僕らと命のプレリュード 第42話
エリスがそう囁くと、白雪は胸を押さえて蹲った。
「はぁっ……はぁ……」
エリスは優しく微笑みながら、白雪の顔を覗き込む。
「もう押さえつけなくてもいいんだよ?ほら、全部吐き出しちゃいなよ」
「うっ……」
エリスの声に呼応するように、辺りが急に猛吹雪になった。エリスはそれを見て、心の底から楽しそうに、ケラケラと笑う。
「あはは!すごいねお兄さん!『このまま全て出し切って仲間もろとも死んで』」
白雪は凍えそうになりながら、フラフラと立ち上がる。
そして震える手を花琳に向けた。
「……『氷牙』」
すると、花琳めがけて氷の刃が飛んできた。
「……!」
花琳は咄嗟に目をつぶる。
その時、花琳の身体を誰かが抱えた。
「『加速』!」
聖夜が花琳を抱きかかえ、氷の刃を躱したのだ。
「聖夜君……!」
「大丈夫ですか?!」
聖夜が心配そうに尋ねるのに対して、花琳はしっかりと頷く。
「花琳さん、白雪さん!」
後ろから翔太を始めとした他の面々も向かってきた。聖夜は花琳をそっと地面に下ろし、仲間たちの方を見た。
「姉さん!」
海奈は花琳に駆け寄り、その体を支える。
「姉さん、腕が……」
「大丈夫よ。……それより白雪君が」
全員が白雪に目を向ける。
「……ぼ、ぼくは、必要と……されてない……」
白雪の体が徐々に氷で覆われ、変形し始めていた。
左半身が氷によって獣のような形を作る。その表情にはいつものような微笑みは無かった。
「何だかいっぱい集まってきたね!」
エリスは嬉しそうに笑った。
「でも残念。エリスが『洗脳』したから、みんなが死ぬまでお兄さんは止まらないよ?」
エリスはそう言って、わざとらしく溜息をつくと、すぐに笑顔に戻って中央支部の面々に両手を振った。
「後はお兄さんに任せちゃお。ばいばい!」
すると辺りが光に包まれ……エリスの姿が、消えた。
「今の子は……?」
聖夜が尋ねると、翔太は首を横に振る。
「今は白雪さんを何とかするのが先だ」
「……そうだな」
聖夜は頷き白雪を見据える。白雪の瞳に光は無く、苦しみに顔を歪めてこちらを睨みつけていた。
それを揺れる瞳で見つめた後、聖夜は目を閉じて集中する。
(普段とは違う、相手を倒さずに正気に戻す戦い方……)
聖夜は地面に手を置いて呟いた。
「……『加速』」
味方全員の体が、空色の光に包まれ、軽くなる。聖夜は仲間たちを真剣な顔で見渡した。
「白雪さんが力を使い切る前に気絶させよう。どうかな?」
聖夜が問うと、全員が頷いた。
「……よし、行こう!」
聖夜は右手をしっかりと握りしめ、『加速』しながら白雪に突っ込んだ。
「来るな……!」
白雪は苦しそうに顔を歪めながら、氷でできた剣を構える。
「ぼくは……だれよりも強くならなきゃいけない……」
白雪はそう言うと、聖夜に剣を振り下ろした。聖夜はそれを素早く躱し、柊に視線を送る。
「柊!」
「分かってる!『遅延』!」
白雪の動きが、極端に遅くなる。攻めるなら今だ。聖夜は白雪の体に向かって右ストレートを繰り出した。
しかし、攻撃を繰り出したその瞬間。
「……このままじゃ……だめ、なんだ……」
白雪の苦しそうな表情を見て、躊躇いが生まれる。
「え……?」
聖夜が拳の勢いを弱めたその隙に、白雪が剣で彼ををなぎ払った。
「うぐっ……」
聖夜は斬撃を受け、よたりと後ろに倒れ込む。
「聖夜君!」
それを、寸でのところで花琳の蔦が受け止めた。
「大丈夫?」
「なんとか……」
聖夜の上半身には大きな切り傷ができていた。しかし、聖夜は痛みに負けまいと身体に力を入れ、体制を整える。
「っ……、こんなになるまで、どうして俺達を頼ってくれなかったんだ!!」
聖夜の胸の内に、やりきれない感情が込み上げる。聖夜は拳を強く握りしめ、白雪を潤んだ目で睨んだ。
しかし、聖夜の気持ちは白雪には届かない。白雪は聖夜達を睨みながら、右手を高く上げた。
「押し潰されろ……!」
すると、空から巨大な氷塊が降り注いできたのだ。
「ちっ……」
深也は氷塊を躱しながら舌打ちする。
「圧倒的過ぎるでしょ……」
「『激流』!」
海奈が白雪に向けて激流を放つも、全て凍りついてしまい意味を為さない。
「俺達じゃ止められないのか……!?」
海奈が悔しそうに唇を噛む。そんな彼女の頭上に、氷塊が迫っていた。
海奈はそれに気づき、目を見開く。
「しまった……!」
「『かまいたち』!!」
絶体絶命かと思われた、その時。翔太の渾身のかまいたちが、氷塊を砕いた。
「みんな、諦めるな!!白雪さんを人殺しにはさせない!」
翔太は息を切らしながら、それでも大きな声で言い放った。
「まずはこの猛攻を止める……『竜巻』!」
翔太の激しい竜巻が、白雪を閉じ込める。
しかし次の瞬間、剣を持った白雪が、翔太の目の前に現れた。
「俺の竜巻を一瞬で抜け出したっていうのか……!」
「ぼくにかまうな……!」
白雪はそう言うと剣を振りかざした。
「っ……!」
翔太に向かって、剣が振り下ろされる、1秒前。白雪の腕を、新緑の蔦が縛り付けた。
翔太が振り返ると、花琳が、傷ついた腕を必死に白雪へ伸ばしていた。
「お願い白雪君……戻ってきて……!」
そう言って涙を流す花琳を見て、白雪は顔を歪める。
その時、白雪の手から剣が落ちた。
しかし、次の瞬間、花琳の蔦が凍りつき、バラバラに砕け散った。
「凍てつけ……!」
白雪が指を鳴らすと、全員の足が凍りつき、身動きがとれなくなってしまった。
「そんな……ここまで圧倒的なんて……」
聖夜は悔しそうに目を伏せる。
「……『氷牙』」
白雪が生み出した氷の刃が、聖夜達に鋭く迫った。
(くそ……!)
その場の全員が死を覚悟した、その時だった。
「『火炎弾』」
その声と共に真紅の火球が氷の刃にぶつかり、相殺した。
「その声は……総隊長!?」
聖夜が後ろを見ると、そこには千秋が立っていた。
「どうしてここに……」
「隊員を守るのが総隊長たる私の役目だろう。それに……白雪とは、決着をつけなければならないからな」
千秋は白雪を真っ直ぐ見据えた。
「勝負だ。白雪」
白雪は千秋に向かって、憎悪の眼差しを向ける。
「総隊長……僕は、貴方を許さない」
千秋はそんな白雪に向かって不敵に微笑んだ。
「どうした?いつもと違って余裕が無いな。……全然春花に似ていない」
「……っ!」
白雪は挑発する千秋を鋭く睨みつけ、氷の刃を放った。
鋭く光る透明な刃。氷で出来ているとはいえ、当たれば大怪我は免れないだろう。
しかし、千秋は一切の動揺を見せず、白雪を見据えていた。
「通用しない手を二度も使うな」
千秋が地面を踏みしめると、炎の壁が生まれた。赤い炎が、刃を全て溶かしていく。
「ちっ……」
白雪は氷で剣を生み出し、鬼の形相で千秋に斬りかかった。
「貴方のせいで姉さんが死んだんだ!」
激しい憎悪と、悲しみが混ざり合い、ぐちゃぐちゃになった白雪の表情。それを、千秋は切なそうに見つめる。彼は斬撃を躱すことなく、自らの右腕で剣を受け止めた。
剣に切られた右腕から、血が出てくる。しかし、千秋は顔色1つ変えなかった。
自分の傷などどうでもいい。自分の痛みなどどうでもいい。千秋は、自分の怪我には目もくれず、白雪の苦しさに歪んだ表情だけを見つめていた。
「どうして、姉さんを……守ってくれなかったんだっ……!!」
白雪は尚も、泣きながら剣を振りかざす。
「……白雪」
千秋は左手に炎を纏い、それを受け止めた。
剣は炎の熱で徐々に形を失い溶け落ちていく。そして白雪もまた、勢いのまま地面に泣き崩れた。
「どうして……姉さんは……」
凍りついた世界で泣きじゃくる白雪を、千秋はただ、抱き締める。
すると、白雪を覆っていた氷が淡い赤色の炎で溶けていった。
「……ごめん。白雪」
千秋がそう言うと、白雪はそのまま気を失った。
吹雪が止み、全員の足を覆っていた氷が溶ける。
千秋は白雪を抱きかかえ、全員に向けて辛そうに微笑んだ。
「……戻ろう」
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