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整った字か、アートとしての字か。

手書きの字を書くとき、あえて崩した字を書きたいなと思いました。書けるように(描けるように?)なりたい。練習しようと思います。

きっかけはヨルシカのLIVE映像。

名曲「ノーチラス」の歌詞が動画に浮かんでいく素敵な演出なのですが、その字が良いんですよね。美しくて。独創的で。

教育関係者ゆえの難しさ

自分は小学校教員をやっています。いわゆる「正しい字」を教え続けています。

すると…字を崩せないんです。何度も書いてみましたが、どうもしっくりとこない。手が「字のきまりごと」を守ろうとするんです。

気持ちは自由に書いてみたいのに。手に染み込んだルールがそれを許さない。


正しくない字の時代

Twitterを眺めると、AIが描いた絵画が流れてきます。

整った文字はパソコンが書いてくれます。手書き風の文字もそういうフォントが無数にあります。

AI、ロボットが進化しているこの時代において、「人間が手で書く字」には何が求められるのでしょうか。

その答えは字を「描く」ことなのかもしれません。

仮にそうだとすれば、学校で伝えるべきは、整った文字の書き方だけではなく、そこから自分なりの崩しを入れた、アートとしての文字なのではないでしょうか。

読めて、独創的で、美しい字。
アートな字。

文字に限らず、学校はさまざまな場面で「アート」を伝える教育が求められているのかもなぁと、ヨルシカの美しいペン字を眺めながらなんとなく考えていました。

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