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馬車と歯車のペンダント


このペンダントは、
馬車の絵の描かれた記念切手をバックグラウンドに作られました。
1836年から1892年の55年間を、
郵便馬車の仕事に捧げたモーゼス・ノッブス。
雨の日も雪の日も、辛い仕事に従事した彼と、
彼を支えた家族に、
このペンダントを捧げます・・・

Punctuallyのジュエリーは、
すべて古い本物の時計のパーツや歯車を使って作られており、
それを身に着けた人は、
時空を超えて、
様々な世界に、旅をすることが出来るのです。


それでは、“時の歯車”の力を借りて、
1867年の英国に旅をしてみましょう



Royal Mail(英国郵便)

それは、1635年に“ポストボーイ”と呼ばれる男性が、
手渡しで手紙を配ったのが始まりといわれている。
泥棒に狙われたりしながらも、
150年くらいはこのローカルな方法によって手紙は配られた。

1787年頃から、
ようやく馬車によるMail Coach(郵便馬車)が普及しだす。
それでも、馬車のスピードは非常にゆっくりで、
英国各地へ手紙を配るのは容易なことではなかった。

The Original Bath mail coach


Mail Coachには、
Mail Coach Guard(郵便馬車の護衛)と呼ばれる男性が乗っていた。
Mail Coach GuardはRoyal Mail(英国郵便)に雇われており、
ピストルを2つも携帯するという重装備であった。
黒い帽子と金のトリミングの赤いコートで、
ゴールドブレイドのブルーラペルがついたユニフォームを着用していた。

彼らは、いつも時計を携帯しており、
ロンドンを出発して目的地に到着する時間を、つど記録していた。
ガードはホーンを高らかに鳴らして、通りの人々に道を空けさせた。
コーチが目的地に着くと、
馬車を止めることなく、
手紙の入ったバッグを郵便配達員に投げ渡し、
それと同時に、彼らからロンドンへ運ぶ手紙のバッグを受けとった。


モーゼス・ノッブスは、
そのようなハードなMail Coach Guardの仕事を、55年も続けた男性である。

Moses Nobbs, mail coach guard


1867年の12月、
モーゼスはLondonのLiverpool から Holyheadまで、郵便馬車を走らせていた。Liverpool から Holyheadまでは、約109km。
今でなら、電車で約2時間の距離だ。
しかし、この当時、郵便馬車での旅では、
どんなに急いでも片道10時間はかかる長旅であった。


50歳になり、益々、体力の衰えを感じていたモーゼスにとって、
このMailCoach Guard(郵便馬車の護衛)の仕事は、
肉体的そして精神的にもかなりきついものであった。
しかし、19歳からこの仕事を初めて、はや31年、
彼はMailCoach Guardとしての仕事に自信と誇り、そして責任を感じていた。


Liverpoolを出発したのは朝の6時30分。
Holyheadに到着するのは夕方4時30分頃の予定である。
クリスマスをまじかに、
郵便馬車には山ほどのクリスマスカードやプレゼントが積まれている。
昨日の夜から冷え込み、
ロンドンのこの時期には珍しく、朝から雪がちらついていた。
馬が足元を取られたり、馬車がぬかるみにはまることの無いよう、
彼は御者に注意を促した。


モーゼスは、ポケットから愛用の懐中時計を取り出した。
SIRIUSと書かれた英国製の古い懐中時計には、蓋がついていない。
「8時45分・・・
なんとかColwyn Bayに12時30分には着きたいものだ。
そうすれば、Holyheadに4時20分には到着できるかもしれない。
もし、4時30分よりも前に到着できれば新記録だ・・・」

馬車がハイストリートに入った途端、人の流れが多くなる。
モーゼスは、腰に下げていたホーンを取り、高らかに鳴らす。
通りを横切ろうとしていた人々が大急ぎで道を空ける。
「そうら、そうら、邪魔だぞ、郵便馬車さまのお通りだ!」
モーゼスが大声で叫ぶ。
高らかに鳴り響くホーンを自分の耳元で聞きながら、
軽い頭痛を覚えた。
(寝不足が続いているせいだろうか、ここのところいつも頭が重い・・・
歳のせいか。)体力の衰えと同時に、いつもイラついている自分を感じていた。
何をしていても、後ろから追いかけられているようで終始おちつかない。

細い脇道に入った途端に、馬車が速度を落とした。
すぐさま彼が叫ぶ
「KEEP GOING!スピードを落とすな。駆け抜けろ、時間がない。」
モーゼスは再びポケットから懐中時計を取り出す。
裏蓋を開けて、小さなねじまきで時計のねじを巻く・・・
小さな歯車は、フル回転で回り出す。

彼は、時計のねじを巻くたびに思っていた
「なぜ、馬車の歯車はこんなにのんびり回転するのだ。
なぜ、この時計の歯車のように目にもとまらぬ速さで回転しないのだろう。」
そう思う度に無償に腹がたってくる。


その時だ、小さな路地から急に少年が駆け出してきた。
「危ない!!」
御者はそう叫ぶなり、馬のたずなを引いた。
モーゼスが叫ぶ
「ばかやろう、気を付けろ。」
腹をたてた彼は空に向けて、ピストルを撃った・・・
“ズキューン”
その音に驚いた馬車馬たちは、途端に
〝ヒヒーン“ と鳴いて勢いよく駆け出した。

カッカッカッ、ガタン、ひときわ大きな音をたてて馬車が大きく横に揺れた。
「あう、あう、ああ・・・」言葉にならない、
そして目の前が闇に包まれ、
自分の身体が大きくかしがってゆくのを、
モーゼスは遠のく意識の中で感じていた・・・

それから、どのくらい経ったのだろう・・・
モーゼスは目を開けようとしていた。
まぶたは重たく、
わずかに見えた視界はすべて白くぼやけていた。
口を開こうとしても「あう、あう、」という言葉しか出てこない。

ふと、耳元で聞き覚えのある懐かしい声がした。
優しく暖かく、包み込むような柔らかい響き・・・

「もう少し、私のそばへ。顔をよ~く見せてくださいよ。」
「ご苦労だったね、よく頑張ったよ。かわいらしい男の子だ。本当に神様のおかげだ、ありがたい、ありがたい。」
「私はずっと考えていたんですよ。男の子だったら、聖書のモーセからとって
モーゼス。信仰心の厚い優しい子になるように・・・」
「いい名前だ。すべては神様のおぼしめし。出稼ぎから、ちょうど戻ったこの日に合わせて神様はこの子をよこしてくださった。」


モーゼスは思った。
(自分は今、生まれたばかりなのか?そうか、これはきっと夢だな。
それにしても、亡くなったはずの両親が若々しく、
目の前にいるというのは不思議な気分だ。
そういえば二人とも、いつも時間を気にしないのんびりとした性格だった。
あの頃は、すべてが自然な流れの中で、
とても優雅に時間が経っていったような気がするなあ…)

モーゼスは、これ以上もう目を開けることが出来ないと思った。
深い深い安心感の中、
沈み込むように眠りに落ちた・・・

Mail Coach, c.1880

「ダディ、ダディ。」
「あなた、しっかりしてください。あなた・・・」
聞き覚えのある声。

モーゼスは意識を取り戻した。
「何があったんだ?ここはどこだ?」
心配そうにのぞきこむ5歳の娘、マリア。
そして、妻は優しく手を握りしめている。
「 Holyheadに向かう途中で、倒れたのですよ。脳の血管が切れそうだったそうですよ。毎日、無理をなさっていましたから。少し、休養してくださいましね。」

娘のマリアが今にも泣きそうな顔で、寝間着の袖を握りしめている。
「水を飲ませてくれるか?」弱々しい口調で妻に頼む。
「はい、起き上がれますか?」
支えてくれた妻の胸元で、何かがキラリと光った。
「それはなんだ?」
「ペンダントですよ。郵便馬車の記念切手が使われているんですって。」
(この人は、私の持ち物なんて今まで一度も気にしたことなどなかったのに・・・)妻は心の中でそう思った。
そして、
「たまたま露店で見つけたんですよ。でもね、このペンダントを着けていると、
不思議と、時間が馬車の歯車のようにゆっくりと回転して、ゆったりとした気持ちになれるんですよ。」
「そうか。私は少し急ぎすぎていたのかもしれないな・・・」




さて、そろそろ、ネックレスを外して、旅を終えよう。

このPunctuallyの“時の歯車”のネックレスを着けることで、
その時代に旅をするだけではなく、
その時代のその人物の気持ちも味わうことができる。

それからのモーゼス・ノッブスは、
時計と馬車の歯車の速さを比べることなどしなくなった。
Mail Coach Guard(郵便馬車の護衛)という時間に追われる仕事をしながらも、時間を操ったり、時間に操られたりすることはやめようと思った。
大きな時間の流れの中に身を任せて、
時の流れに寄り添うように生きてゆこうと思った。
その結果、
イライラした気持ちは無くなり、すべての時間が彼に友好的に働くようになった。その結果、
通常のRoyal Mailの定年は60歳と言われているにも関わらず、彼は74歳まで元気にMail Coach Guardの仕事をやりぬいた。

奥さんのペンダントは、
モーゼスの郵便馬車にずっと飾られていたそうである・・・



@この物語は、実在する人物、時代背景をもとに書かれた架空の物語です。


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