僕らと命のプレリュード 第62話
2人はタイムマシンに乗って、現代の特部中央支部へ向かっていた。聖夜がタイムマシンの操縦桿を握り、柊がすぐ傍に立っている。
「みんな、大丈夫かな……」
「……信じるしかないね」
その時。唐突に通信機から琴森の声が聞こえてきた。
『聖夜君、柊さん!』
「琴森さん!?」
『良かった。やっと繋がった!……総隊長、2人と連絡が取れました!』
琴森がそう言うと、声が千秋に切り替わる。
『聖夜、柊、無事か?』
「総隊長!はい。俺と柊は大丈夫です……でも、旭が……」
『旭に何かあったのか?』
「はい……俺を助けるために、命を……」
『……そうか』
千秋と聖夜達の間に、しばらく沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、柊だった。
「総隊長、みんなや父は無事ですか?」
『……ああ。特部もアビリティ課も全員無事だ。明日人さんも……怪我をしているが、命に別条はない』
千秋の言葉に、聖夜と柊は顔を見合わせて安堵の溜息をつく。すると、窓の外の景色が変わり、タイムマシンは天ヶ原町上空に出た。
「総隊長、もうすぐ中央支部に着きます!」
『分かった。詳しい報告は後から聞こう……待っているよ』
通信が切れ、聖夜は操縦桿の操作に集中した。安定した操縦で、中央支部の敷地の隅にタイムマシンを駐める。
「……着いた!行こう柊!」
聖夜が柊に声を掛けたその時だった。
「……う」
柊が、ばたりと倒れたのだ。
「柊!?」
「あ……聖夜……」
「柊、大丈夫か!?」
聖夜は柊を抱き起こす。柊の呼吸は浅く、顔色は悪かった。
「私、駄目だな……傍に居るって、約束したのに……」
「っ……!そんなこと言うなよ!諦めちゃ駄目だ!すぐ医務室に連れて行ってやるからな!」
聖夜は柊を抱きかかえて、医務室に急いだ。
* * *
医務室へ着くと、聖夜は清野の指示で気を失った柊をベッドに横たえた。聖夜が不安そうに見守る中、清野は柊から少しだけ採血を行い、薬品の入った容器に入れる。すると、血液が青色に変化した。
「やはり……柊さんはHASで間違いない」
「清野さん、それは……?」
「ああ……HASの簡易検査キットだよ。訳を話して予め病院から借りておいたんだ。血中のアビリティ成分の濃度が高いと、血液が青くなる」
「じゃあ……柊はやっぱりHASなんですね……」
聖夜がそう言うと、清野は彼を真っ直ぐ見つめた。
「……今回はアビリティの使用が無いにも関わらず、気を失った。病状は悪化している……柊さんは、もう戦うべきではない。分かるね?」
清野の重々しい言葉に、聖夜は何も言えずに俯く。その時、医務室の扉が勢いよく開いた。
「聖夜!柊!」
翔太達中央支部の隊員達が、雪崩れ込むように医務室に入ってきたのだ。
「……みんな」
「帰って来るなり柊ちゃんが倒れたって聞いて、心配したのよ!?」
「そ、それで、柊ちゃんは……」
「気を失って……寝てるよ」
聖夜がそう言うと、隊員達は言葉を失った。
「……なんかさ、こうして寝てる柊を見てると……旭や母さんのことを思い出すな」
聖夜は柊を見つめながら、小さな声でそう言う。
「聖夜……」
「もし……もし、もう目を覚まさなかったら……俺……」
「聖夜!」
翔太が、聖夜に歩み寄って彼の頬をバチンと叩いた。
「痛っ……!?」
突然の出来事に、周りの隊員や清野も息をのむ。
聖夜は驚きながらも、頬を叩いてきた翔太に詰め寄った。
「な、何するんだよ……!」
すると、翔太は聖夜の両肩を掴み、彼を叱りつけた。
「しっかりしろ!お前が後ろ向きになってどうするんだ!」
翔太に怒鳴られ、聖夜はハッとした。
「聖夜、お前は柊の兄貴だろ?お前が信じてやらなくてどうするんだ!」
翔太の言葉に、聖夜は目を見開く。
「翔太……」
驚いた表情の聖夜に対し、翔太は真剣な顔で言葉を続けた。
「お前は……1人じゃない。俺達も、柊のことを信じてる。だから……1人で勝手に諦めるな」
1人じゃない……翔太の言葉が胸に刺さり、聖夜の目から涙が零れ落ちる。
「……そう、だな。……ごめん、翔太」
聖夜は涙を拭い、ニッと笑顔を見せた。
「俺、迷ってばっかりだ。前を向くって決めたのに……また、後ろ向きになってた」
聖夜はそう言うと、真剣な顔になり仲間達を見つめる。
「俺、この世界の人達を守りたい。でも、ノエル達の未来も守りたい。だから……どっちも諦めない。今を変えて、両方守る。みんな、力を貸してくれないか?」
聖夜の言葉に、全員が頷き微笑んだ。すると、医務室の扉が再び開き、千秋と琴森、そして真崎に車椅子を押された明日人が入ってきた。
「話は纏まったようだな」
「総隊長!琴森さん、真崎さん!父さんも!」
「私達も最後までサポートするわ」
「皆さんの力になれるように頑張りますからね!」
「聖夜……その思い、貫きなさい」
聖夜は、そう言って微笑む3人に笑いかけた後、真剣な眼差しを千秋に向けた。
「……総隊長、ノエル達は?」
聖夜に尋ねられ、千秋は首を横に振る。
「爆破された建物の中から、彼らは見つかっていない。恐らく、どこかに潜んでいるんだろう」
「ノエル……一体どこに……」
その時。
「痛っ……」
聖夜は蜂蜜色になった右目が痛み、思わず目を瞑った。
すると、瞼の裏側に、町中で闇の狼が暴れ回る光景が映った。狼と戦う特部……そして、天ヶ原町の中心、天ヶ原中学校の屋上から階段を伸ばした、黒い天空の城。その中で冷たく笑うノエルの姿。
(これは……旭の『未来予知』……?)
「聖夜、大丈夫か?」
痛みが引いて目を開けると、傍らの翔太が心配そうに聖夜の顔を覗き込んでいた。
「……ああ。それよりも、ノエル達が……」
聖夜が視た内容を話そうとしたその時。
ゴゴゴゴゴ……!
地面が大きく揺れ始め、空が闇に包まれる。
「何だ……!?」
海奈が窓辺に駆け寄り外を見ると、町の至る所で闇の狼が暴れ回っていた。
「この闇……きっとあいつらだ!総隊長!」
海奈の声に千秋は頷き、隊員達を見た。
「中央支部隊員、出動せよ!未来人から人々を守れ!」
「了解!」
隊員達が続々と医務室を出て行く中、聖夜は柊を振り返った。
「柊……絶対、戻ってくるからな」
そう呟くと、聖夜は他の隊員達の後を追った。
「……琴森、真崎、オペレーションを頼む。明日人さんは柊の傍に居てやって下さい」
「ああ……千秋はどうするんだ?」
「……仲間を守りに行きます。それが、今の僕の務めですから」
千秋はそう言って医務室を後にした。
* * *
天ヶ原町上空に浮かぶ闇でできた天空の城。その中に、ノエル達は居た。
「……リーダー、本当に大丈夫なのですか?」
ウォンリィの言葉に、ノエルは冷たく微笑む。
「大丈夫に決まっているだろう?」
「ですが、アビリティを使いすぎると体に負担がかかると聞きます……」
「エリスも心配だなぁ。ノエルはアビリティ強いし、それだけ負担もかかるでしょ?」
心配そうなウォンリィとエリスに同意するように、アリーシャとイグニも頷いた。しかし、ノエルは微笑みを崩さない。
「……それでも、僕はやるよ。高次元生物を生み出す施設が破壊された今、戦力は僕達のアビリティだけなのだから」
ノエルの答えに、ウォンリィは表情を曇らせる。心配だったのだ。自分がずっと慕い、着いてきたノエルが、壊れてしまうことが。
「リーダー……」
「余計な心配をしていないで、君達は早く特部を潰せ。奴らが僕達にとって、最も邪魔な存在なのだから……」
ノエルにそう言われ、ウォンリィは渋い顔で頷く。心配ではあっても、ノエルに逆らうなど、ウォンリィにはできなかった。
「……分かりました。みんな、行くよ」
ウォンリィに促され、残りの3人も渋々城を出て行く。1人きりになったノエルは、ポケットから向日葵の髪飾りを取り出し、眺めた。
「……もうすぐ、だからね。もうすぐ、君が笑って過ごせる未来にするから……。ツムギ。僕のこと見守ってて」
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