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先生が先生になれない世の中で(9)「聖職」と「サラリーマン教師」の はざまで ~旭川中2少女凍死事件~

鈴木大裕(教育研究者・土佐町議会議員)

「小学校6年間を自由に過ごしてきた不良少年たちが次に求めたものは性でした。どれだけ同級生をいたぶっても自分たちに危害が及ばないことを6年間身をもって学んでいますから、彼らは躊躇なく抵抗のできない生徒をおもちゃのように扱っていきます。」

この連載の2018年7月号で私が引用した大阪の高校生の言葉だ。「人が人でなくなっていく教育現場」と名づけたエッセイのなかで、私は彼の言葉を手がかりに、先生が先生になれない世の中で、学校や子どもはどのように変化していくのかを考察している。

実は、この言葉を象徴する凄惨なイジメ事件が、その翌年、2019年に北海道旭川市で起きている。後に、文春オンラインが「旭川14歳少女イジメ凍死事件」として報じたものだ。

当時中学1年生だった少女が、自身のわいせつ画像の撮影を強要されたり、先輩や小学生が見ている前で自慰行為をさせられたりし、その画像が地元中学生らのLINEグループなどに拡散されたのだ。

全校生徒に流すからと脅された少女は、「死ぬから画像を消してください」と言い、川に飛び込んだという。目撃者の証言では、加害者の生徒たちはその様子を一斉にスマホで撮影していたというから常軌を逸している。幸い、飛び込む直前に少女が「助けてください」とSOSの電話を学校にしていたため、駆けつけた教員らに助けられた。

しかし、この性的なイジメがきっかけで彼女は学校に通えなくなり転校。PTSDも発症し、2年後の2021年3月に市内の公園で凍死した状態で発見された。家出の直前に、彼女から友人らの携帯に送られたメッセージには、自殺の意思が告げられている。

そして、冒頭の言葉通り、加害者の生徒たちは何のお咎めも受けていない。

記事で報じられたイジメの凄惨さもさることながら、私にとって最も印象的だったのは、反省すらできないイジメ加害者生徒らの姿だった。取材班は、保護者の許可を取ったうえで主犯格とされる生徒(取材時にはすでに中学校を卒業)らにインタビューしている。

被害者生徒の死を受けてどう思ったか、という質問へのA子の答えは記者を驚かせた。

「うーん、いや、正直何も思ってなかった。」

一方、被害者生徒に公園で自慰行為を強要したB男は、その行為をイジメと認識しているかとの問いに、たった一言こう答えている。

「悪ふざけ。」

学校の対応はどうだったか。A子は学校に5回ほど呼び出されたが、「怒られるというよりは『何があったのかちゃんと話して』という感じだった」との彼女の証言からは、すでに起こったことを事務的に処理しようとする学校の消極的な姿勢が読み取れる。

学校に「人を育てる」ことが期待されず、「説明責任」が幅をきかせる世の中では、学校はイジメが起こった際の対応を教育委員会に説明できれば十分なのだ。教育委員会に被害が及ばないようにすることが大事なのであって、イジメを解決することは二の次だ。

また、被害者の女子生徒は、休日の深夜にB男に呼び出されて怖かったことを担任の先生に相談しようとしたが、「今日は彼氏とデートなので、相談は明日でもいいですか?」とあしらわれた。そして、被害者女子生徒の母親からイジメの調査を求められた学校側は、「わいせつ画像の拡散は、校内で起きたことではないので学校としては責任は負えない」と答えている。

大事なのは、「冷たい」と思われそうなこれらの対応は、国が進める「学校における働き方改革」的に言えば決して間違っていないということだ。勤務時間外の電話は留守番電話に任せればよい。子ども同士の携帯電話のやりとりも学校の管轄外だ。そして、過労死ラインで働く教員らには、これらの措置を歓迎する声が少なくないことも忘れてはならない。

ただ一つ言えるのは、この学校では、自分のせいで14歳の少女が亡くなったかもしれないのに何にも感じない子、少女が「死にたい」と思うほどの心の痛みをわからないほど想像力の乏しい子どもたちが、反省する機会も得ずに卒業していったということだ。この消えることのない後味の悪さが、私たちに問いかけてくる。

私たちは「学校」が子どもたちにとってどんな場所であってほしいのか? 「先生」は子どもたちにとってどんな存在であってほしいのか? そのために必要なのはどんな「働き方改革」なのか?

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鈴木大裕(すずき・だいゆう)教育研究者/町会議員として、高知県土佐町で教育を通した町おこしに取り組んでいる。16歳で米国に留学。修士号取得後に帰国、公立中で6年半教える。後にフルブライト奨学生としてニューヨークの大学院博士課程へ。著書に『崩壊するアメリカの公教育――日本への警告』(岩波書店)。Twitter:@daiyusuzuki

*この記事は、月刊『クレスコ』2022年1月号からの転載記事です。


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