリカン・ドリームの国だが、厳しい競争社会でもある。クラブのコーチに求められるものは、「子供たち・保護者を喜ばせ、さらに集客に貢献できる能力」である。ただ教えるだけではダメで、生徒数を増やすことに貢献できることが重視される。だから、デモンストレーションで個人演技ができることも重要だ。もちろん、クラス運営できる英語力は必須である。

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日本とは、「習い事」の文化そのものが違うと言っていい。コーチの前で直立不動になって「ハイ!」と従うような子はいない。子供をハッピーにし、親に「お金を出す価値がある」と思わせなければいけない。そんな中で、いかに工夫してレッスンし、子供たちを飽きさせずに楽しませるか。その能力が評価されて、それでお給料が決まる国なのである。(二人の日本人コーチの場合はワーキングビザではないので、給料は出ない)

ちなみに、サマランダさんはMIT(マサチューセッツ工科大)の修士号(MBA)を持つ凄腕のビジネスウーマンだが、そのサマランダさんをもってしても、男子新体操コースを維持していくのは簡単ではない。いろいろ考えると、赤字なんじゃないかと思う。それでも彼女は、日本の男子新体操をアメリカに根付かせようとしてくれている。

ロシアのブクロフさん

もう一カ国、日本の男子新体操が行われている国がある。新体操王国、ロシアである。ロシアでは日本スタイルの男子新体操が行われ始めており、新体操連盟にも正式に認められたという。そのプロジェクトを牽引しているのはアレクサンダー・ブクロフ氏であるが、彼は埼玉栄高校の監督である石田渓氏が、ロシアで男子新体操の国際化を試みていた時代の教え子なのである。

ブクロフ氏とは文字のやり取りしかした事はないが、彼はメディアに対して「スペインの男子新体操ではなく、日本の男子新体操がmen's rhythmic gymnasticsであるべきだ。男性が女性の真似をするのではなく、男性らしさを大事にしたい」と何度も繰り返し述べている。

2年前に花園大学のメンバーとモスクワに行った時、彼がコーチをしているジムに行く機会があった。そのジムはロシア新体操連盟会長のイリナ・ヴィネル女史所有のジムであったが、所長のマリアンヌさんは非常に親切に対応してくださり、「アレクサンダーがたまたま旅行中で本当に残念。何か、私たちに出来る事はないかしら?何か足りないものはないかしら?コーヒーを入れてきましょうか?(飾ってあるフルーツを)どうぞ食べて。選手の皆さん、何か欲しいものはない?」と気遣ってくださるのだった。

「海外」を構成する人たち

それで、タイトルの話なのだけれども。

「海外に男子新体操を広める」と言う時、その「海外」を構成する人たちをどのように想像していますか?「海外」という、異種の生物が存在しているわけではない。海外というのは、マリオさんであり、サマランダさんであり、ボストンの男の子たちであり、ブクロフさんであり、ロシアの少年たちであり、そして「なんて素晴らしいスポーツだろう。オリンピックで見たい!」とコメントを寄せてくれるブラジルの人であり、インドネシアの人であり、フランスの人である。

そのような日本の男子新体操を愛してくれる人々に、「日本人じゃないと徒手の良さはわからないよ」とか「国際化するといいようにルールを変えられる」とか「アクロバットばかりのつまらない競技になってしまう」とか、どのような根拠(エビデンス)を持って、言うことができるだろうか。

男子新体操の良さが本当に「日本人でないとわからない良さ」なのだとしたら、国際化はしない方がいい。そのような思考で国際化をしようとすること自体が、他国の人々に対して失礼だからだ。

アメリカでもロシアでもドイツでも、人々は男子新体操に熱狂してくれた。海外公演では、日本人の反応よりもずっと大きな反響が得られる。まるでアリーナ全体が鳴り響くような歓声、指笛、拍手。「とても感動した!素晴らしい」と興奮して伝えにきてくれる人々がおり、選手たちにサインや記念写真を求める子供達がたくさんいた。これは、一つの事実である。

今、私たちがYouTubeにあげる動画には、圧倒的に海外からのコメントの方が多い。ほとんどが大絶賛と言っていい褒めようである。これも、一つの事実である。

私が上記2つの事実から導き出す推論があるとしたら、「日本人よりもむしろ海外の人たちの方が、男子新体操の良さを評価しているんじゃない?」ということになるのだが、この推論が当たっているとしたら、それはそれで残念な話ではある。

(トップの写真:2016年9月、ボストンの女子コーチ達の前でロープの演技をする小山内さん)

2023年7月追記:マリオ・ラム氏はすでに指導者の仕事を引退しており、カナダでの男子新体操クラスはなくなっている。ボストンではまだ当時の男の子たちがレッスンを継続しているようであるが、清水さんの後、日本からの指導者派遣は実現していない。ロシアがウクライナに侵攻したことにより、日本とロシアの協力体制を推進するのが困難な状況に。スポーツは、決して政治と無関係ではないことが実感される。




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