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僕らと命のプレリュード 第38話

 花見を終えてしばらくしたある日、聖夜は自室のキッチンで目玉焼きを作っていた。そして、その様子を柊が傍らで熱心に見つめている。

「……はい、これでできあがり。簡単だろ?」

 聖夜は予め野菜を盛り付けておいた皿に目玉焼きをのせて、柊に差し出した。

「すごい……」

 柊は綺麗に焼けた目玉焼きを見て目を輝かせる。

「柊にもできるよ」

 そう言うと聖夜は味噌汁を盛り付け、小さなテーブルに置いた。テーブルに2人分の朝食が並ぶ。

「いただきます」

 2人は行儀良く手を合わせてから、食事に箸をつけた。

「急に呼ぶから何かと思ったら、まさか朝ご飯を作ってくれるなんて……」

 柊がそう言うと、聖夜は笑いながら口を開いた。

「ちゃんと食べてるか心配だったんだ。それに、料理覚えたら柊も何かと便利だろ?」

「……頑張る」

 聖夜の言葉に、柊は苦笑いする。やはりまだ料理に苦手意識があるようだ。

 これから、料理が出来るように頑張らなくては。柊は少し重たい気持ちを誤魔化そうと、聖夜が作ってくれた目玉焼きを口に運ぶ。

 半熟の、少しとろっとした卵の黄身。この焼き加減は、聖夜と柊の好みだった。

(……おいしい)

 柊は顔を綻ばせながら、箸を進める。その向かい側で、聖夜も、もぐもぐと口を動かしていた。

 こうして、2人が向き合いながら食事をするのは、いつぶりだろうか。

 部屋が別れて食事も各自になって以降、2人で食事をするのは初めてだった。

(なんだか、特部に入る前みたい)

 今では、聖夜も柊も、すっかり特部に慣れ、それぞれに任務が与えられることも増えてきたため、これまで当たり前だった2人の時間が大きく減っていたのだ。

「こうやって2人で食べるの久しぶりだな」

 にこにこと笑う聖夜を見て、柊はふと先日の夢を思い出した。

 影に見せられた、病室で横たわる自分と……自分に対して、1人にしないでと涙を流す聖夜の夢。あの悪夢のことを。

(……あの夢の聖夜と、目の前の聖夜、全然似てない)

「ん?柊、どうかした?」

「あ、ううん。なんでもないよ」

 柊は首を横に振り、少し俯いて考え込む。

 柊自身、聖夜があの夢のように泣いたところを見たことが無かった。それどころか、怒るのも稀だ。

「ただちょっと……無理してないかなって」

 柊が遠慮がちに尋ねると、聖夜はいつもの笑顔で答えた。

「してないよ。心配してくれてありがとな」

 その様子に、柊は曖昧に頷いた。

(……気にしすぎかな)

 気持ちを切り替えて、柊が箸を進めようとしたその時。彼女のスマホが鳴った。

「あ、ごめん」

 柊がスマホを確認すると、海奈から電話がかかってきていた。

「もしもし……」

『柊……助けてくれ』

「え!?……今どこ?」

『姉さんの……部屋……』

 それだけ聞こえると、海奈からの電話は切れてしまった。

「どうしたんだ、柊?」

 聖夜の問いに柊は首を傾げながら答えた。

「海奈が危ないかも……」

「え!?今どこに居るんだ?」

「花琳さんの部屋だって」

「早く行かないと!」

 聖夜は慌てて味噌汁を飲み干した。

「先行く!鍵かけといて!」

 聖夜は柊に鍵を投げ渡した。

「あ、ちょっと……」

 柊も急いで朝食を片付けた。

(相変わらず、ばかみたいにいい人なんだから)

 柊はやれやれと苦笑いして、聖夜の後を追いかけた。

* * *

 2人が花琳の部屋に着くと、聖夜はノックしようとして手を止めた。

「あれ、入らないの?」

 柊が首を傾げると、聖夜は慌てて言った。

「男子に部屋入られたら嫌がるかな……」

 たしかに、その可能性はあるかもしれない。柊は遠慮する兄の言葉に頷いてドアノブに手をかけた。

「じゃあ、聖夜はここに居て」

 柊はドアをノックしながら、部屋の中に向かって呼びかける。

「花琳さん、海奈?」

 柊が声をかけていると、ドアがガチャリと開いて、中から涙目の花琳が現れた。

「柊ちゃん……!」

「花琳さん!何かあったんですか?」

「海奈が倒れて……」

「と、とりあえず中入りますね」

 柊が急いで部屋に入ると、海奈が仰向けで倒れていた。

「海奈!?」

「ひ、柊……来てくれたんだな……」

「何があったの!?」

「な……鍋の中を……」

「鍋?」

 柊はキッチンに置かれていた鍋の蓋を開ける。すると、刺激臭が辺りに広がった。

「な、何これ……」

 鍋の中にはどす黒い色をした液体が入っていた。全体的にドロドロとしており、お玉で掬うと、中に黒い固形物が入っていることが分かった。

 この黒いのは何の具材なのか、そもそも食材なのか……柊には検討もつかない。ただ、何とも言えない表情で、柊は鍋を見つめることしかできなかった。

「スープを作ろうとして失敗しちゃって……それを食べた海奈が急に倒れて……」

 花琳は声を潤ませながら、顔を両手で覆う。

「私どうしても料理だけはできないの……」

 柊はその言葉を聞いてすぐ、花琳の両手を勢いよく握った。

 料理が苦手な仲間を見つけて嬉しかったのだろうか。非常事態だというのに、柊の目はキラリと光っていた。

「私もです!!」

「柊ちゃん……!」

 2人で手を握り合っていると、やはり心配になったのか、聖夜が部屋を覗き込んできた。

「な、なぁ大丈夫か……って、すごい匂いだな!?」

「あ、聖夜!良いところに!」

 柊は、聖夜に走りよって、拳を握りしめながら元気に頼み込んだ。

「スープの作り方、教えて!」


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