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僕らと命のプレリュード 第41話

 天ヶ原町の海岸近くにある、高台の上の臨海公園。白いタイルの地面に、公園中心にある、髪の長い姫君の青いオブジェクトが映える。この公園は人々の憩いの場であり、いつも多くの人が集っていた。

 しかし、高次元生物が発生した今となっては、普段の平和な様子の面影はない。誰もいなくなり閑散としている公園に、花琳は1人駆けつけた。

「居た……!」

 花琳の目の前にいたのは、蜘蛛の形をした巨大高次元生物。それの頭には、無数の目に加えて、大きな牙がついていた。

 臨海公園の先は、人々が暮らす郊外の住宅街。ここで高次元生物を食い止めなければ、そこに暮らす人々に危険が及ぶ。

 退く訳にはいかない。花琳は覚悟を決め、高次元生物を睨みつけた。

「まずは動きを止める!『蔦』!」

 花琳が右足を踏みしめると、地面から何本もの蔦が生まれた。

「絡んで……!」

 蔦は高次元生物の手足に何重にも絡みつき、その動きを食い止める。高次元生物は蔦から逃れようと藻掻くが、藻掻けば、藻掻くほど蔦がきつく絡みつき、動きが取れなくなる。

(……よし。あとはどう始末するかだけ……)

 花琳は腰から拳銃取り出して構える。

 銃の扱いに慣れていない訳では無い。しかし、この一発で、こんなにも巨大な高次元生物を倒せるかという不安が緊張を呼び起こし、花琳のこめかみに嫌な汗が伝った。

 町の人々の安全のためにも、今ここで、相手を倒さなければならない。そのためには、引き金を引くしかない……!

「これで……!」

 花琳が覚悟を決め、高次元生物の頭に照準を合わせ、引き金を引こうとしたその瞬間。

 何者かが花琳の肩を叩いた。

「銃を下ろして、お姉さん」

「……!」

 鼻にかかった、今、場違いなほど、可愛らしく明るい声。

 エリスだった。

 エリスはにこにこしながら、高次元生物と花琳の間に、ゆったりと立ちはだかる。

 彼女の登場に驚きを隠すことができず、花琳は思わず銃を下ろす。

「っ……!どういうつもり?」

 花琳が問うと、エリスは楽しそうにくるりと1回ターンし、腕を腰の後ろで組みながら、花琳にいたずらっ子の笑顔を見せた。

「この蜘蛛、エリスのなんだ」

「え……?」

「お姉さんごめんね。お姉さんのこと気に入ってるけど……エリス、お姉さんのこと倒さなきゃ」

 エリスはそう言うと、高次元生物に歩み寄り、優しく囁く。

「『あの子を殺しなさい』」

 その声を聞いた途端、高次元生物が更なる巨大化を始めた。

 手足に絡みついていた蔦が千切れ、高次元生物が一歩一歩近づいてくる。

「そんな……」

 花琳は思わず後ずさる。その様子を見て、エリスは高笑いした。

「お姉さん1人じゃ倒せないよね!」

 高次元生物は花琳に向かって勢いよく太い糸を吐いた。

「来ないで!」

 花琳が腕を振ると無数の葉が糸に向かい飛んでいった。葉は糸を切り刻み続けたが、糸は勢いを止めなかった。

 その太い糸に何重にも巻き付かれ、花琳は動きを封じ込められてしまった。

「く……」

 身動きのとれない花琳に、蜘蛛の牙が迫る。

(だめだ……私ここで死ぬの……?)

 花琳が恐ろしさのあまり目を閉じた、その時。

「『氷結』」

 よく通る澄んだ声が辺りに響いた。

 ……刹那、巨大な蜘蛛が一瞬で凍りつき、エリスのすぐ脇に透き通った氷像が出来上がった。

 花琳が恐る恐る目を開けると、見えたのは……白雪の背中。

「砕けろ」

 白雪が指を鳴らすと、氷は蜘蛛ごと砕け散る。

「白雪君……」

 白雪は花琳に微笑み、膝をついて彼女と目線を合わせた。

「遅くなってごめんね」

 白雪は腰のポーチからナイフを取り出し、糸を切った。

「怪我はしてない?」

 花琳は必死に首を横に振る。

「……そう。良かった」

 白雪は柔らかい笑みを見せると、立ち上がってエリスに向き直った。

「君は誰かな?」

「私エリス。特部を潰せって頼まれてるの!」

 明るい笑顔で答えるエリスに対して、白雪もまた微笑みを崩さずに告げる。

「その言葉が本当なら、君を本部に連行しなければならないね」

「あはは!そんなことさせないけど!」

 エリスは笑いながら短刀を構えた。
 
「ひと思いに殺してあげる」

 エリスがものすごい速さで突っ込んでくる。しかし、白雪は動じなかった。

『氷柱』つらら

 白雪が指を鳴らすと、鋭い氷柱が天から降り注ぎ、次々とエリスに襲いかかった。しかし、エリスはそれを難なく躱していく。

「全っ然当たらないね!人間相手だから躊躇ってるの?それとも、限界が近いのかな」

「っ……、げほっ、げほっ……」

 白雪の顔色は真っ青だった。手はかじかんで震え、意識がどんどんと朦朧としていく。

 白雪が膝をついたとき、エリスが短刀を振り下ろした。

「白雪君!!」

 花琳はエリスと白雪の間に割って入った。

「……っ!」

 花琳の腕に短刀が突き刺さる。

 エリスが短刀を抜くと、血がぼたぼたとこぼれ落ちた。

 花琳が腕を押さえて座り込むを見てエリスは高笑いする。

「お姉さん、大して強くないのに無理しちゃって、ばかみたい!」

「花琳……」

 白雪が苦しそうに呻いた。

 その様子を見てエリスは目をキラリと光らせる。

「……あ、いいこと思いついちゃった」

 エリスはそう言うと、花琳の首筋に短刀を当てて言った。

「ねぇ、お兄さん。エリス達の仲間になってよ。そうしたらお姉さんのこと助けてあげる」

「なんだって……」

「だめ!白雪君、私は大丈夫だから……」

「お姉さんは黙ってて」

 白雪を止めようとする花琳の髪を、エリスは上から強く引っ張る。

「いっ……」

「ほら、早く決めてよ」

 エリスは無邪気な笑顔で、しかし声色を低くして白雪に圧力をかける。

 白雪は苦しそうに顔を歪めた。今まで、決して崩れることがなかった、あの柔和な微笑みが……崩壊したのだ。

 その表情を見て、エリスは嬉しそうに笑みを零す。

「やっと心が乱れたね、お兄さん」

 エリスは花琳から手を離し、白雪に近寄った。

「お兄さん変なの。ずっとにこにこしてたけど、心はとっても怒ってた」

 エリスは甘い微笑みを浮かべながら、白雪の頭を撫でる。

「もう我慢しなくていいよ。エリスが楽にしてあげる」

 エリスはそう言うと、白雪に囁いた。

「『誰も貴方に期待なんてしてないよ』」


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