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僕らと命のプレリュード 第61話

「はっ……!」

 聖夜が目を覚ますと、タイムマシンの中に居た。自分の右手が握られているのに気が付き確認すると、柊が泣きそうな顔で聖夜を見つめていた。

「柊……」

「聖夜……生きてる?」

「……うん」

「良かった……ほんとに、良かった……」

 柊はそう言って、起き上がる聖夜に抱きついた。

「柊……心配かけて、ごめんな」

「ううん……。あ、聖夜!その右目の色、旭と同じ……!」

「目の色……?」

 聖夜は窓に映った自分の顔を見た。すると、確かに右目が蜂蜜色に変化していた。

「ほんとだ……そうだ、旭は!?」

 聖夜が振り返ると、床に横たわる旭が目に映った。

「っ……旭!」

 聖夜は旭に駆け寄り、呼吸を確認した。

「息……してない……柊、旭が……」

「分かってる。今、病院に連れて行くために近くの時代に向かってるから……」

 柊が真剣な、でも泣きそうな顔でそう言うと、窓の外の景色が変わった。青い空と、穏やかな町並み……見慣れた、天ヶ原町だった。

「私、運転するね」

 柊はそう言って操縦席に向かい、タイムマシンを人気の無い山の麓に駐めた。近くに公衆電話がある。

「救急車呼んで来る!」

 柊はタイムマシンを出て、公衆電話に駆けていった。その間、聖夜は旭の手を握り続けた。

(旭……ほんとに、死んじゃったのか……?俺のせいで……?)

 ……しばらくして、救急車が到着する。駆けつけた救急隊員によって、旭は救急車に運び込まれた。

「ほら、君も来てくれ。この子の付き添いだろう?」

「は……はい」

 聖夜は救急隊員に頷いて、救急車に乗り込んだ。
 
* * *

 救急車の中で繰り返される心臓マッサージ。必死に旭を救おうとする救急隊員を、聖夜と柊は震える手を握り合いながら見ていた。

 しかし、旭の脈は戻らなかった。病院に搬送されてしばらくして、医師が聖夜と柊に旭の死亡を言い渡した。

 処置が終わり、霊安室に運ばれた旭。医師が黙って見守る中、聖夜は呆然と旭を見つめていた。傍らで柊が涙を流していたが、聖夜は泣けなかった。

「……旭」

 聖夜は彼女の名前を呟く。しかし、返事が返ってくるはずもなかった。

「俺のせいか……?俺を助けたから……旭は死んじゃったのか?」

「聖夜……」

「俺の……せいだよな」

 心に穴が空き、何も感じられない状態の聖夜の手を、柊はそっと握った。

「そんなことないよ……!旭は、そんな風に思って欲しくないと思う」

「……でも」

「自分のこと責めないで……。お願い」

 そう言ってぽろぽろと涙を零す柊を見て、聖夜は何も言えずに黙り込んでしまった。  

(……何で俺は泣けないんだろう。旭が死んだのに……何も感じない。何も……)

 しばらくして、2人の元へ警察官が2人やって来た。1人は若い男性で、もう1人は年配の女性だった。

「……君達、悲しんでいる所すまないが事情聴取に来た。この子の死が、事件なのか事故なのか……話を聞かせてくれないか」

 若い警察官が聖夜達を見つめてそう言うが、年配の警察官がそれを止めた。

「待ちなさい」

「明星さん……しかし」

「この状況で、冷静に話せるはずがないだろう?……私の『審眼』は、そのためにある」

年配の警察官はそう言って、聖夜と柊の顔をまじまじと見た。

「……?あ、あの……」

「……お前達は、未来から来たんだね?」

「え……」

「宵月聖夜と宵月柊。10年後の未来から、やって来て……聖夜君、君を助けるために旭がアビリティを使い命を落とした。違うかい?」

「そう……です。でも、何で旭のこと……」

 聖夜が戸惑っていると、年配の警察官は寂しそうに微笑んだ。

「そういうアビリティなんだよ。それに……私は明星千代美。この子の祖母だから」

「旭のお祖母さん……!?」

「ああ。まさかこんな風に再会するとは思わなかったよ……」

 千代美はそう言って、旭を見つめた。

「さっき病院から連絡があってね……警察官の仕事もあったが、旭の身元を確認するためにも来たんだ」

「……では、この方は貴女の身内……明星旭さんで間違いないのですね?」

 医師の言葉に、千代美は静かに頷いた。

「旭は私が引き取ります。これから葬儀会社に連絡しますので……少しお時間を頂けませんか?」

「……分かりました」

 医師が頷いたのを確認して、千代美は聖夜達を見た。

「……旭の死は事故だ。『審眼』で視たから間違いない。……私は、これから諸々の手続きを終わらせてくる。全部終わったら、君達を迎えに来るからね。それまで、この病院で待っててくれないか?」

「俺達を……?」

 聖夜と柊が不思議そうに首を傾げる。それを見て、千代美は寂しそうな笑みを浮かべた。

「ああ……しばらく私の家に泊まりなさい。未来に戻る前に、旭の葬式に出て欲しいんだ。この子の……友達だったんだろう?」

「……分かりました」

「……ありがとう。河本、一度署に戻るよ」

「は、はい!」

 千代美と若い警察官が、霊安室を後にする。それを見送った医師が、聖夜と柊に優しく微笑んだ。

「君達も少し休みなさい。その格好、特部だろう?この時代に来るまで、ずっと戦っていたんじゃないか?」

「……はい」

「2人とも顔色が悪い。水分を取って落ち着いてきた方が良いだろう。無理は良くないからね」

「……分かりました。柊、行こう」

「うん……」

 医師に促されるままに、聖夜と柊は霊安室を出た。
 
* * *

 2人は、病院5階の、自販機のある休憩スペースに向かった。

「柊、何飲む?」

「……水でいい」

「分かった……って、俺、お金持ってないや」

「そういえば……私も」

 2人は先程まで任務を行っていたため、財布は寮に置いてきていた。

 2人が困った様子で自販機の前に立っていると、1人の女性が脇から自販機に小銭を投入し、りんごジュースを2本買った。

「……あ、すみません!」

「ごめんなさい……今どきます」

 聖夜と柊がどこうとすると、女性は2人を抱き締めた。

「な、何だ!?」

「どうしたんですか!?」

「あら、2人とも母さんの顔、忘れちゃった?」

「え……?」

「……急に抱きついてごめんね」

 女性に解放され、聖夜と柊はその顔をまじまじと見た。

 優しげな空色の瞳、長い黒髪……少し痩せた体。2人は、彼女のことをよく知っていた。

「母さん……!」

 宵月しおり。2人の母親だった。

「お母さんが……生きてる……」

 衝撃のあまり固まる2人に、しおりは笑顔でりんごジュースを押しつけた。

「2人とも、りんごジュース好きだったよね?」

「あ、ありがとう……っていうか、俺達のこと分かるのか?」

 聖夜が尋ねると、しおりは悪戯っぽく笑う。

「勿論!自分の子どもが分からない親はいないでしょ?……って言いたいところだけど、私のアビリティね」

「母さんのアビリティ?」

「言ったことなかったっけ?私のアビリティは『過去』。その人の過去が視えるのよ」

「そうだったんだ……」

「……ここで立ってても邪魔になるし、取り敢えず座らない?母さん、検査終わりで疲れちゃった」

「あ、そうだな……。あそこに座ろう!」

 3人は部屋の隅にあるソファに腰掛けた。

「……大きくなった2人に会えるなんて、夢みたい!」

 しおりは明るく笑う。

「過去を視たけど……2人とも、大変な中、頑張ってたのよね。偉いぞ!」

 そう言って、しおりは2人の頭をわしゃわしゃと撫でた。すると、聖夜と柊の顔が赤く染まった。

「か、母さん!」

「お母さん、恥ずかしいよ……」

「あ、ごめんごめん!私、小さい2人にしか会ったことないから……つい、ね」

 しおりは優しく微笑んで手を離した。聖夜と柊は顔を赤らめながら、彼女の顔を見つめる。

「……母さん、俺達もう15歳だから!」

「そうそう!いつまでも子どもじゃないんだよ!」

「あはは!分かった分かった!難しいお年頃ね……」

 やれやれと首を振るしおりを見て、2人は思わず笑ってしまった。

「母さん、わざとらしいよ!」

「本当!あはは!」

 笑う2人を見て、しおりは優しく微笑んだ。

「……やっと笑った」

「え?」

「2人ともすごく暗い顔してたでしょ?心配だったのよ」

「母さん……」

「……生きてれば色々あるけどね、過去に縛られちゃだめ。未来を作るのは、今の積み重ねなんだから!」

「今の……積み重ね……」

「そう。明るい未来にしたかったら、今を変えなきゃね……なーんて、ちょっと母親らしいこと言ってみたりして!」

 明るい笑顔を見せるしおりの傍らで、聖夜はその言葉を噛みしめる。

(明るい未来……この世界を守って、かつノエル達の未来も救う。それが、俺にとって明るい未来だ)

 聖夜の中で、ずっと感じてた迷いが消えていく。

「……どっちも守る。今を変えて、どっちも守るんだ!」

 聖夜は立ち上がり、大きな声で決意した。周りで休憩していた他の患者も、何事かと聖夜を見る。

「聖夜、声大きい!ここ、病院なんだよ?」

「あ、ごめん柊……」

 柊にたしなめられ、聖夜は慌てて口を押さえ、ソファに座った。

 それを見て、しおりはくすりと笑う。

「聖夜、父さんに似てきたね」

「父さんに……?」

「そう。父さんも真っ直ぐで……時々周りが見えなくなっちゃうの。そっくり!」

 しおりは聖夜を優しく見つめ、微笑んだ。

「……聖夜、真っ直ぐ育ってくれてありがとう。柊もね。……傍に居られなくて、ごめんね」

「母さん……」

「……そんなことないよ。お母さんは、私達の心の中で生きてた。ね、聖夜?」

 柊の言葉に、聖夜は頷いた。

「うん。俺達、母さんの言葉を守るために、アビ課を受けたんだ!結局落ちて、今は特部だけど……」

「私の言葉?」

 首を傾げるしおりに、2人は笑顔で頷いた。

「誰かのために頑張れる人になりなさい!」

「私達、その言葉を守るために戦ってるの!」

「……そっかぁ」

 しおりは微笑んで、2人を抱き寄せた。

「その思い、忘れちゃ駄目よ?一度決めたら、最後まで貫きなさい」

「うん!」

「分かってる!」

 しっかりと返事をした2人を、しおりはしみじみと見つめた。

「……立派になったなぁ」

 しばらくして、3人の元へ千代美がやって来た。

「ああ……ここに居たんだね」

「あ、旭の……」

 聖夜が戸惑っていると、千代美が優しく微笑んだ。

「千代美でいいよ」

「千代美さん……早かったですね」

「ああ。許可が下りて、河本が仕事を代わってくれたお陰でね……2人とも、もう行けるかい?」

「は、はい!」

 聖夜と柊は立ち上がった。

「あ、ちょっと待って!」

 しおりも立ち上がり、2人をもう一度抱き締めた。

「か、母さん!?」

「お母さん!?」

「これで最後だから!聞いて?」

 しおりは少し間を置いて、口を開いた。

「まず、聖夜。あんまり我慢しちゃ駄目よ。何でもかんでも仕方ないって諦めちゃ駄目。悲しくて辛い時は泣いてもいいの。自分に正直にね」

「母さん……」

 聖夜の脳裏に、母の死に際が蘇った。

 あの日、涙を流す父と柊の隣で、聖夜は……泣けずに、ただ母を見つめることしかできなかったのだ。

 悲しい気持ちや、寂しい気持ちを見ないフリして、ずっと、流したかった涙を抑え込んでいた。

(そういえば、母さんが死んだ時も泣けなかったんだ……仕方ないって思って、我慢しなきゃ壊れちゃいそうで……)

「約束できる?」

「……うん」

「よろしい!……柊は、無理しちゃ駄目。一生懸命になるのはいいけど、自分を大事にしなさい。分かった?」

「……分かった」

「……よし。約束ね」

 しおりは2人から離れて、優しく微笑んだ。

「聖夜、柊……ずっと応援してるからね」

「……母さん、ありがとう」

「お母さん、私達頑張るから!」

 聖夜と柊は、しおり笑顔を向けた。

「……柊、行こうか」

「うん」

 聖夜と柊は千代美について行き、病院を後にした。

* * *

 千代美の家は和風な日本家屋だった。居間の棚には歴代の家族写真が飾られており、長い間この家が受け継がれてきたことが分かる。

 食事を終え、入浴を済ませてきた聖夜が居間に向かうと、千代美が机の上にアルバムを広げていた。

「……お風呂ありがとうございました。着替えまで借りちゃってすみません」

「祖父さんが昔着てた服だから、気にしなくていいよ」

「ありがとうございます。……柊は?」

「疲れてるようだったから、先に休ませたよ。顔色も悪かったしね」

「そうですか……あの、そのアルバムは?」

「ああ……聖夜君も一緒に見ようか。こっちにおいで」

 千代美に促されて、聖夜は彼女の傍らに座る。アルバムの中の、幼い少女が写った写真が聖夜の目に止まった。

「この写真って……」

「うん……これはね、旭が本当に小さかった頃の写真なんだ。4歳くらいの頃かな……」

 千代美は懐かしむように、ゆっくりとページをめくる。母親らしい人と一緒に、笑顔で写る幼い旭。聖夜はその笑顔を、海辺で笑っていた旭と重ねた。

「……笑顔、あの時と同じだ」

「あの時……か。聖夜君、旭は君の前でこんな風に笑っていたのかい?」

「あ、はい……この写真と、そっくりな笑顔で……」

「そうかい……きっと、心からの笑顔だったんだろうね」

 千代美が優しく微笑む。聖夜はその微笑みを見て、胸の奥が痛むのを感じた。

「……俺がしっかりしてたら、旭は今も生きてたんでしょうね」

「聖夜君……」

「こんなこと言っても仕方ないって分かってます。でも……胸が痛くて」

「……自分を責めるのはよしなさい」

 千代美が俯く聖夜の背中を、そっと擦った。

「旭は自分で、君を救うことを決めたんだ。命を懸けて守りたい人に出会えて、あの子はきっと幸せだったはずだよ」

「でも……そうだったとしても、俺を助けたから、旭が……!」

「……君は優しいね。大丈夫。大丈夫だから……涙を拭きなさい」

「え……?」

 千代美からハンカチを手渡されて、聖夜は初めて自分が泣いていたことに気付いた。

「俺、泣いてる……?」

 聖夜は自分の目元を触った。すると、確かに雫が手に触れる。

「俺、なんで……?母さんが死んだ時ですら、泣けなかったのに……」

「聖夜君……」

「あ、ご、ごめんなさい!すぐ収まりますから……」

「聖夜君、泣いていいよ」

「え……?」

「我慢しなくていい。ここには私しか居ないから……自分に正直になりなさい」

『自分に正直にね』

「あ……」

 聖夜の脳裏に、病院で母に言われた言葉が蘇った。その瞬間、涙が堰を切って溢れ出す。

「っ……ごめん、なさい……止まらなくて……」

「謝らなくていいよ」

「うっ……本当に、ごめんなさい……俺……俺……」

「……うん」

 静かに背中を擦ってくれる千代美に対して、聖夜は声を震わせながら、心の奥底の本音を打ち明ける。

「俺、生きてて欲しかった。旭に……生きてて欲しかった……!」

「……そうかい」

「旭と一緒に、色んな物が見たかった……!色んな場所に行きたかった……!もっと……笑い合いたかった……!会ったばかりなのに……変、ですかね?」

「……変じゃないよ。大事なのは時間じゃない。想いの強さだからね」

 聖夜の問いかけに、千代美は優しい声色で答える。その表情は、聖夜を気遣ってか穏やかなものだった。

「……そう、ですか……ね……」

「……そうだよ」

「……俺にとって、旭は……大事な存在だったんですね……」

「そう言ってくれるだけで、私もあの子も嬉しいよ」

「……はい。ありがとうっ……ございます……」

「礼を言うのはこっちの方だ。旭を大事に思ってくれて、ありがとね」

 そう言って千代美は聖夜の背中を擦り続け、やがて、聖夜の涙が収まってきた。

「……気が済んだかい?」

「はい……なんだか、スッキリしました」

 そう言って無邪気な笑顔を覗かせる聖夜を見て、千代美は寂しそうに微笑んだ。

「千代美さん……?」

「いや……孫と一緒に暮らしてたら、こんな感じだったのかなと思ってね」

「千代美さん……」

 千代美はそっと聖夜の方を向いた。

「……私も、旭に対してずっと後悔してたことがあるんだ」

「後悔……?」

 千代美は頷いて、ゆっくりと語り始めた。

「私の『審眼』はね、対象の情報が一目見て分かる能力なんだ。だから、旭にアビリティが2つあることも、すぐに分かった」

「そうだったんですか……」

「ああ。だから私は娘に……旭の母親に言ったんだ。この子にはアビリティが2つあるから、注意してやるようにってね……でも、そのせいで旭は研究所に預けられた」

「旭の母さんは、どうして旭を……」

 すると、千代美は切ない表情で旭の親子の写真に触れた。

「鬱病だったんだ。夫が事故死して……仕事も上手くいかなくて……だから、自殺する前に旭を研究所に預けた。私じゃなくて、研究所に……私は頼りにされてなかったのさ。」

「そんな……」

「……娘と旭と、無理矢理にでも一緒に暮らしていたら……娘ともっと仲が良かったら……今でも、そう思うよ」

「千代美さん……」

「……すまないね。こんな話、聞きたくなかったろう?」

 千代美は寂しそうな微笑みを聖夜に向けた。

「……明日からバタバタするからね。もう休みなさい」

「あ……はい。おやすみなさい」

 聖夜はアルバムを片付ける千代美に上手く声を掛けられず、部屋に戻ることしかできなかった。

* * *

 寝室に向かうと、柊が起きて窓の外を眺めていた。

「柊?寝てなかったのか?」

「……うん。なんか目が覚めちゃって」

 柊は苦笑いすると、聖夜に手招きした。

「流れ星を見てたの。聖夜も来て」

「流れ星?」

 聖夜は柊の隣に座って、窓の外を見た。すると、満天の星空を流れ星がいくつも流れていた。

「天ヶ原町名物、初夏の流れ星だっけ。昔、夏実姉さんとよく見たよね」

「ああ……懐かしいな」

「聖夜、願い事を3回唱えられなくて泣いてたよね?」

「うっ……そんなことまで覚えてたのか……」

 苦笑いする聖夜を、柊は茶化すように笑った。

「……ねぇ。今、何か願うとしたら、聖夜は何をお願いする?」

「願い事か……悩むな……」

 聖夜の頭に様々な願い事が浮かぶ。

「未来を変えられますように……今を守れますように……って、どれも俺が頑張ることか」

「ふふ、確かにね」

 聖夜と柊は顔を見合わせて笑った。

「……柊は、何をお願いするんだ?」

「私?うーん……そうだな……」

 柊は少し悩んだ後、聖夜の顔を見て微笑んだ。

「……聖夜が前に進めますように」

「え……?」

「泣き声、ここまで聞こえてたよ?」

「あ、さっきの……聞こえてたのか」

 聖夜は恥ずかしそうに目を逸らす。それを見た柊が優しく頷いた。

「うん。旭のことが大事だったんだよね……辛かったんだよね」

「柊……?」

「……私ね、旭に聖夜が取られて、一人ぼっちになっちゃうんじゃないかって思ってたの」

「え……」

「酷いでしょ?でもね、それだけ2人は仲良さそうに見えたの。だから……私、1人で焦ってたんだ。」

 柊の告白に、聖夜は目を丸くした。

「柊……」

「……でもね、2人がそういうことする訳ないって気付いて、2人のことを応援しようと思ってたの……だから、私も辛いよ」

 柊はそう言って、聖夜に少し寄りかかった。

「悲しいの、聖夜だけじゃないから……だから、一緒に乗り越えよう?私、何があっても聖夜の傍にいる……そう旭と約束したから」

「……ありがとう、柊」

 聖夜はそう言って微笑む。

「悲しい気持ちは消えないけど……俺、前向けるように頑張る。前を向いて、今を変えて……旭が言ってたように、世界を救うヒーローになってみせる」

「聖夜……私も、それを支えるから!」

 柊は体を起こし、聖夜にニッと笑いかけた。

「……あ、願い事思いついた!」

 聖夜はハッとして柊を見た。

「柊の体調が治りますように!ずっと具合悪かったよな?」

「聖夜……」

「何か原因とか分からないのか?清野さんに何か言われなかった?」

 聖夜の言葉に、柊は少し俯いて口を開いた。

「……急性高能力症候群。HASの疑いがあるって」

「え……?」

「本当は、もう戦わない方がいいんだって」

「そんな……何で黙ってたんだよ!」

「言ったら心配するでしょ?大事な時に、余計な心配かけたくなかったの……」

「余計なんかじゃない!兄妹なんだから心配させろよ!!」

 聖夜は柊の両肩を掴んで、必死に訴えた。

「何も言われないで……それで柊に何かあったら俺……自分のこと許せないよ!」

「聖夜……」

 驚いた表情を浮かべる柊を見て、聖夜は我に返った。

「っ……ごめん。熱くなりすぎた……」

 そう謝り、聖夜は柊の体から手を離す。しかし、柊がその手をそっと握った。

「そんなに怒ってくれると思わなかった……ごめんね」

「……謝るなよ。俺が心配して慌てただけだから」

「……ありがとう」

 柊はそう言って聖夜に微笑んだ。その頬に、一筋の涙が伝う。

「……本当は怖かったの。このまま1人で病気を抱えて、死んじゃうのが」

「柊……」

「でも、隣に聖夜が居てくれる。それだけで私、勇気を出して戦えるよ」

「柊、でも、戦ったら……」

「……いいの。最後まで皆と……聖夜と一緒に戦いたい。誰かのために、頑張りたいの。だから……私の傍に居て?」

 ──誰かのために、頑張る。

 その思いを貫くために、柊は戦い抜くことを決意していた。

 その決意を目の当たりにした聖夜もまた、決意を固める。

(誰かのために頑張る。そして……大切なみんなの今を守るんだ。……この思いを貫くために、俺は戦ってみせる。柊の隣で、最後まで……!)

「……分かった」

 聖夜は柊の涙を拭い、優しく微笑んだ。

「柊がそうしてくれるように、俺も柊の傍に居る。でも、無理しちゃ駄目だからな。清野さんとも相談しような?」

「……うん!」

 聖夜と柊は笑い合って、再び窓の外を眺めた。無数の流れ星が、美しく流れていた。

* * *

 翌日から執り行われた旭の葬儀が、静かに終えられた。未来から来た人間の葬儀だからか、千代美は2人以外に人を呼んでおらず、葬儀も簡単な物だった。

 葬儀を終え、聖夜と柊はセレモニーホールの外で、千代美と向かい合っていた。

「……もう行くのかい?」

「はい……お世話になりました」

 聖夜がそう言って頭を下げると、千代美は微笑んで頷いた。

「礼を言いたいのはこちらの方だよ。最後まで、旭の傍に居てくれて……あの子に少しの間だけでも幸せをくれて、本当にありがとう。どれも私にはできなかったことだ」

「千代美さん……それは、違うと思います」

「え?」

 目を丸くする千代美を、聖夜は真っ直ぐ見つめた。

「アルバムの中の旭は、どれも笑顔だった。千代美さんの傍に居たとき、旭は確かに幸せだったんだと思います」

「聖夜君……」

「俺達、前を向きます。旭が信じていた未来を実現するために……立ち止まりません。だから、千代美さんも前を向いて下さい」

 聖夜の言葉に、千代美はポロリと涙を零した。

「……若者に、元気づけられるなんてね」

 千代美は泣きながら、聖夜と柊に微笑んだ。

「分かった。私も前を向くよ。君達のことも応援する。だから……たまには、旭に会いに来てやってね」

「……はい!」

 聖夜と柊は頷いて、千代美に微笑んだ。

(もう泣かない。俺は、前に進むんだ)

 聖夜と柊は千代美に軽くお辞儀をして、セレモニーホールからタイムマシンへ向かって走り出した。


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