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カメムシ対策に『おにやんま君』を連れてきたら。


三日前、僕の住む田舎は雲一つない晴天だった。

地面からは様々な草花がアスファルトを押しのけて、我先にとさんざめいていた。

ツクシやチューリップ、ヒメオドリコソウといった植物が、空を目指して一心に茎を伸ばしていたし、そのあいだをアシナガバチやモンシロチョウなんかが新社会人みたいにせわしなく飛び交っていた。

僕はそれらに囲まれながら、一冊の本を開いていた。

最近、お気に入りのレイ・ブラッドベリ。書名は『猫のパジャマ』。

ページの照り返しがやけに眩しかった。

やわらかな午後の暖かさが僕を包みこんだ。

しかし、僕の心には暗い影がさしていた。

「部屋には、いるんだ……あいつらが……」



その日、僕は午前中から部屋の掃除をしていた。

窓を開け、風通しをよくし、掃除機をかけ、洗濯物をしまう。そんな日課。

連中が現れた。どこからともなく。まるで煙のように僕の部屋に滑り込んで、自分の巣に帰ってきたかのようなくつろぎを見せていた。

僕は生理的な嫌悪と罵りを込めて、連中を処分した。

磔刑、冷却、封印。ハッカ油、忌避剤、ガムテープ。

しかし連中の羽音は止めどもなかった。

二階の自室だけでなく、一階の居間やキッチンにも出現した。

愛すべき平和な午前は霧散し、憎むべき戦いの歴史が積み上げられた。

昼食の時点で、僕の見た連中の数は十を数えていた。新記録、樹立。

もはや僕は、祖母が洋服のジッパーを上げ下げする音すら、連中の羽音に聞こえて反応してしまうほど神経がまいってしまっていた。

僕はたまらず家を飛び出した。

家の外壁にも、連中がいた。

家の中でみるよりも、連中はちっぽけに見えた。

しかし、その姿が部屋の風景に交わるだけで、とたんに怖気が止まらなくなった。


その夜、僕はとある商品を注文した。

その名も『おにやんま君』。

昆虫にとって、最強の捕食者であるオニヤンマを象ることで、連中を遠ざけようというユニークな商品だった。

『虎の威を借る狐』という言葉が頭をかすめた。

しかしこの際、小賢しかろうが卑劣だろうが、連中のあの臭いを嗅ぐ機会が一度でも減るならば、なんだってする。そう思った。


そして次の日、彼が来た。

彼は薄い二枚の羽と、パチンコ玉大の翠の瞳を持っていた。

艶のある黒いボディに、黄色い縞模様。

オニヤンマという生き物のデザインセンスを改めて実感した。

それを祖母に見せると「ねんね(子供)みたいやな」と嘲笑われた。

腹が立ったが、彼女の言うことにも一理あった。

『こんなものが、本当に効くのか……?』

半信半疑だった。

いや、どっちかというと疑に傾いていた。

しかし、僕はそれでも彼を信じることにした。

ブラインドを開けると連中が二匹いる、という状況が一匹になるだけでも充分だとおもった。

まさに藁にもすがる思いだったのだ。


僕は彼を、連中がよく出没する窓に取りつけた。

『おにやんま君』は遠目で見ると結構リアルで、彼の存在を忘れ、驚いた僕は何度か叫び声をあげそうになった。

実際にあげたときもあった。

そして現在、彼が窓に貼り付いてから、一日が経過した。


驚くべきことが起こっていた。

僕は昨日、自室において連中の影を目にしていないのだ。一匹たりとも。

内側どころか、外側に貼り付いていることすらなくなった。

自室がある二階には、平穏と静寂が訪れた。

しかし『おにやんま君』不在の一階は、相変わらず連中がのさばっていた。

僕は舌を巻いた。

こんなにも差が出るものなのか、と。

「ねんねみたいやな」

祖母の言葉が蘇った。

僕は彼女に、一階に現れた連中の処理を一任することにした。

『おにやんま君』……いや、『おにやんま様』……否、『おにやんま陛下』を一笑に付した報いはきっちり受けてほしかった。

彼の威光は、彼の力を一抹の不安もなしに100%信じた者にこそ与えられるべきだった。

ということで今のところ、僕は彼の庇護下に置かれている。

自室には安寧がもたらされ、野生の食物連鎖から逸脱した、健康で文化的な最低限度の生活を送るための静かな時間が流れていた。

これからも観察を続けていきたい。

続報があり次第、また記事を上げようと思います。




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