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僕らと命のプレリュード 第60話

 聖夜達の乗ったタイムマシンは、時空の狭間を走行していた。

「……これから、どうすればいいんだろう」

 聖夜はそう呟いて窓の外を見た。七色の光に包まれた空間を、タイムマシンはひたすら進んでいく。

「柊。俺達、どこに向かってるんだ?」

「……多分、過去に向かってる」

「過去か……」

「……みんなが心配だし、早く元の時代に戻った方がいいかな?」

「うん……そうだな」

 聖夜がそう言うと、柊は頷いてタイムマシンのパネルを操作し始めた。

(……父さん、みんな、無事かな?)

 聖夜がそんなことを考えているときだった。

「聖夜、後ろ!」

 旭の声で振り返ると、隠れて乗り込んでいた朝丘病院の兵士が1人、聖夜達を睨み付けていた。兵士ら銃を構え、柊に向けて発砲する。

「柊!!」

 聖夜は咄嗟に柊を庇うように立ち塞がった。

「え……!?」

 柊が驚いて振り返ると……聖夜の胸に銃弾が命中していた。聖夜は、声も無くその場に崩れ落ちる。

「っ……!『停止』!!」

 柊が即座に兵士の動きを止めると、旭がドアを開けて兵士を時空の狭間に突き落とした。

「聖夜!!」

 柊と旭が聖夜に駆け寄る。

「聖夜っ……聖夜!しっかりして!!」

 柊は必死に呼びかけたが、聖夜の返事は無い。赤い液体が、聖夜の隊服にじわじわと広がっていく。

「嫌だよ!死んじゃうなんて……嫌だよ!!」

 柊の目から、涙がとめどなく流れる。

「っ……!そうだ、私が巻き戻せば……」

 震える手で聖夜の傷口に手を近づける柊を、旭が止めた。

「柊、駄目!そんなことしたら、柊も危ない……」

「でもっ……もうこれしか……!」

「大丈夫……私が、何とかするから!」

「え……?」

 旭の思いも寄らない言葉に、柊は目を丸くする。しかし、旭の顔は真剣そのものだった。

 旭には分かっていたのだ。この優しい双子を助けるための唯一の方法が。

「……柊」

 旭は柊の涙を拭うと、微笑んだ。

「短い間だったけど、柊に会えて良かった。優しくしてくれて……ありがとう」

「旭……?」

「強くて優しい柊。その心、忘れないでね」

「旭……何、言ってるの?」

 旭の言葉の意味が分からず戸惑う柊に対して、旭は優しく告げる。

「私が聖夜を助ける。だから、柊は聖夜の傍に居てあげて。何があっても……聖夜の隣に、居てあげて」

 旭はそう言うと、祈るように手を握った。

「……『命』」

 すると、タイムマシンの中が白い光に包まれた。

* * *

 物心ついたときには、旭は研究所に居た。同い年の子どもの多くが学校に行ってる時間も、家族とご飯を食べている時間も、旭は独りぼっちだった。

 狭くて薄暗い研究所の一部屋を与えられ、時間になると運ばれてくる冷たい食事。毎朝9時になると大人達が迎えに来て、研究所のラボに彼女を連れて行く。

 変わり映えしない毎日。人間として扱われない日々。旭は、自分には生きる意味なんて無いと思ってた。

 あの日までは……。

* * *

 11年前の春の日。旭は母に連れられて花田研究所という場所にやって来た。優しそうな顔をした白衣の男性が、彼女の母ににこりと笑いかける。

「……では、この子はアビリティを2つ持っていると……確かなんですね?」

「はい。『審眼』のアビリティを持つ母が言っていましたから……確かです」

「なるほど、それは興味深い。是非うちで預からせて頂きます」

 研究所の男性は、そう言って旭を抱きかかえた。

「よろしくお願いします。お名前を、教えてくれないかな?」

「あさひ……あきほしあさひ」

「そうか、旭ちゃんか。よろしくね」

 男性は旭に笑顔を向けるが、目は全く笑ってなかった。

(……怖い!お母さん、たすけて!)

 旭は母に手を伸ばしたが、母は頭を下げていて旭が助けを求めているのに気が付いていない。

「お母さん……お母さん!」

「娘をよろしくお願いします。旭、いい子にしてるのよ」

 母はそう言って旭達に背を向けた。

「待って……行かないで、お母さん!」

 旭がそう叫んだ、その時。

「うっ……」

 目が痛み、旭が思わず両目を瞑ると、泣き喚く母の姿が視えた。

 泣いて、泣いて……そして、首を吊ってしまう母の姿が。

「……!!お母さん!待って!」

 旭は、自殺してしまう母を引き留めようと、必死に叫んだ。

「嫌!お母さん!死んじゃやだよー!!」

 でも彼女の母は振り返らない。その背中がどんどん小さくなって……やがて、見えなくなった。

「お母さん……うわーん!!」

「こ、こらこら……いい子にしなさい。行きますよ」

 泣きじゃくる旭を抱えて、白衣の男性は研究所へ歩いて行った。

* * *

 母との別れから4年。旭は研究所で、実験体として、ただ生きていた。

 研究所の生活は寂しいものだった。毎日7時と12時と18時に、研究所の職員が持ってくる冷えたご飯を食べたら、残りの時間は全て研究だ。

 旭は毎日、硬いベッドに横たわって、色々な種類の管を繋げられたり、薬品の投入をされたりしていた。そうすることで、アビリティを2つ持つ彼女のアビリティ細胞の変化を確かめるのだ。

 研究所の職員は、毎日のように旭にこう言っていた。

「君のアビリティ細胞は特殊だ。君のアビリティ細胞を研究し、医薬品や移植技術に生かせれば、多くの人が助かるんだよ。君は、君の立場を光栄に思うべきだ」

と。しかし、まだ幼い旭には、何を言っているのかよく分からなかった。そんなことよりも、研究によって体中に痕ができてしまって痛いことの方が、気になる問題だったのだ。

 それだけではない。研究をされる度に、旭は痛感していた。自分は人間として見られていないんだということを。

 また、研究所の旭の小さな自室の小窓からは、外の様子が窺えた。朝早く、ランドセルを背負った子ども達が友達や親と楽しそうに歩く姿が、旭の目に輝いて映る。

(羨ましいな。友達とか、家族とか……どれも、私は持ってないから)

 旭は窓の外の小学生を寂しそうな目で見つめる。

 そうしていると、自室のドアが開いて、白衣を身に纏った研究所の女性が、笑顔を貼り付けて部屋に入ってきた。

「失礼します。研究の時間ですよ」

 研究は痛いから嫌だった。普通の生活に戻りたかった。しかし……旭に、拒否権などない。

「……はい」

 旭は立ち上がって、女性の後についていった。

* * *

 昼休みを挟んで、夕方まで続いた研究が終わった。旭は痛む体で自分の部屋に戻ると、ベッドに横たわった。

「……はぁ」

 私は、いつまでこのままなんだろう。いつまで我慢すれば、普通の生活に戻れるんだろう。旭は、答えの分からない問いを自分に投げかける。

 いつまで……いや、いつまでも、死ぬまでこのままなんじゃないか。これが私の運命なんだ。お母さんに、研究所に連れて来られたあの日に、全ては決まってしまったんじゃないか。旭は、そう諦めて心を守らずにはいられなかった。

「……お母さん」

 旭は母親の顔を思い浮かべようとする。しかし、どうしても思い出せない。声も、性格も、顔も、全部忘れてしまったようだった。

「私……独りぼっちだ」

 独りぼっち……言葉にすると、余計に空しくなる。心にぽっかりと穴が空いて、胸の辺りがズキズキと痛む。

「誰か、私を助けて……」

 旭はそう呟き、涙を堪えながら目を閉じた。すると、瞼の裏側に、とある少年の姿が視えてきたのだ。黒髪で、空色の瞳をしている少年。今の旭よりも少し年上に見える彼は、旭に優しく微笑んでいる。

『旭は仲間だからな』

(仲間?本当に?私……独りじゃないの?)

 その言葉を聞いた旭の両目から、涙が溢れて止まらなかった。

 しばらくして、場面が切り替わる。闇に包まれた町。その闇の中心に向かっていく先程の少年。

『今も、未来も……両方諦めない!俺が、どっちも守ってみせる!!』

 少年はそう言って、闇を作り出した少年と戦い……、やがて、戦い疲れた体で、ボロボロになった闇の少年を抱き締め、彼が纏う闇を払った。

 闇が払われた瞬間、旭の視界に広がったのは、少年の瞳の色と同じ、澄みきった青空だった。

 どこまでも広がる青空を見つめながら、旭は確信する。

(……ああ。彼は世界を救うんだ。私の心も、世界も救ってくれる、ヒーローなんだ)

 彼に会えたら、何か変われるだろうか。自分は独りぼっちじゃなくなるだろうか。

 あの優しい微笑みを思い出して、心が温かくなって……旭の目から涙が零れる。さっき堪えてた涙とは違う、嬉しくて流れる涙が。

──会いたい。あの人に、会いたい……いや、絶対に会ってみせる。それまで……私、負けない。

 旭は、小さい頃に持ってきて手つかずだった色鉛筆と自由帳を鞄から取り出した。

(あの人の顔は……忘れないようにしないと)

 旭はあの少年の顔を思い出しながら、丁寧に少年の絵を描いた。

 いつか、ここから抜け出して、彼に会いに行く。そう思いを込めて。

* * *

 彼女が決意を固めて数年後、未来人達が、花田研究所の存在を嗅ぎつけた。

 ある初夏の日の夜。ウォンリィは、研究所を遠巻きに見ながら、ニヤリと笑う。

(……アビリティに関する研究所。調べたところ、ここには、被検体もいるようだ。特殊なアビリティ細胞を持つ、被検体が……)

 ウォンリィはメモ帳を開き、予め『描いておいた』白い軍服の兵士達を生み出す。

「ここにいる被検体を連れ出せ。そいつを捕まえて……高次元生物として利用するんだ」

 ウォンリィの指示に兵士達は頷き、花田研究所へ一斉に向かっていった。

* * *

 あの少年のことを支えにしながら、旭は、もう長いこと研究所の日々に耐えていた。

 研究所の警備は厳重で、夜になるとロックがかかる。ロックを破ろうとすると警報がなるようで、抜け出そうなんて考えない方がいいと、彼女も職員に釘を刺された。

 いや、そもそも旭の部屋も、夜は鍵をかけられて開けられないし、窓も小さくて、そこから外には出られない。職員の忠告があっても無くても、彼女が何もできないことに変わりはなかった。

 しかし、旭は諦めたくなかった。自分を仲間だと言ってくれた、あの少年に会いたい。それで人生終わったっていいと思うほどに、旭は彼に会いたかった。

(……今はとにかく耐えるの。耐えて、いつかここから抜け出して、あの人に会いに行くんだ)

 旭がそんなことを考えている時、転機は、いきなり訪れた。

 ドーン!!!

 大きな音がして、旭の部屋の壁が崩れ去ったのだ。

「え……!?」

 戸惑う私の腕を、外から入ってきた白い軍服の兵士達が掴んだ。

──どうしよう。連れて行かれる!

 旭は咄嗟に鞄を掴み、自由帳が入っていることを確認した。

(……大丈夫。これがあれば、私はどこでだって頑張れる)

 旭は覚悟を決め、大人しく兵士達に連れ去られていった。

* * *

 旭が兵士達に連れて行かれたのは、年季の入った廃病院だった。兵士達が偉そうな少年……ウォンリィに命じられ、旭をある病室に放り込む。その病室には旭の他に先客が居た。

「……君は?」

 眼鏡を掛けた、白衣姿の男性。その男性の格好は研究所の職員達と同じだったが、彼らと違って優しい目をしている。だからだろうか。旭は、研究所の人間に抱いていた緊張を、彼に対しては感じなかった。

「……明星旭です」

 旭が答えると、男性は疲れた顔で優しく微笑む。

「そうか……私は宵月明日人だ。時空科学者をしている」

「科学者なんですね。だったら……宵月博士って呼んでもいいですか?」

「ああ。好きに呼んでくれ」

 明日人は穏やかな声色で答える。彼の優しい表情に、旭は既視感を覚えた。

(なんだろう。この笑顔、どこかで見たことがあるような……)

 そんなことを思いつつ、旭はずっと疑問だったことを彼に尋ねた。

「……あの、この病院は何の場所なんですか?私は……なんでここに連れて来られたんでしょうか……」

「ああ……それはね……」

 明日人は旭に詳細に教えてくれた。高次元生物という化け物の存在と、それを生み出した未来人のこと。そして、その目的を……。

 その話を聞いて、旭は直感した。あの日、旭が視た、闇を生み出して世界を支配しようとする少年は未来人であること。そして、自分が支えにしてきた少年は、この未来人達と戦おうとしていること。あの日の夢と現実が繋がった……旭は、そう思った。

(あの人が未来人と戦おうとしているなら……私にできることは何?私が、あの人のためにできることは、何?そんなの、1つしかない。この事実を教えることだ)

 旭は覚悟を決め、真剣な面持ちで明日人に告げた。

「……私、このことを伝えに行きます」

「伝えるって……誰に?」

「この世界を救う、ヒーローさんです……『未来予知』で視た……えっと、この人に」

 旭は鞄から自由帳を開き、あの少年の似顔絵を明日人に見せた。

「これは……聖夜?」

「え……?」

「あ、いや……私の息子に、よく似ているな。大きくなっていたら、今頃こんな感じだろう」

 明日人の言葉を聞き、旭は先ほど感じた既視感の理由に納得する。

(息子さん。そっか。だから博士の笑顔に見覚えがあったんだ)

「……聖夜さん」

 旭は、明日人から聞いた彼の名前を呟いてみる。すると、安堵感で胸が温かくなった。

 あの日視た彼は、確かに存在していること、そして彼に会える未来がすぐそこまで来ていることを確信したのだ。

「私……聖夜さんに会いたいんです。それで、このことを教えて……力になりたい」

 旭の言葉に、明日人は頷いたものの、すぐに表情を曇らせる。

「そういうことなら、私も力を貸したい。だが……私も聖夜の居場所は分からないんだ」

「分からない……?」

「ああ……未来人に唆されて、家出同然に飛び出してしまったから……もう8年も前にな」

 明日人の告白に、旭は目を丸くした。

「8年も……会ってないんですか?」

「ああ……今更合わせる顔もない」

 そう言って無理やり微笑む明日人は、旭の目にはとても寂しそうに映った。

──そうか。私と博士は似てるんだ。ずっと独りぼっちで、耐えていたところが。

 それに気がついた旭は明日人の痛みに共感し、悲しそうに目を伏せた。

「8年も、ご家族と離れ離れだったなんて……宵月博士も、辛かったんですね……」

 そんな旭の辛そうな顔を見て、明日人は慌てて笑顔を作る。

「暗い顔をしてしまってすまない。大丈夫だ。力は貸すから」

 明日人はそう言って、白衣のポケットから手帳を取り出し、ボールペンで何か書き始めた。

 察するに、先ほど旭に教えてくれた真実を書き記しているのだろう。

「次の食事の時間に兵士が部屋の鍵を開ける。そこを狙って君を逃がそう」

「分かりました。でも、私、ここを出てどこに行ったら……」

 不安げに尋ねる旭に、明日人は微笑みながら答えた。

「特部を頼りなさい。千秋達が……私の古い知り合いがいる……きっと、君の力になってくれるはずだ」

「特部……?」

「ああ……」

 明日人は、旭に特部について教えてくれた。高次元生物を相手にしている特殊戦闘部隊。その中に、昔一緒に何でも屋をしていた子ども達が居るらしい。

 明日人が語る思い出は、どれも優しくて、色鮮やかだった。

 商店街のクリスマスの飾り付けや、店の手伝い。それから、捜し物の手伝いなどを、偶然知り合った4人の子ども達と一緒にしていたらしい。

 彼にとって、その子ども達は本当の家族のように大切な存在だったようだ。

 大切な子ども達と共に過ごした日々の思い出を話す明日人の表情は、とても穏やかだった。

 旭も、穏やかに思い出を語る明日人につられて自分の過去を打ち明けた。アビリティが2つあること。家族と別れて研究所で暮らしていたこと。未来予知で聖夜と思しき少年を視たこと……。2人は話し込んでしまい、あっという間に時間が経った。

「……もうすぐ時間だな」

 明日人はそう言うと、写真の挟まった手帳を旭に手渡した。

「この写真を見せれば、きっと私だと分かってくれる」

 旭が写真を見ると、それには今より少し若い明日人と、小学生位の子ども達4人が写っていた。写真はすっかり色褪せており、かなり昔から大事に持っていたことが分かる。

「いいんですか?大事な物なんですよね?」

「構わないさ。それで、彼らの力になれるなら」

 そう言って、明日人は辛そうに微笑む。その笑顔に、旭は胸を締め付けられた。

(博士だって、本当は会いたいはずだ。大切な人達に……)

 旭は思わず、彼に向かって尋ねた。

「あ、あの!……博士は行かないんですか?何でも屋の人達も、聖夜さん達も……きっと博士を心配しています!」

 旭は、本音では明日人も連れて行きたかったのだ。このままでは、明日人は大切な家族や仲間達に会えず、孤独なままだ。

 旭自身にも家族と離れ離れになった過去があるからこそ、旭は明日人に言って欲しかった。

 「私も一緒に、聖夜達のところに行く」と。

 しかし、明日人は切なそうな顔で首を横に振った。

「……いいんだ。もう合わせる顔がないから」

「博士、でも……!」

 旭が明日人を説得しようとしたその時、病室のドアが開き、兵士が簡素な食事を運んできた。

「私のことは気にせずに、行きなさい。『遅延』!」

 博士のアビリティが、兵士の動きを極限まで遅くする。行くなら、今だ。

 旭は受け取った手帳を鞄に入れて立ち上がり、外へ向かって走り出した。彼女は病室を出る前に、明日人に振り返って力強く告げる。

「博士!私、博士も皆さんに会えるように、頑張りますから!!」

「その気持ちだけで十分だ。さぁ、早く行きなさい!」

「はい……!」

 旭は明日人にしっかりと頷き、鞄を抱えて、病室を飛び出した。

* * *

 逃げ続けて、走り続けて、旭はようやく特部に辿り着いた。

 入り口に居た赤毛の職員……真崎に、あの少年の似顔絵を見せたところ、「聖夜君はここにいる」と言われ、気付いたら、旭は走り出してた。

 彼女の目には、入口に「総隊長室」と書かれたプレートがある部屋が『視えていた』。そして、重厚な雰囲気のその部屋に、聖夜がいるのが『予知』できていたのだ。

──やっと会えるんだ。やっと……やっと、聖夜さんに会えるんだ!

 旭は真っ直ぐに総隊長室へ向かい、その扉を勢いよく開けた。

 すると、確かにそこに居た。突然の旭の登場に、驚いた表情で固まる聖夜が。

 見開かれた空色の瞳、少し無造作な黒髪、今の自分達より少し年下に見える彼。あの日、旭が夢に視た通りの姿だった。

──やっと会えたんだ。彼が、目の前に居る。ずっとずっと会いたかった彼が……。

 気が付いたら、旭の頬に涙が伝っていた。

「やっと……会えた……」

 旭は聖夜に駆け寄って、抱きついた。戸惑う周囲に構わず、旭は聖夜にくっついて離れなかった。

 本当に嬉しかったのだ。ずっと自分を支えてくれた夢の人に会えたのが。しかし、この出会いが旭の運命を大きく動かすことを……彼女はまだ知らなかった。

* * *

 聖夜は気が付くと、何も無い、真っ白な空間に立っていた。

「ここは……?」

 辺りを見渡すが何も無い。どうすれば良いか分からなくて、聖夜が途方に暮れた時だった。

「聖夜」

「え……?」

 聖夜が聞き覚えのある声に振り返ると、旭が微笑みながら立っていた。

「旭……ここがどこだか分かるか?」

 聖夜が戸惑いながら尋ねると、旭は優しい微笑みを浮かべながら答えた。

「ここは……『命』の受け渡し場所」

「命の……?」

「うん。私のアビリティが作り出した、魂の世界」

「魂の世界……そうだ、俺、撃たれて……」

 聖夜が撃たれた胸の辺りに手を当てるのを見て、旭はくすりと笑った。

「ふふ……ここに体は無いから、怪我してても分からないよ」

「あ、そっか……あはは!」

 聖夜も旭につられて笑う。しばらく2人で笑い合って……やがて、旭が聖夜の胸に手を当てた。

「旭?」

「私のもう一つのアビリティの『命』はね、自分の命と引き換えに、他の人の命を救うアビリティなの」

 旭の手が輝き、その光が聖夜の体に移る。日だまりの中に居るような温もりが、聖夜を包んだ。

「私の命……聖夜にあげる」

「そんなことしたら旭が!」

「……いいの。貴方は世界を救う人だから」

 旭はそう言って優しく微笑む。

「短い間だったけど、聖夜と居られて……普通の女の子になれた気がしたの。本当に楽しくて……研究所に閉じ込められてたことも、未来人に捕まってたことも忘れちゃうくらい、明日が楽しみだった」

「旭……」

「誰よりも優しい聖夜に会えて……私、幸せだったよ」

 やがて、聖夜の体が消え始める。

「……そんな……嫌だ!旭!!」

 必死に叫ぶも空しく、聖夜の体が完全に消え去った。旭は聖夜の居た場所を見つめ、優しく呟いた。

「さよなら。……私のヒーローさん」 


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