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口の悪さも身についた


「お前なんか、短大普通に卒業して、新卒で入社して、なんも苦労してへんな。」


これ、誰に言われたと思いますか。なんとびっくり、その就職先である会社の会長です。 

呪いのようにわたしを追いかけてくるこの言葉。今でもたまにカマイタチの如く脳裏を過ぎっては切れ味そのままにわたしを傷つけていた。



わたしは元々自己評価が低く、もはや概念ごと母親の腹に忘れてきたのではないかレベルで自信というものを持ち合わせていない。いつだったか「もっと自信を持ちましょう」と、通知表に書かれてた覚えがある。

気がついたら、わたしはわたし自身の事がよくわからなくなっていった。

周りが「青の方がええ」と言えば「本当は緑の方がええけど、わたしが考えてる事は正解ではないから、青が正解なんかもしれん」という主体性ゼロの思考回路と、自分に対するハードルを下げ、小さな事でも褒めてもらうというみみっちい処世術が備え付けられた、めちゃくちゃ面倒で卑屈な人間が出来上がっていた。


そんなわたしでも、成長していく中で出会った人たちのおかげで、「おや?自信っつうものは持ってて良さそうだな?」ぐらいに思えるようになり、卑屈な考え方は少しマシになった(当社比)。みんな、わたしの知らないわたしの良い所をたくさん教えてくれるのだ。

あなたの描く絵が、文章が、おもしろいね、素敵だね、と目の前で言ってもらえる機会が増え、だんだんと卑屈で面倒だった装備に自信というオプションが追加されていくのを感じていた。

社会に出て、その自信がことごとく削がれていくことになるとも知らず…。

入社してからというもの、毎日毎日、いろんな先輩や、たまに同期達から何かしら怒られる。質問しては説教されるしなじられる。質問するのが怖くて失敗する。そしてまた𠮟られる、の繰り返し。そして、激務に次ぐ激務(入社即2週間の東京出張@リグライニングしない夜行バス往復、帰阪後GWはおろか休みほぼナシ…など)

冒頭の言葉を投げつけられたのは、3年ほど経った頃だったか。

当時、心の拠り所にしてた同期や先輩が次々と退職し、頼んでないのに後輩が増え、ダメ押しとばかりに仕事も増え、それでも相変わらずハラスメントのデパートみたいな会社でがむしゃらに働いていた。

そんなある日、件の会長がフラっと現れた。

会長は、現れる度に、目につく社員を捕まえては長話をしたり、思い立ったように招集をかけ、全ての業務を止めさせて社内の模様替えを命じたりするので、正直、招かれざる客であった。

とは言え、挨拶も会話もしない訳にはいかないので、「おはようございます」と声をかけ、二言ほど交わした次の瞬間だ。

「お前なんか、短大普通に卒業して、新卒で入社して、なんも苦労してへんな。」

これだ。何を言われたのかよくわからなかった。面食らってるわたしを尻目に、会長は続ける。

「今年入った〇〇は遠い国からわざわざ日本に来て学んで、うちの会社に入ってきた。□□はいくつもバイト掛け持ちしてた事がある。△△は片親でも一生懸命働いてる。××は震災に遭っても明るく働いてる。それに比べたら、お前、なぁんも苦労してへんやんか。」

そのあと、どんな受け答えをしたのか、全く記憶にない。会長は満足したのか、気づいた時には他の社員へちょっかいを出しに行っていた。

自信という装備は粉々になり早幾年、元々の卑屈さが再び幅をきかせ、更にそこへ会長お手製の焦燥感と嫉妬心が装備に加わった。

「ああ、目に見える苦労した結果がないと、この会社では認められないのか。」

そう考えるようになった。本気でそう考えていた。そんな人間はどうなるか。めちゃくちゃ無理する人間になる。認められたい一心で。常に自分が相手より劣っている点だけを穴があくように見つめ、挽回しようと空回りして、失敗して、自分を責めて。そしてまた振り出し。

遅くまで残るすることや、仕事をいくつも掛け持ちすることが美徳と思っていたし、とにかくもう、周りの誰よりも優れている面を見せなくてはと焦っていた。自分のキャパ以上の事をして、アピールせなアカン、自分が優れているんだと。

そんな気持ちで働き続けた結果、入社10年経とうとする頃には心身ともにボロボロの、要メンテナンス状態になっていた。


会社の話をすると、大抵の人に言われる。

「そんなボロボロになってまで、なんでその会社に残り続けるのか。」

いつだって辞めるタイミングはあったはずなのに。なんだったら今だってそのタイミングなのかもしれないのに。正直なところ、自分でもよく10年続いてるなと思う。出るとこ出たら勝てる気すらする。

でも、10年かけて得たのは、ボロボロの心身だけじゃない。

自分の考えは案外間違ってないということ、そして、その考えに至る経験値。

自分が頑張っていることを知ってくれてる人がいること、応援してくれる人がいること。

何かの拍子でまた自信が粉々になったとしても「とりあえず踏み固めて応急処置しとけばよくね?」と思える図々しさも持てるようになってきた。

こうやって、自分を見つめるきっかけになった会長に、いつかお礼を言いたいと思う。








そんなこと思うわけねぇだろ。



誰のおかげで、通院までする羽目になったと思ってんだ。誰のおかげで要らぬ涙を流したと思ってんだ。

苦労したエピソードが好きなら、募集要項に書いとけっての。

【苦労した経験のある人大歓迎!】

【苦労人優遇!※新卒は不可】

っていうかそもそもわたしが苦労してないって何を基準にそう言った?わたしの何を知ってる?

「苦労したことがない人間には興味ありません!」ってか。涼宮ハルヒ鬼軍曹ver.かよ!!!!

何が腹立つって、会長がこの発言を確実に忘れているということ、そうわかっていながら振り回されていたこと。

めちゃくちゃ悔しいので、クビになるまで残ってやると決めている。いつか辞める日が来た時は会長に捨て台詞でも吐いてやる。

「会長のせいで、この10数年間、とっても苦労しましたよ。」って。



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