見出し画像

僕らと命のプレリュード 第57話

 一方、聖夜と柊は南日本支部に到着していた。高台に建てられた建物のため見晴らしが良いはずだが、霧に包まれて周囲が見渡せない。

「……すごい霧」

「ああ……」

 柊に相槌を打ちつつも、聖夜の頭の中は別のことでいっぱいだった。

(ノエル……俺達の敵なのか?それに高次元生物は元人間……俺、ちゃんと戦えるのかな?)

「聖夜?」

「あ……なんでもない」

「ならいいけど……任務なんだから、集中しよ」

「……うん」

(そうだ。俺達が戦わなきゃ、傷つく人が居る……。覚悟決めなきゃな)

 聖夜は深呼吸して気持ちを落ち着ける。その時、通信機から声が聞こえた。

『聖夜君、柊さん、聞こえる?』

「琴森さん!はい、聞こえます」

 聖夜は通信機に向かって返事をした。

『南日本支部にはオペレーターがいないから、こちらからサポートするわ。真崎さんと旭さんと一緒にね』

「旭も……?」

『……聖夜、柊、頑張って』

 旭の控えめな声に、聖夜と柊は顔を見合わせて頷く。

「任せてくれ、旭!」

「サポート、よろしくね」

『……うん!』

 旭の嬉しそうな声を聞き、聖夜はふっと頬を緩めた。

(……旭も特部に馴染んできてよかった)

 その時。

「聖夜、後ろ!」

 柊の声を聞き、背後を振り返ると腕の筋肉が異様に発達した人型の怪物が、聖夜に襲いかかってくるところだった。

「何!?」

 唐突な出来事に聖夜は体勢を崩してしまう。

「聖夜!」

 高次元生物の拳が、聖夜に迫る。

(しまった……!)

 次の瞬間、黄色いマントを纏った黒髪の少年が、高次元生物の前に現れた。

「『盾』!」

 大きな盾が、高次元生物の攻撃を防ぐ。

「大丈夫ですか?」

 少年は聖夜を振り返ると、穏やかに微笑んだ。彼の右目は長い前髪で隠れているが、左目の眼差しだけでも、彼の優しい雰囲気は伝わってくる。

「君は……南日本支部の?」

「はい。守谷優一です。アビリティは『盾』。よろしくお願いします」

「俺は宵月聖夜。助けてくれてありがとな」

「いえいえ。お互い様ですから」

 「ところで……他のメンバーは?」

 聖夜が尋ねると、優一は微笑みながら高次元生物を見た。すると、どこからともなく桃色に輝く蝶が高次元生物の顔を覆った。

 高次元生物は視界を遮る蝶を振り払おうとするが、蝶は一向に離れない。

「蝶……?」

「あたしのアビリティよ」

 いつの間にか、聖夜の傍らに桃色のお団子頭の少女が立っていた。少女は右手に鞭を握りしめ高次元生物の様子を窺う。

「お見事です。憂羽ゆう様」

 憂羽と呼ばれた少女は得意げな顔をした。そして、聖夜に気がつくと彼に笑いかける。

「あたしは高蝶憂羽。アビリティは『蝶』よ」

「そっか……俺は宵月聖夜。よろしく、憂羽」

 憂羽は微笑むと、高次元生物に向き直った。

「あいつの能力は見た所パワー型。霧を出してるのは別個体……」

「僕達が確かめただけで、3体の高次元生物の反応がありました。だから、応援要請を出したんです」

「そうなのか……どう戦えばいいんだ?」

『聖夜、まずは霧を払おう。敵が見えなかったら、また不意打ちされる……』

 悩む聖夜に、旭が答えた。

「……分かった。まずは霧を出してる奴を倒そう」

 その言葉に、その場にいた全員が頷いた。

「でも、この深い霧の中、どうやって探せば……」

 柊が眉間にしわを寄せると、憂羽がそれに答えた。

「あたしの『蝶』に探させる」

 憂羽が手を合わせると、無数の輝く蝶が霧の中を飛んでいった。桃色の光が、蝶の位置を知らせる。

「……3時の方向に1体、6時の方向に1体!残りは目の前にいる奴!」

「では手分けをしましょう。聖夜君と僕は3時の方向に、憂羽様はここに残って。あなたは6時の方向に」

「分かった!」

 聖夜達はそれぞれの方向に向かって駆け出した。

* * *

 聖夜と優一は蝶の光を頼りに、高次元生物の元へ駆けつけた。

 青白い肌に複数の口を持ったその怪物は、その口々から霧を噴射している。蝶が纏わり付いてもお構いなしだった。

「聖夜君、我々が当たりだったようですよ」

「ああ……そうだな」

「どう攻めましょう?」

「俺が敵を崩す。優一はそこでトドメを刺してくれ。……どうかな?」

「良いと思います。分かりました」

 優一が手に拳銃を構える。その傍らで聖夜は高次元生物を睨み付けた。

「まずは俺からだ!『加速』!」

 聖夜は加速して勢いよく高次元生物に迫った。

「はぁっ!」

 加速した勢いのまま高次元生物に殴りかかる。が、高次元生物はそれをいち早く察知し、滑らかな動きで攻撃を躱した。

「何!?」

 聖夜が体勢を立て直すと同時に高次元生物は深い霧を吐いた。辺りが先程よりも深い霧に覆われる。蝶の光が届かないほど、視界が悪くなる。

「聖夜君!どこにいますか!?」

 優一が叫ぶ。しかし、聖夜は優一を目視できない。

(はぐれた……まずい)

 聖夜は辺りを見渡すが、何も見えない。

 その時。

『聖夜、右に避けて!』

 旭の声が聞こえた。

「右……!?」

 聖夜は咄嗟に右に移動する。すると体の左側から青白い腕が殴りかかってくる所だった。

「危なかった……旭、助かったよ!」

『『未来予知』で視たの……聖夜、私が敵の動きを予知するから、私のこと信じて……』

「分かった。旭に合わせる!」

 聖夜は頷いて、いつでも動けるように構えた。深い霧の中、旭の声に耳を澄ませる。

『聖夜、左!』

「ああ!」

 聖夜は素早く左に避けて、高次元生物の攻撃を躱す。

『そのまま真っ直ぐ進んで』

「分かった。『加速』!」

 聖夜が加速した先には優一の姿があった。

「聖夜君!」

「優一!良かった。見つかった!」

「はい!合流できて良かった……しかし、この霧の中では……」

「……大丈夫。俺達を信じてくれ」

 不安げな優一に、聖夜は力強く言った。

『聖夜、後ろにいる!』

 旭の声で振り返るが、まだ姿は見えない。

「……そこにいるんですか?」

 優一は旭の言葉を疑いつつも、拳銃をそちらに向けた。

「旭、いるんだな?」

『うん!こっちに向かってくる……』

「分かった。信じるぞ!」

 聖夜は一気に加速し、旭の示した方向に突っ込んだ。すると、朧気に蝶の光が目に入る。

「もらった!」

 聖夜は高次元生物の腹部に思いっ切り拳を打ちつけた。高次元生物が痛みのあまり体勢を崩す。

「優一!真っ直ぐ撃て!」

「はい……!」

 聖夜の声に、優一は頷き、引き金を引いた。聖夜の目の前で、高次元生物が被弾して倒れる。

 すると、吹き出されていた霧が収まり、徐々に視界が晴れていった。

「やった……」

「やりましたね、聖夜君!」

 聖夜は駆け寄ってきた優一に頷いた。

「ああ……旭のお陰だ。ありがとな、旭!」

『えへへ……』

 旭の照れ笑いが聞こえてきて、聖夜もつられて微笑んだ。

「……残るは後2体ですね」

「ああ……2人とも上手くいってるといいけど」

 聖夜が蝶の光がある方を見ると、黒い鉄の体を持った高次元生物と……その目の前で膝をついている柊が目に入った。

「柊……!」

 聖夜は勢いよく加速して、柊の元へ向かった。
 
「柊!」

「聖夜……来ちゃ駄目!」

「え……?」

 高次元生物に近づいた瞬間、聖夜の体が地面に叩きつけられた。

「うわっ……!?」

 聖夜は起き上がろうとするが、体が重くて起き上がれない。

「なんで……」

「多分だけど……敵の能力。そうですよね、真崎さん?」

『はい。解析結果によると敵の能力は『重力』です!』

「相手は重力を操ってるっていうのか……なら、どうやったら……」

 良い案が思いつかず、聖夜は唇を噛んだ。

『……まずは敵の能力を解除しないといけませんね』

 真崎の言葉に、聖夜は頭を悩ませた。

「能力の解除……それさえできれば、一瞬でも隙があれば……でも、どうやって……」

「……私が隙を作る」

「え!?……できるのか?」

 聖夜は柊の言葉に目を丸くした。しかし、柊は真剣な眼差しを聖夜に向けた。

「やるしかないなら……やってみる。聖夜はその隙に相手を倒して」

「……分かった」

 聖夜が頷いたのを確認して、柊は高次元生物を睨み付けた。

(翔太君に無理しちゃ駄目だって言われたばっかりだけど……一瞬なら、大丈夫だよね)

 柊は高次元生物に手の平を向けた。そして大きく息を吸う。

「『停止』!」

 柊の声が辺りに響き渡り、高次元生物の動きが止まる。その瞬間、2人は重力から解放された。

「聖夜!今!」

「ああ!『加速』!」

 聖夜は加速して敵に突っ込み、そのまま押し倒した。その時、柊のアビリティが解けて高次元生物の目が赤く輝く。すると、再び重力が2人を襲った。

「……っ!負けるもんか!」

 聖夜は重力に負けずに拳を振り上げた。

「この重力を利用して……!『加速』!」

 聖夜の拳が加速され、勢いよく振り下ろされる。重力も相まって普段の倍以上の威力になった攻撃が、高次元生物に炸裂する。

 その瞬間、高次元生物の鉄の体にヒビが入り、バラバラに砕け散った。

「……やったか?」

『高次元生物の反応消滅!やりましたね!2人とも!』

 真崎の声が聞こえて、聖夜は安堵の表情を浮かべた。

「よかった……やったな。柊」

 聖夜は柊の方を見て微笑んだ。しかし、柊は頭を押さえてしゃがみ込んでいた。

「柊……?大丈夫?」

「……うん」

 柊はフラフラと立ち上がると、聖夜に向かって笑顔を作った。

「ちょっと……目眩がしただけ」

「そっか……?ならいいんだけど」

「うん。それより……南日本支部の2人を助けに行かなきゃ」

 柊はそう言って、蝶の光がある方に走って行った。

「柊……いや、俺も行かなきゃ」

 聖夜はその後を追って走った。

 やがて、薄れてきた霧の中に筋肉質な高次元生物と戦う2人の姿を見つけた。

「はぁっ!」

 憂羽は激しい鞭裁きで敵を痛めつける。しかし、高次元生物は怯まずに腕を振り回した。

「憂羽様!」

 優一が盾を持って2人の間に割り込む。敵の攻撃に押されて後ずさりつつも、何とか憂羽を守り抜いた。

「優一、ありがと!」

「当然のことです」

「それにしても、視界が『蝶』に塞がれてるからって……乱暴すぎるわ」

 憂羽は高次元生物を睨んだ。蝶を振り払うのを諦めたのか、腕を闇雲に振り回している。

「これじゃ埒が開かない……」

 憂羽が呟いたその時。

「『遅延』!」

 柊のアビリティで、高次元生物の動きが遅くなった。

「聖夜!」

「ああ!」

 憂羽の横を、聖夜が猛スピードで駆け抜ける。

「食らえ!」

 聖夜の勢いの良いパンチが、高次元生物の頭に炸裂する。ふらりと体勢を崩した高次元生物だったが、再び腕を振り回し始めた。しかし、柊の力でスローモーションな攻撃になっている。

「その程度、躱せる!」

 聖夜は加速して易々と攻撃を躱す。

「聖夜君!」

 優一の声に振り向くと、拳銃が投げ渡された。

「それでトドメを!」

「任せろ!」

 聖夜は高次元生物の頭を狙って発砲した。銃弾は見事に命中し、高次元生物はその場に崩れ落ちる。

『高次元生物の反応消滅!これで全て倒しました!』

「よし!やったな、みんな!」

 そう言って笑いかける聖夜に、優一と憂羽は微笑んだ。

「お二人とも、すごく良いコンビネーションでしたね」

「流石中央支部ね。素直に認めるわ」

「へへ……ありがとな」

 聖夜は照れ笑いして傍らの柊を見た。しかし、柊の顔色は悪く、先程と同様に頭を押さえていた。

「柊、やっぱり具合が悪いんじゃ……」

「ううん、平気……」

「そんな様子で平気なわけないだろ!戻ったら清野さんに診てもらおう。な?」

「……うん」

 力無く頷いた柊を、聖夜は支える。

「……それじゃあ、任務も終わったし俺達は戻るよ」

「ええ……お気をつけて」

「今日はありがとね」

 2人と別れて、ワープパネルへ向かおうとしたその時。

「もう終わりだと思っているのか?」

 聖夜が声のした方向を振り返ると、なんと鉄製の矢が勢いよく飛んできたのだ。

「なっ……」

 聖夜は、それをギリギリで躱して、矢を放った少年を睨み付けた。

「誰だ!」

 聖夜に問われ、小柄な黒髪の少年は怪しい笑顔を見せる。

「僕はウォンリィ。君達を潰しに来た」

「まさか……高次元生物を生み出した未来人か!」

 すると、少年はニヤリと笑って弓矢を放り投げた。そしてポケットからメモ帳とペンを取り出すと、サラサラと何かを描き始めた。

「そう。僕は君達の敵だ」

 その時、突然メモ帳が輝き出し、光る球体が飛び出してきた。球体は空高く浮かび上がり、やがて形を形成する。そしてできたのは……戦闘機。

「僕達の時代はね、こんなのが普通に飛び交ってる世界だった。……君達のせいでね」

 ウォンリィは聖夜達を鋭く睨み付けた。

「だから変える。そのために、ここで特部を潰して、僕達が過去を支配する!」

 ウォンリィがそう言い放った瞬間、戦闘機が射撃を始めた。弾丸の雨が降り注ぐ。

「いけない!『大盾』!」

 優一が咄嗟に巨大な盾を出し、なんとか被弾を免れた。しかし、戦闘機の攻撃は止まない。

「ははは!いつまで隠れてるつもりだい?」

「くっ……」

 聖夜達はどうすることもできず、優一の影に隠れてひたすら攻撃を耐え忍ぶ。

「……いつまでもこのままじゃ駄目だ。なんとかしないと……」

「なんとかって……どうやるんですか?」

「それは……」

『聖夜、大丈夫だよ』

 聖夜が言葉に詰まっていると、通信機から旭の声が聞こえた。

「大丈夫って……何か作戦があるのか?」

『一か八かだけど……私が何とかするから。だから……』

「……分かった。俺達は何をすればいい?」

『少しの間だけでいいから、敵の動きを止めてほしい』

「敵の動きを止める……」

 聖夜は柊に目線を送った。顔色こそ悪かったが、柊は聖夜の意図を汲んで頷く。

「……戦闘機の動きは、私が止める」

「なら俺は、あいつをどうにかする!」

 聖夜はウォンリィを真っ直ぐに見据えた。柊はそれを見て、目を閉じて集中し始めた。

「いくよ聖夜。3、2、1……『停止』!」

 戦闘機の動きがピタリと止まった。機銃掃射が停止して攻撃が止む。それと同時に、聖夜は拳を握りしめ、加速しながらウォンリィに突っ込んだ。

「食らえ!」

「なっ……」

 ウォンリィは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにメモ帳を開いた。すると、聖夜の目の前に光の球体が現れ、刀を持った剣士になった。

「何……!?」

 剣士は聖夜に向かって刀を振るう。それをギリギリで躱すと、聖夜は剣士と距離を取った。

「こんなの……まるでお伽話だ……」

「ふっ……僕の『スケッチ』をなめないでほしいね」

 ウォンリィは不敵に笑った。

「さあ、そいつを倒せ!」

 ウォンリィの声に応えるように、剣士は聖夜との間合いを一気に詰めた。

「っ……『加速』!」

 素早く繰り返される刀の攻撃を躱しながら、聖夜は攻撃の機会を窺う。しかし、剣士には一向に隙が生まれない。

(どうすればいいんだ……!)

 その時だった。

「当たって!」

 1本の矢が、剣士の腕に突き刺さった。痛みのあまり、剣士は刀を持つ手を離す。聖夜が矢の飛んできた方向を見ると、そこにはウォンリィが先程投げ捨てていた弓を持った旭がいた。

「旭!」

 旭は地面に落ちた刀を拾うと、ウォンリィに向き直った。

「お前は……脱走した小娘!」

「あなた達の好きにはさせない……!」

「生意気な……!痛い目に遭わせてやる!」

 ウォンリィはそう言うとメモ帳にペンを走らせた。しかし、聖夜が素早くウォンリィの元へ突っ込んで、その手を蹴り上げた。

「させるか!」
 
「痛……!」

 蹴られた勢いでメモ帳が宙を舞う。それを旭は見逃さなかった。

「これで……!」

 旭は刀を力いっぱい振り、メモ帳を真っ二つに斬った。すると、剣士や弓矢、戦闘機と刀……ウォンリィが描いて生み出した全ての物が塵となって消え去った。

「そんな……僕のアビリティが……」

 ウォンリィはその場に崩れ落ちた。聖夜はウォンリィに合わせてその場にしゃがむと、その目を真っ直ぐに見つめた。

「俺達の勝ちだ。教えてくれ。お前達が、何でこの時代を支配しようとするのか」

「……君達に教える義理はないよ。君達は、黙って僕達に支配されればいいんだ!」

 ウォンリィはそう言うと、隠し持っていた拳銃を聖夜に向ける。

「なっ……」

「僕達は特部を潰す……僕達の未来のために!」

 ウォンリィは拳銃を発砲した。その瞬間、地面から黒い闇でできた壁が現れ、銃弾を遮った。

「このアビリティ……まさか!」

「久しぶりだね。聖夜」

 ウォンリィの背後から、ノエルがゆったりと姿を現した。

「リーダー……何で止めたのですか!?」

「ウォンリィ、往生際が悪いのは、君のいけない癖だね」  

「う……」

 ノエルが冷たく微笑むと、ウォンリィはたちまち青ざめた。それを意に介さず、ノエルは聖夜に歩み寄る。

「聖夜、久しぶりに見たけど……全然変わってないね」

「ノエル……やっぱりノエルは、俺達の敵なのか?」

 聖夜の質問にノエルはくすりと笑った。

「敵か……君達が僕達に刃向かうならね」

 平然とそう言うノエルを目の当たりにして、聖夜の瞳が揺れる。

 信じられなかったのだ。信じたくなかったのだ。あの日、自分を助けてくれた、心優しいノエルが、自分の敵なのだということが。

「何でこんなことするんだ?高次元生物を生み出したのも、高次元生物で人を傷つけようとするのも、全部ノエルの意思なのか!?」

「何を当たり前のことを聞いているの?これは僕達の意思。それ以外あり得ない。僕達の計画を邪魔する人間は、全て潰すのみだ」

「なら……何で俺のことを助けたんだ!」

 聖夜が震える声で尋ねると、ノエルは寂しそうに笑った。

「……似てるんだよ。僕の大切だった・・・人に」

「大切だった人……?」

「そう。特に優しい眼差しがね」

 ノエルはそう言うと、聖夜に右手を差し伸べた。

「聖夜、僕達の仲間にならないか?」

「な、仲間……?」

「そう。悪いようにはしないよ……そうしたら、君の仲間達もこれ以上傷つけないと約束する」

 思いも寄らない提案に、聖夜は言葉を失った。

(仲間になったら、柊や特部のみんなは傷つかなくて済むのか……でも……)

「聖夜、駄目!」

 柊はフラフラとノエルに歩み寄り、その顔を睨み付けた。

「私達の任務は、高次元生物を倒してみんなを守ること。……あなた達のことも、絶対倒すから」

「柊……」

「聖夜、悩むことないよ。私達は……聖夜の仲間は、そう簡単に負けないんだから」

 柊はそう言って、聖夜を力強く見つめる。

「……うん。そうだったな」

 聖夜は頷くと、ノエルの手を払った。

「俺、仲間にはならない。ノエル達が高次元生物でみんなを傷つけようとするなら、全力で戦う」

「……そうか。残念だ」

 ノエルはそう言うと、ウォンリィの肩を叩いた。

「ウォンリィ、帰るよ」

「……はい、リーダー」

 ウォンリィはポケットからキューブを取り出した。すると、辺りが眩しい光に包まれる。

「何だ……!?」

「聖夜、またね」

 光が収まると、そこに2人の姿は無かった。

(ノエルは敵……結局、ノエルがアビリティは争いの元だって言う理由とか、俺達を支配しようとする理由は聞けずじまいだったな……。でも、とにかく止めないと……)

 聖夜が黙り込んでいると、柊が聖夜の頬をつねった。

いひゃい痛い!」

「聖夜、切り替えて!」

「わ、分かった!分かったから離して!」

 柊は手を離すと、聖夜に笑いかけた。

「難しいことは置いといて、私達は私達のするべきことをしようよ」

「……うん、そうだな」

 聖夜は柊に笑い返して頷いた。

「聖夜、柊!」

 旭が2人の元へ駆け寄ってきた。

「お疲れ様……私のオペレーション、大丈夫だった?」

 心配そうに尋ねる旭に、2人は優しく微笑む。

「バッチリだったよ」

「旭、助けてくれてありがとな」

「う、うん!」

 旭は少し照れながら頷いた。穏やかな潮風が、3人の髪を揺らす。海を見ると、夕焼けによって波がキラキラと輝いていた。

「海、初めて見たけど、こんなに綺麗なんだね……」

「旭、折角だし近くまで行って見てくれば?」

 柊の提案に、旭は目を輝かせた。

「いいの?」

「もちろん!ほら、聖夜も一緒に行ってきなよ」

「俺も?柊は?」

「私は……まだちょっと具合悪いから、ここで休んでる」

 明るく振る舞っている柊だったが、確かに顔色が優れなかった。

「柊、1人で大丈夫か……?」

「平気。私より、旭を1人にする方が心配でしょ。ここ、知らない場所だし、海の事故だって怖いし……。旭も、1人じゃ不安だよね?」

 柊に尋ねられ、旭は少し恥ずかしそうに頷いた。

「……そっか。じゃあ行ってくるよ。旭、行こう」

「う……うん!」

 聖夜と旭が高台の階段を降りて行く。その後ろ姿を見ながら、柊は1人その場にしゃがみ込んだ。

(アビリティを使いすぎると、気持ち悪くなる……最近、酷いかも)

 柊の脳裏に、以前任務で見た幻が蘇った。入院する自分に、1人にしないでくれと泣いていた聖夜の顔が頭をよぎる。

(私、聖夜を1人にしちゃうのかな?……いや、聖夜は大丈夫。だってもう1人じゃないもん)

 柊はそう思って自分を安心させようとしたが、何故か胸がズキリと痛んだ。

(聖夜のことは心配しなくて大丈夫……なのに、どうして胸が痛いんだろう……)

「大丈夫?体調でも悪い?」

「え?」

 柊が顔を上げると、憂羽が心配そうに様子を伺っていた。

「あ……だ、大丈夫!」

「そう?じゃあ悩み事?」

「え、えっと……」

「優一も本部に報告しに行ってていないし、女の子同士だし、あたしが相談に乗るわよ」

 憂羽はそう言うと、柊の隣にしゃがみこむ。そんな彼女を見て、柊は意を決して口を開いた。

「あんまり上手く言えないんだけど……聖夜と離れ離れになることを考えると、胸が苦しくなるの。聖夜のこと、1人にする訳じゃないのに……何でかな?」

 柊が尋ねると、憂羽は優しく微笑んで言った。

「簡単じゃない。聖夜の傍に居たいからよ」

「傍に、居たいから?」

「そう!要するに、聖夜のことがすごく大事ってことね」

「大事……でも、このままでいいのかな?」

「いいに決まってるでしょ?だって素敵な事じゃない!」

 憂羽は柊に向かってにっこりと笑った。

「まぁ今日の様子を見た限り、心配しなくても聖夜だってあなたのこと大事に思ってるわよ」

「そう……だね」

 憂羽の言葉に、柊は胸の痛みが引いていくのを感じた。

(聖夜が大事……そっか、私、寂しかったんだ。私が1人にするんじゃなくて、私が1人になるのが怖かったんだ。だから、旭のことも、あんなにモヤモヤしてたんだ……)

 柊は胸に手を当てて、小さく微笑む。

(私は聖夜が大事だし、聖夜も、私のことを考えてくれてる……。旭だって、私にとって優しい友達。2人なら……付き合った後も、きっと私とも仲良しのままでいてくれる、よね)

「解決した?」

「……うん!ありがとね」

 憂羽の言葉に、柊はしっかりと頷いた。

* * *

 聖夜は旭と2人で浜辺を歩いた。夕日に照らされて輝く波を見て、旭は優しく微笑む。

「キラキラしてる……。本当に、綺麗」

「うん。そうだな」

「水、触ってみてもいい?」

「いいけど……飲んじゃ駄目だぞ」

「どうして?」

「すごくしょっぱいんだ」

「ほんと?」

 旭は浜辺の波に触れると、濡れた手を少しだけ舐めてみた。

「わ!……ほんとだ、しょっぱい」

 驚いて目をパチパチさせた後、楽しそうに笑う旭を見て、聖夜もつられて笑った。

「あはは!だから言っただろ?」

「うん……初めて知った」

 旭はそう言って、聖夜を優しく見つめる。蜂蜜色の瞳が、柔らかな夕日の光に照らされて、優しくきらめく。

「聖夜達に会ってから、初めてなこと、沢山見つけたよ」

「そうなのか?」

「うん。ご飯が美味しかったのも、誰かの力になりたいって思ったのも、綺麗な海を見たことも……全部、初めて」

 そう言って、旭は明るい笑顔を見せた。その花開くような可愛らしい笑顔に、聖夜は少し見とれてしまう。

「旭……」

「もっと知りたい。今まで知らなかったものに、もっと触れたい……そう思えるのも、初めて」

 潮風が優しく吹いて、旭の髪がなびく。明るい茶髪が夕日に照らされて、キラキラと輝いた。

「だから、教えて。聖夜の好きな景色、好きな食べ物、好きな物……私も見てみたいから」

 旭の言葉に聖夜は頷き、どこまでも広がる青空のように、穏やかな笑顔で応えた。

「分かった。全部終わったら、いっぱい教えるよ。色んなもの、色んな場所……一緒に見に行こう。約束な!」

「うん!」

 2人の間に、優しい潮風が吹き抜ける。聖夜と旭は、いつか来るであろう未来を心待ちにしながら、互いの笑顔を見つめ合った。

 この約束を果たせる日が、いつになるかは分からない。だが、今はただ、2人笑い合える今があることが幸せだった。

『聖夜君、聞こえる?』

 不意に、通信機から琴森の声が聞こえてきた。

「琴森さん?どうかしたんですか?」

『柊さんと旭さんを連れて、今すぐ戻ってきて!』

「え?何かあったんですか!?」

『今朝の任務まで、もうあまり時間が無いの。とにかく急いで!』

「分かりました……!旭、戻ろう」

「う、うん」

 聖夜と旭は、南日本支部のワープパネルに向かって走り出した。


続き

全話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?