ハートランドの遙かなる日々 第28章 討伐隊
アインジーデルンを囲む山を越えると、そこからの道は下りで真っ直ぐな道が多かったので、馬車は快調なペースで進んだ。
深い谷に差し掛かり、道が細くなったあたりで、前を塞ぐ荷馬車があった。
そこに近付くと、荷馬車は道を塞いで倒され、周囲には手に太い剣を持った五人の男達がいた。
ピエールは後ろに向かって言った。
「野盗だ!」
「野盗だって?」
アルノルト達は前の様子があまり見えず、驚くばかりだ。
しかし、避けて逃げようにも、細い一本道のために馬車を巡らせる事も出来ず、幌馬車は河原に突っ込むような形で止まった。そうすると前の様子が見えた。
ブルグントの黒馬車は道を塞ぐ男達の寸前まで走って止まった。
「何を乗せてる!」
筋骨逞しい野盗の首領のような男がやって来て言った。
ピエールがわざと大きな声で言った。
「何も取る物は無いぞ! 人だけだ!」
外が見えない馬車の中ではイサベラとアフラが抱き合い、護衛達にも緊張が走った。
「中を見せろ」
そう言って野盗の一人の男は馬車のドアを開けようとした。
そこへ内から勢いよくドアが開き、男を押し飛ばした。そこからオーギュストが飛び出し、その野盗の剣を弾き飛ばし、あっと言う間に首筋に剣を当てた。
「ま、参った」
「道を空けろ!」
オーギュストが叫ぶと、野盗達はゆっくりと荷馬車を立て、道を空け始めた。
「先に行け、先ずは遠くへ」
オーギュストはそう言って馬車を先に行かせた。
その瞬間、盗賊の首領は後ろの幌馬車へと走り出した。そっちなら無防備だと見たのだ。もう一人の男が剣を振り上げながらそれに続く。
「まずい! こっち来たよ!」
アルノルトは武器を探した。懐にはさっき貰った短剣があった。とっさにそれを掴んで身構えた。
「神よ!」
クヌフウタとペルシタはロザリオを出し、ただ必死に祈った。
「はい、これ!」
後ろにいたマリウスがおもちゃの木剣を持って来て、それを受け取ったエルハルトは悠然と肩に担ぐようにそれを持った。
それは少しの威嚇になり、走って来た盗賊は足を落とした。
「おい! 怪我したくなければ、金目の物は置いていけ! いい女もいるじゃないか」
盗賊は大剣を振り回しつつ、そう言ってすぐ横まで近付いて来た。
クヌフウタとペルシタは、身を固くして抱き合った。
「何だ。子供がそんなおもちゃみたいな剣振り回して、こけおどしじゃないか。おや、そっちの短剣は高そうだ。こっちによこせ」
そう言われたアルノルトは首を振った。そしてさらに短剣を抜いて構えた。
「そんな小さな剣で戦う気か? そっちはおもちゃだし。勝てるわけないだろう」
そう言って盗賊達は笑った。
笑った瞬間、エルハルトの刃が下った。高く折れる音がし、大剣が弾き飛んだ。エルハルトの木剣が首領の剣を持つ手を打ったのだ。その勢いの凄まじさで木剣が折れたが、手の骨も折れたようだ。
エルハルトは馬車から降り立ち、手を押さえて呆然とする首領を木剣の柄で殴り、やって来たもう一人の男の方へ突き飛ばし、さらに長い足で蹴飛ばした。二人は纏まって地面に倒れた。
「兄さん強ッ!」
「馬車を出せ!」
エルハルトは馬車にすぐ飛び乗って言った。
アルノルトは短剣をしまい、「ハッ!」と鞭を入れたが、前は川に落ちそうになっていたので、馬は進まない。
そうしている最中に向こうの盗賊を倒したらしいオーギュストが走って来た。そして立ち上がった盗賊の刀を持つ手を切り飛ばした。倒れている首領へも歩み寄った。首領は後じさりして言った。
「待て! 今回は負けた!」
「盗みは手を切るのが相場らしい」
そう言ってオーギュストは首領の折れていたその手を切って落とした。
「後ろ後ろ! 後ろだよ!」
手綱を引きつつアルノルトがそう叫ぶと、グラウエスは後ろへ数歩下がり、道に戻ってから進み出した。オーギュストは走り出した幌馬車の後部を押して走り、そこへ飛び乗った。
呻きつつ首領が叫んだ。
「がああ! 逃がすな!」
すると、山道の木の間から、さらに大勢の野盗が姿を現した。そして馬車を追って走り出した。
「うわっ! まだいたのか!」
「逃げてーっ」
オーギュストはクロスボウを素早く番え、追い付いて来た野盗を撃った。足に矢が刺さり、その男は倒れた。しかし盗賊は方々からわらわらと大勢走って来る。
「もっと早く!」
後方からオーギュストはクロスボウをさらに番えつつ、前にそう叫んだ。
アルノルトはさらに鞭を入れた。しかし速度を上げると馬の足が揃わなくなって、馬車は蛇行し、道を外れ、馬車は激しく上下に揺れた。
「キャアァアァアァアァ!」
「アブナイィイィイィイィ!」
「どうどう」
エルハルトはもう一方の馬の手綱を取り、二人で馬の速度を調整して走った。
そうして馬が安定し、速度が上がると、盗賊は追うのを諦めた。そもそも馬車の後ろからオーギュストにクロスボウで狙いを定められては、怖くて近寄れなかった。
「諦めたようだ」
オーギュストがクロスボウを下ろして言った。
「ハアーッ。寿命が縮みましたーっ」
「良かったですぅ」
クヌフウタとペルシタは抱き合って力が抜けたように床にへたり込んだ。
馬車の速度を緩めたエルハルトは、振り向いて言った。
「もう大丈夫ですよ。マリウス、これ、役に立った」
エルハルトが根元が折れた木剣をマリウスに返すと、マリウスもへたり込んだ。
「僕の剣がぁー」
「後で修理してやるさ」
アルノルトは礼を言った。
「戻って来てくれてありがとうございました、オーギュストさん」
「いや何。これも騎士の務めだ。と言いたいが、殆どやっつけていたようだったな」
「いえ。逃げられたのはオーギュストさんのお陰です。助かりました」
道の少し先で黒馬車が待っていた。幌馬車は少し追い抜いて停まった。
ピエールが御者席から言った。
「無事だったか! そう信じていたよ」
馬車のドアが開いて、イサベラとアフラ、護衛達も手を振った。
「皆無事ね?」
「無事で良かった!」
「良かった良かった」
皆口々にそう言っている。
オーギュストが幌馬車の後部から言った。
「馬を隠してたらまだ追って来るかも知れない。このまま走ろう」
エルハルトが言った。
「この先のシュタイネンにシュウィーツのアーマンのシュタウファッハさんの邸宅があります。そこで野盗が出た事を知らせましょう」
そう言うと、再び二台の馬車は早めの速度で走り出した。
一行は程なくシュタウファッハの邸宅へ辿り着いた。講堂のようなその館には、いつもの如く多くの人がいた。そこで、まずはエルハルトとアルノルトがシュタウファッハに面会を申し込んだ。
「ブルクハルトの倅か! 良く来てくれた」
シュタウファッハはすぐにやって来て、握手を求めた。エルハルトが握手をして言った。
「はい! こんにちは」
「遠路遙々ようこそ。ブルクハルトは元気にしているか」
「ええ。元気です」
アルノルトはしかし、慌てて言った。
「それより! 野盗が出ました!」
「野盗を見付けたか! どこで? いつ?」
邸宅内にいた人も、それを聞いて騒然とした。
「ついさっき襲われたんです」
「近いのか! どこでだ?」
「そこの大通りの一番狭い谷のあたりです」
「モルガルテンの谷あたりか。何人いたか判るか?」
必死に馬を御していたアルノルトには見えていなかったので、エルハルトが言った。
「十数人……いや、隠れてもっといたかも。でも五人ばかりは撃退しました。死んではいないでしょうけど」
「撃退した? 君達で?」
「俺は一人首領っぽい奴を。あとは騎士さんが」
「ほう! やるじゃないか! 騎士さんとは?」
アルノルトが外に見える馬車を指して言った。
「あの馬車の強い騎士さんが一緒だったんです。その人に助けて貰いました」
「そうだったか。盗賊の手配をかけていた所だ。でかしたぞ君達! お手柄だ! これで討伐隊を出せる!」
そう言ってシュタウファッハは二人の肩を叩いた。そしてそこにいる人々に声を掛け、有志を募ってあっと言う間に討伐隊を結成してしまった。
「まだ人数は互角くらいか。もっと人数が欲しいな。場所や犯人の顔も知りたいし、君達も参加しないか? 同盟国として」
シュタウファッハのその言葉に、アルノルトは心に決したように言った。
「同盟国として! 参加させて貰います!」
エルハルトはしかし、及び腰だった。
「おい。いいのか。他の人もいるし、道の途中だぞ」
「誰かがやらなきゃいけない。今それは僕だ」
「ブルネンの船に間に合わなくなるかもしれない」
「ブルグントの馬車には先に行って貰おう。後で追い付けばそれでいい」
シュタウファッハは割り符を取り出して言った。
「ブルネンの船に乗るのか。じゃあこれを見せれば少しは待ってくれるだろう。片方は先に港に届けて、片方は君らが持つといい。因みに予約券のようなものだから、乗るのは無料だ」
そう言ってシュタウファッハは笑い、一対の割り符をアルノルトに渡した。
「ありがとう」
それから二人はブルグントの一団にそのことを説明した。そして片方の割り符をピエールに渡した。
「そうか。割り符は届けておこう。我々は姫を安全に届けるのが使命だからな。先に行かせて貰う」
「はい。終わったらすぐ追います」
オーギュストが馬車から降りて来て言った。
「私は残ろう。それともう一人、オスカー、君も残れ。ご婦人方を先に乗せよう」
馬車からは若い騎士も一人降りて来た。
エルハルトとアルノルトは礼を言った。
「助かります」
「ありがとう。心強いです」
そうしてクヌフウタ達とマリウスはブルグントの黒馬車に乗り替え、先に行くことになった。
馬車から降りる時、クヌフウタはエルハルトの手に支えられた。
「この手で私達を守ってくれました。神のご加護を……」
クヌフウタはそう言ってエルハルトの手を高く握ったまま十字を切り、祈りを捧げた。
するとどうだろう。その右手からエルハルトの体中に力が漲るのが判った。
「ありがとう……力が湧いてきました」
「兄さん、気を付けて」
「気を付けてね」
アフラとマリウスは窓から手を振った。
皆が乗り込むと、馬車は出発した。
二人の兄弟はそれを手を振って見送った。
イサベラとクヌフウタは再び危険に向かう二人を見て、心から無事を祈るよりなかった。
再び邸宅内へ戻り、二人の兄弟はブルグントの騎士の二人をシュタウファッハに紹介した。
「ブルグントの騎士、オーギュスト・ド・ナバラだ。今日はこの子達の援軍をさせていただく」
「同じく私もブルグントの騎士、オスカーと申します」
「ブルグントの騎士さんですか! ご助力有難い次第です。武器が必要でしたら、武器庫の物をお持ち下さい」
シュタウファッハの案内で武器庫へ行くと、テーブルに武器が並べられ、既に多くの人が武器を選んでいる。中には全身に鎧を着込む人までいた。一同はそこで武器を選んだ。
アルノルトは普通に細身のサーベルを選び、エルハルトは飾ってある鎧の置物の持つ、オノ付きの短槍を引っ張り出した。それはハルバートと呼ばれるものだ。
「これがいい」
「強そうだけど、重そうだ。力がいるよ?」
「奴らの剣を見ただろう。細いのじゃ折れてしまう。これなら逆に折ってやれる」
「兄さんは力あるもんね……」
それを聞いていたオーギュストが言った。
「一理ある。一番大きい剣を一つ頂こうか」
細身の剣しかなかったオーギュストは、一番大きな剣をシュタウファッハから受け取り、腰に二つ重ねて下げた。若い騎士オスカーは使い慣れた自分の剣がいいとの事だった。
「鎖帷子くらいは着ておけ」
オーギュストがそう言うので、全員鎖帷子を着込んだ。
準備を終えた所で、シュタウファッハは人々を講堂のような広間へ集めて言った。
「有志諸君! 盗賊の討伐隊参加に心から感謝する! この勇敢な青年によってもたらされた情報によると、モルガルテンの狭い谷に盗賊が出没した。十数人いるとの事だが既に手負いの者が五人だそうだ。我々ならばものの数ではない! 尚、戦闘になれば生死は問わない。その場で処刑の扱いだ。瞬時でも躊躇すると危険だ。存分に正義の剣を振るって欲しい。同盟国ウーリからは発見者であるこの二人の青年、そしてこちらの騎士二人も援軍として参加して下さるとのことだ」
集まった人々は大きな拍手をした。
「我らはここに、自治自衛の権利の下、そして盟約の下、盗賊の討伐を決行する! ここに宣言しよう。討伐隊、出発だ!」
「オオー!」
シュタウファッハ率いる討伐隊は一斉に邸宅の表へ出た。
そこには馬車が二台ほどあったが、全員は乗り切れず、エルハルト達の幌馬車にも四人程乗ってきた。
大きな新しい幌馬車は、馬さえ良ければ十人くらいは乗せても平気そうだった。
討伐隊はそれほど時間を要せずモルガルテンの谷間へと到着した。
エルハルトは馬車を止めて言った。
「この付近です!」
辺りには既に人の姿は無かったが、所々に戦った残骸があり、剣が落ちていた。
「これは……まさか!」
道に落ちていた剣には人の手が付いていた。しかも、幾つも落ちている。
オーギュストが馬車から降りて言った。
「私がやった」
村人達はその声を聞いて空恐ろしくなった。
シュタウファッハはそこから血痕を追って歩いた。
「血は向こうへ続いているな」
それはモルガルテンの山の上方の森へと続いていた。
「よし! 馬車をこの辺で停めて森へ入ろう。馬車ごとでチームになるんだ」
討伐隊一同は武器を持って山を登った。
エルハルトだけ大振りの武器のため、山を登るには少し重い。
「こんな山をやみくもに探すとなると、重くて疲れるな」
「ほらあ、兄さん。重過ぎでしょう」
「まあな。でもこれじゃあ皆んな体力を消耗させて、盗賊にも逃げられるだろうし、見付けたとしても戦える体力が残ってないかも知れない」
「いい感覚だ。少し待て」
そう言ってオーギュストはクロスボウを取り出して、ロープの付いた矢を打ち、高い木に登り出した。そこからさらに高くへクロスボウを打ち、そこから垂れたロープを今度は騎士オスカーが登った。当然先行する隊は先に行ってしまったが、馬車が一緒だった人はチームなので残って待ってくれた。
オスカーは森の茂みの上に顔を出し、周辺を見回した。そして、オーギュストに合図を送り、二人は滑り降りて来た。
「いた! いました! 向こうだ!」
しかし、それは先行する一団とはかなり違う方向だった。
若き騎士オスカーはさらに続けた。
「盗賊のペースが速い。追い付けなくなりそうです」
アルノルトは数歩歩いて言った。
「呼び戻して来る」
オーギュストは言った。
「先に追っていよう。ロープを結んだ木を追い掛けて来てくれ」
オーギュストと騎士は山を歩き出した。
エルハルトと、そして馬車で一緒だった四人の討伐隊員がオーギュストに続いた。
アルノルトは山道を半ば走って登り、最後方の人に言っても止まっては貰えなかったので、先頭のシュタウファッハの所まで駆けて行った。
「シュタウファッハさん!」
「静かにな。どうした?」
「盗賊を向こうに見付けたそうです。オーギュストさん達が追ってます」
「もう追ってるのか! 人数を割って?」
「はい! 七人くらいで追いました」
「それは不味い! 危険だ! すぐ行こう」
一団は急いで反転し、道を戻った。途中からは目を皿のようにして、木に縄を探しながら歩く。
「あった! こっちです」
アルノルトは縄を見付けてはその方向へと導いて行く。幸い道は単純で、縄は目立つ場所に結び付けられていた。
しばらく行くと、向こうから人が走って来た。後ろからも幾人か続いて走って来る。
それは見るからに盗賊のような身なりをしている。
「たすけてくれ!」
その人達は口々にそう言った。
シュタウファッハはアルノルトを見て言った。
「どうする?」
アルノルトはその人達に片手が無い人がいる事に気が付いた。
「この人は盗賊だと思う」
「そうか。じゃあ捕縛だな」
「それでもいい。たすけて……」
三人の男はひどく怯え、自ら投降するように捕縛された。
「何があったんだ?」
「皆殺される。恐ろしいあいつを止めてくれ」
討伐隊はその三人を連れつつ、さらに進んだ。
しばらく行くと、森が開けた場所に出た。そこには大きめの小屋があった。
「これは……」
細く長く続く草原には、人が点々と横たわっている。
その殆どは明らかに死んでいた。その傷は肩が割れていたり、頭が割れていたり、損傷が激しいものばかりだった。
アルノルトはそれを見て、エルハルトが無事なのか心配になった。
「お前はフランツ! しっかりしろ!」
「ここにはハインツも!」
小屋の横に倒れている中には村人がいた。首や腹を切られていて、瀕死の状態だった。
小屋の裏手の小高い平原にはエルハルトとオーギュストの姿があった。
「兄さん!」
アルノルトは走り出し、エルハルトの方へと近付いた。
「良かった、無事で!」
エルハルトは背を向けて肩で息をしていたが、急に立ち上がり、アルノルトの目前にハルバートを向けた。あの重いハルバートを、片手で持っている。そのエルハルトの目は怒りに我を忘れているようだ。
「もういい。槍を放せ!」
オーギュストがそのハルバートを横から奪おうとするも、それは固く握られ、エルハルトの手から離れない。オーギュストはエルハルトの握る指を一本一本解き、ハルバートはその場に落ちた。エルハルトは地面に手を突いた。
「何があったの!」
アルノルトは人の変わってしまったようなエルハルトを見て、驚くよりない。
「殺しやがったんだ……」
エルハルトは唸るように地を叩いて言った。
そこへシュタウファッハが駆けて来て言った。
「無事なのは君達二人だけなのか」
オーギュストが言った。
「五、六人が逃げた。ここがアジトだったようだ。村人を失ってしまった……すまない」
「これは騎士さんが?」
「殆どは彼が……」
「まさか彼が!」
アルノルトは目を丸くした。
「兄さんが? これを?」
「そうだ。私の部下が見つかって捕らわれたせいで、私を含め、皆剣を捨てたんだ。しかし奴らは人質を殺し始めた。彼は再びハルバートを取り、容赦無く振り回した。彼は力強かった。武器も強力だ。正に正義の鉄槌だった。私はまた命を助けられたようだ」
オーギュストはエルハルトの肩に触れた。
「でも、あなたの部下も、討伐隊の人達も、殺されてしまった……」
エルハルトはそう言って泣いた。
「それは私のせいだ」
オーギュストがそう言うと、シュタウファッハが言った。
「まだ死んだと決まったわけではない。皆瀕死だが、息はある。急いで運ぼう」
「本当ですか!」
エルハルトは立ち上がり、怪我をした人の応急処置をしている所へ見に行った。
アルノルトはあちこちに咲いていた黄色いオトギリ草の花を見付け、そこへ持って行った。
「これ、クヌフウタさんが僕に塗っていた薬草の花だ。血止めにいいって」
「オレが塗ろう。もっと取って来てくれ。クヌフウタさんがいればなあ」
「うん。でもこんな危険な山じゃあ一緒に来るのは無理だね」
アルノルトは薬草を集めて走り、エルハルトはそれを塗って回った。
応急処置が済むと、エルハルトは怪我人を一人背負った。
シュタウファッハも怪我人を背負い、下り道を駆け出した。
オーギュストは部下の騎士を背負って山を下りた。
山を下る途中、騎士は気が付いて言った。
「剣が折れました……」
「気が付いたかオスカー」
「二本持つべきでした……すいません……私がヘマをしたばかりに……」
「まだ誰も死んでない。盗賊は壊滅させた」
「それはやりましたね。隊長を信じてましたよ。カッハッ」
「しゃべるな。首を切ってるんだ。よくしゃべれたものだ」
「はい……」
騎士オスカーは首だけでなく、手や足にも深い傷があった。
しかし彼と話が出来て、オーギュストは少し安心をした。
駆け下りるようなペースで山を下ると、怪我人を幌馬車に乗せ、エルハルトとアルノルトは二人で必死に馬を御し、先導するシュタウファッハの馬車を追った。それはこの馬車での限界速度に近い。
オーギュストは幌馬車に同乗し、怪我人を励ましていた。それはブルグントの母国語だったので良く判らなかった。
しばらくすると先導する馬車は近くの村の家の前に止まった。そこに医者がいるらしい。
シュタウファッハに連れられて来た初老の医者は、馬車の中で怪我人を手早く見て言った。
「引き取ってくれ」
オーギュストが医者に食ってかかって言った。
「あんたは医者だろう! 怪我人を診てやってくれ! 頼む!」
医者はそれでも首を振った。
「もう一回戻ってちゃんと怪我人を診てくれ」
シュタウファッハは馬車から降りて来た医者に立ち塞がった。
「もう怪我人でもないんだ。既に脈が無い。血が出過ぎたんだろう」
「そんな……」
「オスカー!」
オーギュストは少し前まで話していた騎士の体を何度も揺らし、信じられないように胸に抱いた。
御者台からそれを見たエルハルトは、目を膝に伏せて大きな体を小さく縮めた。
周囲を囲む村人は幌馬車に向けて帽子を脱ぎ、涙ながらに心からの哀悼を捧げた。
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