僕らと命のプレリュード 第9話
怪人を退治した数日後の朝、柊は聖夜の部屋の前にやって来た。今日は2人がパトロールの担当日なのだ。
天ヶ原町は中央支部の拠点であるため、何か事件が起きた場合に任務に支障が出る場合がある。それを防ぐために、問題の早期発見を目的としたパトロールが行われているのだ。
「聖夜、パトロールの準備できた?」
柊は、聖夜の部屋をノックした。しかし聖夜は一向に現れない。
「聖夜?」
柊が繰り返しノックすると、大慌てで聖夜が出てきた。急いで準備をしたのか、制服のマントが少し乱れており、髪の毛が外に向かって跳ねている。
「ご、ごめん柊!寝坊しちゃって……」
「ほんとだ。寝癖ついてる」
「え!どこ?!」
「かがんで」
柊はポケットから櫛を取り出すと手早く寝癖を直した。
「はい完璧!」
「おお~ありがとう柊!」
「ほら、マントも直して。早く行こ」
「うん!」
聖夜はマントを整えつつ、柊と共に玄関を出た。
* * *
天ヶ原町は東京郊外にある小さな町である。裏山があり、海もすぐ近くと、一見するとかなりの田舎だ。しかし、商店街には様々な店が入っているため、町の中だけで生活が完結できてしまう。
2人はその商店街を歩いていた。今日は平日だったが、買い物客で賑わっている。町ゆく人は皆、笑顔だった。
「何事も無さそうだな」
聖夜は辺りを見渡し、微笑んだ。その傍らで、柊がキョロキョロと何かを探す。
「良い匂い……何だろう?……あ!」
柊は匂いの元であろう肉屋を見つけた。店先では、店主の男性が熱々のコロッケを揚げている。
「コロッケ……いいな~」
「そういえば柊、朝ごはん食べたのか?」
「……コンビニのおにぎりとサラダ」
「え、それだけ……?」
「朝はお腹空かないの」
その言葉とは裏腹に、柊のお腹が鳴った。聖夜は笑いを堪えながら柊を見た。
「コロッケ買おうか」
「…………うん」
顔を赤くしながら小さく頷く柊を見て、聖夜はクスリと笑う。聖夜は柊を連れて肉屋の前まで行き、店主に向かって明るく声を掛けた。
「すみません、牛肉コロッケ2つ下さい!」
「はいよー……って、君達、花屋さんとこの子だよな?」
「あ、そうですけど……」
「瀬野さんの所には、いつもお世話になってるんだよ。カミさんが花好きでさ、瀬野さんとこのブーケを買ってくると機嫌がいいんだ。ほんと、瀬野さんは花のセンスが良くてなぁ……」
「へぇ、そうなんですか!夏実姉ちゃんとおばさんに話したら、きっと喜びます!」
「そうかい。じゃ、そのうち伝えといてくれ。はい、牛肉コロッケ、2つで100円ね」
店主は紙袋にコロッケを入れて、聖夜と柊にそれぞれ手渡す。しかし、柊はそれを受け取らずに、店主に尋ねた。
「あの、200円ですよね?1個100円でしょ?」
すると、店主は豪快に笑いながら、柊に紙袋を押し付けた。
「1個オマケしてあげるよ。瀬野さんの店に日頃の感謝を込めてね」
「あ……ありがとうございます」
少し戸惑いつつコロッケを受け取った柊だったが、揚げたてコロッケの美味しそうな衣を見て、ゴクリと唾を飲んだ。やはり空腹だったようだ。
その様子を見た聖夜は、少し笑って、
「冷める前に食べよう。ほら、あっちにベンチがある」
と、柊を促した。
柊は、自分が食い意地を張っていると思われたくないようで、必死に表情を繕いながら頷く。
「じゃ、行こっか。おじさん、ありがとうございました!」
聖夜と柊は支払いを済ませ、店主に礼を言って、商店街広場にあるベンチに向かった。
* * *
商店街中央にある広場。イベント事がある時にはステージが設けられることもあるそこには、ベンチやテーブルが常設されている。先日、高次元生物の騒動があったものの、今日も広場は買い物客で賑わっていた。
2人はベンチに座って、熱々のコロッケを頬張った。余程お腹が空いていたのか、柊は黙々と牛肉コロッケを食べている。
(そういえば、柊って料理苦手だもんな……)
聖夜はふと、昔、柊と2人で火事を起こしてしまったときのことを思い出した。あの日は確か、柊がオムライスを作ろうとして具材を全部焦がしてしまったのだった。しかも運悪く、コンロの近くの布巾に燃え移り、状況はどんどん悪化し、火事に発展してしまった。2人はアビリティ課の職員に助け出され、火事も無事鎮火したため、幸い怪我人は出なかったが、2人揃って大層説教されたのだ。以来、柊は料理に苦手意識があるようだった。
(料理できないから、あんまり食べてないんだろうな……)
聖夜は今度柊に目玉焼きから教えようと密かに決意し、コロッケを頬張った。
続き
全話
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?