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ヒューゴのペンダント

このペンダントを、映画「ヒューゴの不思議な発明」のヒューゴに捧げます。
マーティン・スコセッシ監督の映画では、モンパルナス駅の時計台に隠れて暮らす貧しい孤児のヒューゴ。
亡き父の遺した壊れた機械人形と暮らしています。
人形のぜんまいを巻くためのハート型の鍵を持っていたのは、意地悪な店の主人ジョルジュの孫娘、イザベル。
彼女のハート型の鍵で、人形が文字を書きだします・・・


Punctuallyのジュエリーは、
すべて古い本物の時計のパーツや歯車を使って作られており、
それを身に着けた人は、
時空を超えて、
様々な世界に旅をすることが出来るのです。

それでは、“時の歯車”の力を借りて、
1930年代雪のパリ、モンパルナス駅の時計台近くへと、旅をしてみましょう。

そうそう、この“時の歯車”は時空を超えるだけではなく、
現実ではない空想の世界や物語の世界へも連れて行ってくれる・・・
と、いうことをお忘れなく




ダニエルは、もう長いこと、モンパルナス駅の時計台が見えるこの小さなアパートに暮らしている。時計台に向かった小さな開き窓に肘をついて、ため息まじりに、昔の幸せだったころを思い返している・・・

(カトリーヌと二人で、この小さなアパートに住みついたのは20年も前のことだ。その頃は、まだ貧しい学生で、食べていくことで必死だった。科学者になることを夢みていた私は、毎日大学の研究室にこもりっきりだった。週に何回かの日雇いのバイト代は、ほとんどが大学の学費で消えていった。カトリーヌは文句も言わず、毎日カフェで働きながら、二人の暮らしを支えてくれていた。)

優しいカトリーヌの笑顔を想いだして、彼の口元が思わず微笑む。
そして、彼の過去への記憶の旅は続く・・・

(やっと無事に大学院を卒業して、私は研究室での研究員の仕事を手に入れた。
収入も得られるようになり、二人の生活にも余裕が出来てきた。
私が30歳になった春、カトリーヌは、そっと私の耳元でこう言った。
「私達のこの狭いアパートに、もう一人住人が増えることになると言ったら、あなた、どうする?」
私は飛び上がって、彼女を見つめた。そして彼女を抱きしめて、キスをした。
「僕たちのBaby・・・」)

彼女の高揚した頬、そしてうるんだ瞳を今も思い出す。
ダニエルの幸せだった記憶は続く・・・

(初めて僕らの可愛い天使に出会った日のことを、私は一生忘れない。
透き通ったグレイの瞳、褐色の淡い髪の毛、モミジのように小さい手、本当に天使が降り立ったのかと思わずにいられなかった。
興奮しながら、私はカトリーヌに言った。
「この子の名前はHUGO<ヒューゴ>にしよう。僕はずっと考えていたんだ、研究中もずっとね。HUGOとはHuman Genome Organizationのことで、ヒト遺伝子解析機構といって、私達人間の持つすべての遺伝子の情報なんだ。私も参加する国際組織があってね、それはHUGOという名前なんだよ。・・・」
熱を込めて、専門的な話をし始めた私をカトリーヌは優しく制して、
「わかったわ。HUGOにしましょう。きっとあなたのような立派な科学者になると思うわ。」)

それからの何年か、ダニエルとカトリーヌ、そして小さなヒューゴとの幸せな生活が続いた。どんなに研究が忙しくても、ダニエルはカトリーヌとヒューゴの為に時間を作るようにした。貧しくても、3人は幸せな日々を送っていた。

・・・ところが、
ヒューゴが5歳になったとき、妻のカトリーヌは結核を患い、この世を去った。

幸せな記憶を追っていたダニエルだったが、
妻の病気を思い出したとたんに我に返った。
「冷え込んできたようだ・・・」ひとりごとのように言って、時計台に向かった小さな開き窓をパタンと閉めた。

そして、向き直った小さな部屋には、作業用のテーブルが置いてあり、
その上には機械仕掛けの人形が置かれていた。
妻を亡くしてから、ダニエルは5歳になるヒューゴを一人で育ててきた。
科学者として研究室で忙しく働きながらも、父親として息子に愛情を注いできた。

ヒューゴが7歳になったとき、ダニエルは、研究室から機械の部品を持ち出して、人形を作り始めた。バラバラの歯車やたくさんの小さな部品が少しづつ人形の形になってゆく・・・
側で見守るヒューゴ。
頭の良いヒューゴは、ダニエルの作る人形の設計図を覗き込んで、自分も科学者のようにうなずきながら、一生懸命に父親の手助けをしていた。

5年がかりで作った人形がほとんど完成しかかった頃、
ダニエルは息子のヒューゴに告げた。
「ヒューゴ、もうすぐこの機械仕掛けの人形が完成する。そしてこれが、この人形のハートを開ける鍵だ。」
ダニエルはポケットから小さな三つ葉のクローバーの形をした鍵を取りだした。 「この鍵をおまえに持っていて欲しい。そして、人形が完成したら、その鍵をこの人形のハートに差し込む・・・すると、魔法が起こるよ。」
ヒューゴは、鍵を受け取って両手で優しく包んだ。
「ありがとう、パパ、大事にするよ。」
ダニエルはヒューゴの頭を優しくなでながら続けた。
「人は、四葉のクローバーを“幸せのクローバー”だと言うが、私にとって三つ葉のクローバーはすでに“幸せのクローバー”だ。パパ、ママ、そしてヒューゴ、仲よく三人で並んでいるように見えないか?」
「本当だ。僕、この鍵をペンダントにしていつも身に着けているよ。早く人形が完成しないかなあ、待ち遠しいなあ・・・」

ところが、それから一週間たっても一か月たっても、一年たっても、
三つ葉のクローバーの鍵は人形のハートを開けることが無かった。

ダニエルがヒューゴに鍵を渡してから、数日後に人形は完成した。
そのことを一番にヒューゴに知らせようと彼は楽しみにしていた。
ところがその日、ヒューゴは友達と博物館に遊びに行く約束をしていた。
(恐竜の骨をスケッチするんだ。)と、楽しそうに話していた。

・・・そして、博物館の爆発に巻き込まれた・・・ 
ダニエルが駆け付けたとき、それがヒューゴだとは認識できなかった。
でも、すぐそばに三つ葉のクローバーの鍵が転がっていた。

その事故から何か月たっても、
まだダニエルは現実を受け入れることが出来なかった。
だれもいない部屋にうずくまって、毎日すすり泣いた。

ある日、埃にまみれて足元に転がっている三つ葉のクローバーの鍵に気が付いた。
(なにが幸せの三つ葉のクローバーだ、葉っぱは全部散ってしまった。こんなもの何の役にもたちはしない。)・・・と、彼は思った。
それでも、彼はその鍵を捨てることはできなかった。
ヒューゴの思いも詰まっている。
ダニエルは思い立ったように、ガラスの破片とアイアンを使って何かを作り始めた。

出来上がったのは、小さなペンダント。
中には、時計のパーツとともに三つ葉のクローバーの鍵が入っている。
ダニエルは机の上の人形に向きなおり、人形に向かって話しかけた。
「もう、誰にも君の心の鍵は開けられない。私も君と共に心を閉ざすよ。魔法は起こらなかったんだ・・・」ダニエルはそう言うと、できたばかりの三つ葉のクローバーの入ったペンダントを人形の首にかけた。

それから半年、それから一年と、時は過ぎて行った。
その間ダニエルは、モンパルナス駅の時計台が見えるこの小さなアパートで、ただ起きて、仕事に行って、ただ寝る、だけの暮らしを続けてきた。
何にも、誰にも、心を開かず、話すことも笑うことも、泣くことさえもしなくなっていた・・・
唯一の楽しみは、時計台に向かった小さな開き窓に肘をついて、
ため息まじりに、昔の幸せだったころを思い返してみることだけ。

小雪のちらつく中、今日もダニエルは小さな開き窓から外を眺めていた。
すると、モンパルナス駅の正面の大きな時計に、何か小さなものがぶら下がっているのが見えた。
よく目をこらすと、小さな人間のようだ・・・

「あ、危ない!」彼は、思わず叫んでいた。
それはまぎれもなく、大きな時計の針にぶら下がっている小さな少年の姿だった。必死でぶらさがっているようだが、今にも滑り落ちそうに見える。

ダニエルは、すぐに部屋を飛び出し時計台へと向かった。
(落ちないでくれ、どうか落ちないでくれ)何度も心の中で叫んでいた。
未来のある子供が命を落とすことは、もう耐えられない。

どこをどう走っていったのか、夢中で覚えていない。
気が付くと、時計台の裏の階段を駆け上り、大きな文字盤の後ろに立っていた。
小さな小窓から外を覗き込む、
「おい、きみ、大丈夫か?」
ダニエルの声を聞いて、少年は驚いたように彼を見上げた。
それと同時にガクンと身体が揺れて、片手が外れる。
「危ない・・・」ダニエルが身体を乗り出して、少年の腕をつかんだ。
彼は深く息を吸ってから、全身の力を込めて、少年を引き上げた。
彼に抱き上げられたとたんに、少年は力が抜けたようになりガックリと意識を失った。

ダニエルは小さな少年を抱き上げて、自分のアパートへと連れ帰った。
自分のベッドに少年を横たわらせながら思った。
(たぶん、息子のヒューゴと同じくらいの年齢だな。それにしても、なんてやせ細って貧弱なからだをしている子なのだろう。)

それから何時間かして、日も暮れかかった頃、少年は目を覚ました。
「気が付いたかい?気分はどう?」
ここがどこかわからず、あたりをきょろきょろ見回す少年にダニエルは続けた。「君は僕の腕の中で気を失ったんだよ。ここは僕のアパートだ、心配いらないよ。気分がよくなったら家まで送ろう。どこに住んでいるんだい?」
「・・・・・」
少年は何も答えず、不安そうな瞳でダニエルを見つめた。
(なんて深く、寂しい瞳をしている子なんだろう。)ダニエルは思った。

「どうして、あんな所にぶら下がっていたんだい?危ないだろう?」「・・・・・」
「名前はなんていうの?どこに住んでいるんだい?」
ダニエルが何を聞いても、少年は一言も答えない。
彼はしばらく少年をそっとしておくことにした。
それから、さらに何時間かたってから、ダニエルはベッドで丸まっている少年に言った。
「お腹が空いていないかい?何か食べるものを買ってくるから、ここで待っておいで。」
「・・・・・」

ダニエルは少年を一人部屋に残して、向かいの食料品店へと走った。
そしてフランスパンとハムとチーズ、久しぶりに小さな赤ワインの瓶を買った。

部屋に戻ると少年は起き上がって、人形を前にしていた。
「何をしているんだ。」
ダニエルの声に驚いた少年の指の間から、するりと何かが落ちた。
ガラスのペンダント?

ガチャン・・・たくさんのガラスの破片が床に散らばる。
「あ・・・」少年は申し訳なさそうにうつむいた。
すると床に広がったガラスの破片の中から、三つ葉のクローバーの鍵が出てきた。少年は黙ってその鍵を拾い上げると、
いきなり人形のハートの部分にある穴に、その鍵を差し込んだ。

すると・・・・・

ぎーぎーぎー、と不思議な音をたてて人形の右腕が静かに上に上がった。
そして、少年の頭を優しくなでて、

「ヒューゴ、あなたはきっとパパのような立派な科学者になると思うわ。」
優しい声でそう言った。

少年の瞳から涙が流れた。
そして、少年は初めて口をきいた。
「どうして、僕の名前がわかるの?」

ダニエルは驚いて尋ねた
「君はヒューゴっていうのかい?」

「うん。僕のパパは科学者じゃなくて時計の修理工だったんだ。でも、博物館の事故で死んじゃった。それから僕は、パパの作ってくれた人形と一緒に時計台に隠れて住んでいるんだ。」

ダニエルは言った。
「魔法が、起こった・・・」




さて、そろそろ、ネックレスを外して、旅を終えよう。


このPunctuallyの“時の歯車”のネックレスを着けることで、
その時代に旅をするだけではなく、
その時代のその人物の気持ちも、味わうことができる。


博物館の事故でヒューゴという名前の息子を亡くしたダニエルと、
博物館の事故で父親を亡くしたヒューゴという名前の少年は、
それから、本当の親子のように仲よく一緒に暮らした。
優しい声で母親のように語りかけてくれる人形と3人で、
三つ葉のクローバーのように、仲睦まじく、いつまでも・・・


@この物語は、実在する人物、時代背景をもとに書かれた架空の物語です。


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