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子どもの本のもつ力(2)動かないでいること――『わたしとあそんで』

清水真砂子『子どもの本のもつ力――世界と出会える60冊』(大月書店)より

 最近、自問することがふたたび多くなっています。何かをしないでいようとすると、どうしてこんなにエネルギーがいるのだろうと。

 3.11以後はいっそうそれを感じ、私はたびたび「動くな」と自分に言いきかせなくてはなりませんでした。「おろおろと、不様でいつづけよ」と。

 こんなとき、そっと傍らに佇んでくれる絵本がありました。『もりのなか』(福音館書店)をかいたマリー・ホール・エッツの『わたしとあそんで』がそれです。

 「あさひが のぼって、くさには つゆが ひかりました。わたしは はらっぱへ あそびに いきました」。絵本はこう始まります。

 はらっぱに行った女の子は、バッタに、カエルに、カメにと、会う生きものたちに次々と声をかけ、「あそびましょ」とさそいます。リスにもカケスにも、ウサギにもヘビにも。でも、声をかけられた生きものたちは、みんな去っていきます。

 女の子はいっさいの働きかけをやめ、池のそばの石に腰かけて、ただじっと音を立てずにいます。すると、生きものたちは次々に戻ってきて、気がつくと女の子は、いつの間にか、みんなに取り囲まれていたのです。シカの赤ちゃんなどは、女の子のほっぺたをなめさえします。


 私は短大に在職中、幼稚園や保育園に実習に出かける学生たちに、よくこの絵本を紹介しました。学生たちは、活発に動きまわること、子どもたちに働きかけることばかりをうながされてきていました。「ひとりでいる子には声をかけなさい」とくり返し言われていました。

 そうすることが必要なときも、もちろんありましょう。けれど、それが他者の世界にずかずかと踏みこんで、その世界を侵すことにもなりうることに、私たちはなかなか思いを致すことができないように思います。私自身も長いことできませんでした。

 ぽつんとひとりでいるかに見える子どもが、実はその瞬間、どんなに深い時間を生き、また、ときに、どんなに広大な宇宙と向かい合っているか。

 私自身もまた、幼年時代、そういう瞬間を何度も生きていたことを、今まさにその瞬間に立ち会うように思い出したのは、50代も半ばになってからのことでした。

清水眞砂子さん写真

清水真砂子(しみず・まさこ)
1941年、北朝鮮に生まれる。児童文学者・翻訳家。
9年間の高校教諭を経て、2010年3月まで青山学院女子短期大学専任教員。
著書 『子どもの本のもつ力――世界と出会える60冊』(大月書店)ほか
訳書 アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』全6巻(岩波書店)ほか


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