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ヘンリエッタのお祖母様のネックレス


このネックレスは、
11:58で時が止まったまま。
キラキラのラメに彩られた、遠い過去の記憶へと誘ってくれるネックレス。
1600年のフランス、アンリ4世の母君によって愛されたネックレス・・・

Punctuallyのジュエリーは、
すべて古い本物の時計のパーツや歯車を使って作られており、
それを身に着けた人は、
時空を超えて、
様々な世界に、旅をすることが出来るのです。


それでは、“時の歯車”の力を借りて、
1615年のフランス、ルーヴル宮殿に旅をしてみましょう。
そうそう、この“時の歯車”は時空を超えるだけではなく、
現実ではない空想の世界や、物語の世界へも連れて行ってくれる・・・
と、いうことをお忘れなく。


ヘンリエッタは、6歳。
お父様はフランス国王アンリ4世、この国の王様。
ヘンリエッタは、パリのルーヴル宮殿で育つ、
ちょっぴりわがままで、イタズラ好きなプリンセス。


今日はお城で、盛大な舞踏会が開かれる。
お母様が決めてくださったドレスは、
キラキラのラインストーンとゴールドの刺繍の入った、ホワイトシフォンの美しいドレス。
ヘンリエッタは思った。
(このドレスに合わせるネックレスが欲しいわ。)
でも、小さなヘンリエッタに、まだジュエリーは与えてもらえなかった。
わがままヘンリエッタは思った。
(そうだ、お母様が無理なら、お祖母様からネックレスをお借りすれば良いのだわ。)

彼女は、お城の一番奥の、王様のお母様の部屋へと偲びこんだ。
金箔の施された美しいドレッサーの引き出しを開けると、たくさんのジュエリーが出てきた。
そのうちの一つに、彼女は惹かれた。
渋いアンティークゴールドのフレームに、滲んだ時計の模様。
そしてキラキラのラメ。
見つめているだけで、なんだかホンワカとした気持ちになれる。

彼女がそのネックレスに手を伸ばして、身につけようとした瞬間、
ドアが開いて、お祖母様が現れた。
「ヘンリエッタ、そのネックレスは、あなたにはまだ早いわ。」
お祖母様のいつになく厳しい口調に、ヘンリエッタは飛び上がり、
その場にネックレスを放り投げて、部屋を飛び出した。

お祖母様は、ゆっくりとそのネックレスを拾い上げると、
お気に入りのソファーに腰を降ろして、そのネックレスを身につけた。
そして、静かに目を瞑る。
ソファーに深く深く沈んでゆくような感覚を覚えたと同時に、
一瞬、
意識がとぎれる・・・


目の前に、煌びやかなお城の大ホールの情景が広がる。
このお城にまちがいないが、今よりもっと新しい。
そして、たくさんの着飾った人々・・・
舞踏会がはじまったようだ。
きらめくシャンデリア、心を躍らせるオーケストラのしらべ、
いろとりどりのごちそうにシャンペングラスの合わさる音。

お祖母様は、ローズとエンジェルのカービングがほどこされた、美しいミラーに写る自分の姿に息をのんだ。
透き通った白い肌、桃色のほほ、愁いを含んだブルーの瞳。
不思議だ、いつも見慣れたはずのしわひとつ・・・無い。
そして、自分の着ているドレスのこれまた美しいこと。
天使の羽衣のようなオーガンジー、サラサラと、彼女の張りのある肌にまとわりつく、綺麗に空いた胸元からウエストに続く、流れるライン。
そして、靴は・・・

・・・と、その視線をとらえたのは、背の高い整った顔立ちの、王子様。
それと同時に、王子の視線は彼女にくぎ付けになった。
王子が一歩、彼女の元へ歩み寄る度に、人ごみがかき分けられる。
今は、会場のすべての人が見守る中、
王子は彼女の手を取り、ホールの中央へとエスコートしてゆく。
彼女は周囲の羨望の眼差しを感じながらも、王子にリードされて優雅にダンスを踊った。
(不思議、この曲は聞いたことがないのに自然に身体が動く。なんて素敵にリードしてくださるのだろう。憧れの王子様がこんなに近くに・・・この胸のときめきが彼に聞こえることがありませんように。)
まわりのすべての人々が二人に微笑みかける。

踊りながら、その人ごみの中に、
(あら、あれはお姉さま?お母様もいらっしゃる?)
優しい微笑み、穏やかなまなざし。
彼女は思った。(王子様と一緒にいるだけで、周りのすべての人やすべての物が輝いて見える。なんて幸せなのだろう、この時間がずっとずっと続きますように。)
彼女の願いどおり、彼女の幸せな時間は途切れることがなかった。
時間の流れが止まったかのように、いつまでもいつまでも続いてゆくように思われた。
大広間の時計は、いつになっても時を打たない・・・大きな時計は11時58分から、ピクリとも動かない。

(足が少し疲れた。)彼女が落とした視線の先には、キラキラと輝いた美しい
ガラスの靴が・・・そして、王子様は、彼女の気持ちを察したかのように、

「少し、休みましょう、シンデレラ。」

「お祖母様、お祖母様」ヘンリエッタの可愛らしい声で、彼女は目をさました。
気が付くと、いつもの部屋のいつものソファー、そしていつものしわだらけの手。

すっかり歳をとった彼女をシンデレラと呼んでくれる人は、今では誰もいない。
意地悪だった母や姉もいなくなり、そして心から愛した王子様であった夫とも死に別れた。

「お祖母さま、大丈夫?」ヘンリエッタの穢れの無い瞳が、心配そうに覗き込む。
「大丈夫ですよ、ヘンリエッタ、ありがとう。」
「お祖母様、そのネックレス、私も着けてみたいわ。」
無邪気にそういうヘンリエッタにシンデレラお祖母さんは、こう答えた。
「このネックレスは魔法使いのお婆さんにもらったものなの。ヘンリエッタは信じてくれないかもしれないけれど、その魔法使いのお婆さんは私に、美しいドレスとガラスの靴、そしてかぼちゃの馬車とねずみの御者を用意してくださったの。」

「・・・・・」
「でも、それらはすべて12時の鐘の音と同時に消えて、残されたのはガラスの靴と、この時計のペンダント。ガラスの靴はもう履けないけれど、このペンダントを着けると、人生の一番輝いていた時に、いつでも旅をすることが出来るのよ。
いつか、このペンダントを、ヘンリエッタ、あなたにあげましょう。でも、身に着けるのは、あなたが輝かしい人生の時を過ぎてから・・・」




さて、そろそろ、ネックレスを外して、旅を終えよう。

このPunctuallyの“時の歯車”のネックレスを着けることで、
その時代に旅をするだけではなく、
その時代のその人物の気持ちも味わうことができる。


シンデレラお祖母さんは思った。
(この不思議なペンダントを見るたびに、あの舞踏会の日に12時の鐘が鳴り響いて、大急ぎで階段を駆け下りた、あの焦った気持ちを思い出す。
でも不思議なことに、このペンダントを胸にかけると、時計は2度と12時を打たない・・・なぜだろう。)


現実には、どんなに楽しくても“時”は止まってくれない。
どんなに楽しい空想の世界で遊んでも、現実に引き戻してくれる誰かの声を聞かなくてはならない。

そうでないと、その不思議な世界から、ずっとずっと戻れなくなってしまうから・・・



@この物語は、実在する人物、時代背景をもとに書かれた架空の物語です。


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