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僕らと命のプレリュード 第3話

 聖夜と柊が談話室から外に出ると、黒い乗用車が2人を待っていた。

「白雪さん達は!?」

 聖夜が問うと、運転手は冷静に答えた。

「先に行かれました。2人も早く乗って下さい」

 促されて車に乗り込もうとしたその時だった。

「おーい!」

 後ろから真崎が紙袋を持って追いかけてきた。

「2人にこれを!」

 真崎から手渡されたのは青いマントだった。

「これって……?」

 柊が首を傾げると、真崎は言った。

「特部の証みたいなものです!支部ごとに色は違うみたいで、うちの支部は青です。それからこれも!」

 真崎は、紙袋にごそごそと手を突っ込み、2人に黒いデジタル腕時計を手渡す。

「通信機能がついてる時計です。これを使って司令室からサポートしますからね!」

 そこまで言い終えると、真崎はガッツポーズを作って笑顔を見せた。

「2人とも、頑張って下さい!」


 聖夜と柊が商店街に着くと、先に到着していた白雪と翔太が待っていた。

「遅いぞ新入り」

「ああ……ごめん」

 少年にきつい眼差しを向けられ、聖夜は頭を下げる。

「新入りを置いて先に行っちゃったくせに……」

「や、やめろよ柊」

 聖夜は、ぼそりと悪態をつく柊を止めた。それに少しため息をついて、柊は辺りを見渡す。

 すると、商店街の中心に人だかりができているのが目に入った。その中にはスマホで撮影をする者もいれば、怯えて動けなくなっている者もいる。その人だかりの中央にいるのは、二足歩行の魚。魚は凶暴そうな顔で人々を睨みつけている。

「居たね」

 白雪は頷くと、仲間を振り返った。

「全員揃ったね。……あまり悠長なことは言っていられない。始めるよ」

 白雪はそう言うと、琴森に指示を仰いだ。

「琴森さん、状況は?」

 すると、腕時計から琴森の声が聞こえた。

『今は比較的落ち着いているようだけど、いつ暴れ出すか分からないわね。速やかに退治して』

「了解」

 白雪は頷いて、指先を魚人に向けた。

「凍れ……!」

 白雪がそう言うと、魚人の足先が凍りついた。

「ヴヴ……!?」

 魚人は足を動かそうとするが、一歩も動けなくて困惑しているようだった。

 人々の視線が白雪に集まる。

「高次元生物を退治に来ました。早くこの場をはなれてください!」

 白雪の言葉に人々は事態を飲み込んだのか、慌ててその場から立ち去りはじめた。

「ヴー!!」

 魚人は口から泡を吐き出した。多くの泡が商店街の道にふわふわと漂い始める。

『あの泡に触れないように。見た目は泡でも、強いエネルギーの塊だからね。当たれば、骨折は免れないわ』

 琴森の声に聖夜は頷いた。

「分かりました!」

 聖夜が返事をしたのを確認し、白雪が指示を出す。

「聖夜君と柊さんは人々の避難を補助してくれ。翔太は泡を始末して。僕は高次元生物を倒す」

「はい!俺が北側の避難を手伝う。柊は南側の人を助けてやって」

「うん!」

 聖夜と柊は、それぞれ逃げ惑う人たちのもとへ駆け出した。

「こっちです!落ち着いて!泡には触らないで!」

 商店街北口で、聖夜は大きな声で人々を誘導する。

「怖いよぉ……」

「大丈夫だからね……早く行こう」

 女の子と母親が逃げようとしている背後に、大きな泡が迫っていた。聖夜はそれに気づき、素早く二人の後ろに回り込む。

「危ない!」

 泡が、聖夜に迫る。泡に当たれば、骨折は免れないと琴森は言っていた。しかし、守りたかったのだ。自分を盾にしてでも、聖夜はこの母子を守りたかった。

 大怪我をする覚悟を決めて、聖夜が目を瞑ったその時。

「伏せろ!」

「っ……!」

 少年の大きな声が聞こえて、聖夜は慌てて親子を巻き込みながら伏せた。

「『竜巻』!」

 少年の声と共に竜巻が吹き荒れ、辺りを漂っていた泡が一掃された。それを確認した聖夜が立ち上がると、少年が母子のもとへ駆け寄って来るところだった。

「大丈夫ですか?」

 少年が声を掛けると、女の子は泣きながらしゃがみ込んでしまう。

「うう~……やだあ、怖いよぉ……!」

 その様子を見た少年は、先ほどの柊とのやり取りからは想像できない行動に出る。

「大丈夫だ。……兄さんが守ってやる」

 少年は女の子の目線に合わせてしゃがみ込むと、優しく頭を撫でたのだ。

「え……?守って、くれるの?」

「ああ。俺が、君を守るために戦ってやる。だから、君も母さんを守ってやれ。手を繋いで、一緒に逃げるんだ。できるな?」

「っ……、うん!」

 女の子はしっかりと頷き、母親の手を握った。

「お母さん、行こ!」

「うん。……ありがとうございます、特部のお兄さん方」

 母親は2人に向かって会釈をすると、娘と共に走り去っていった。

「あの……ありがとな!」

 聖夜が慌てて礼を言うと、少年は聖夜を軽く睨む。

「泡に触れたら骨折は免れない。お前は守る側なんだ。自分が犠牲になるなんて甘いこと考えるな。今、お前がここで倒れたら、救える人も救えなくなるんだぞ」

「う……ご、ごめん」

「……こっちは大方逃げたな。お前の妹の手伝いに行こう。向こう側だ」

「わ、分かった!」

 2人は商店街の反対側へ向かった。

* * *

 白雪は1人、商店街の中央で魚人と対峙していた。

「ヴヴヴ……!」

 魚人は泡を吹き、あっという間に白雪は泡に囲まれてしまう。

「ヴー!」

 しかし、ニヤニヤと笑う魚人に対して、白雪は微笑みを崩さなかった。初めて聖夜達と出会ったときに見せた、氷のように冷たい微笑み。それを、ただ静かに敵に向ける。

「随分、なめられているようだね」

 白雪は右手を高らかに上げた。

「凍てつけ」

 白雪が指を鳴らすと、泡と魚人を巻き込んで周囲が凍りついた。春の商店街に、美しい氷の彫像が生まれる。白雪は、何が起きたか知る間もなく凍りついた魚人に歩み寄り、その氷に触れた。

「勝負する相手は、間違えないようにしないとね」

 白雪が再び指を鳴らすと、氷が全てバラバラに崩れ落ちた。

「……寒い」

 白雪はその場に座り込み、胸を押さえて小刻みに震える。

「……げほっげほっ」

 深呼吸をして、白雪は溜息をついた。

「……僕には、時間が無いんだ。早く、早く姉さんに追いつかないと……」

* * *

 一方、商店街南口付近では、柊が逃げる人々を庇うように立ちふさがり、泡に対処していた。

「遅れろ……!」

 柊の声に合わせて、空色に包まれた泡がスローモーションになる。柊は泡を食い止めながら、人々に向かって声を張り上げていた。

「早く逃げて!」

 柊の声を聞き、人々は慌てて避難をする。

(この量の泡を止めるのは……きつい)

 柊はその場から動けなかった。アビリティをかける対象が多ければ多いほど、術者の負担も大きくなる。柊自身も泡から離れなければならないのに、足が震えてまともに動けない。

(集中して……1秒でも避難する時間を稼げ!)

 泡が徐々に、柊に近づく。柊の意識も、だんだんと薄れていく。

(駄目だ……もう意識が……)

「おい、あれは……」

 少年が指さした方向に、倒れた柊と柊に迫るいくつもの泡があった。ここから攻撃すると妹も巻き込んでしまう……どうするればいい?少年が頭を悩ませるのを余所に、聖夜は呟くように言った。

「先行く……!」

「は……?」

「『加速』!!」

「おい!待て!」

 翔太の制止を無視し、聖夜は加速した。聖夜の身体を包む空色の光が、流星のように尾を引く。光が置いて行かれるほど、聖夜は速かった。

「柊ー!」

 ぎりぎりの所で聖夜は柊を救い出し、泡から逃れた。

「今だ!」

 聖夜は、避難した路地から少年に向かって叫んだ。

「分かってる……!『竜巻』!!」

 少年の竜巻が泡を一つ残らず破壊する。泡を破壊してすぐ、少年は2人のもとへ駆け寄った。

「大丈夫か!?」

 少年が2人に駆け寄ると、聖夜はふにゃりと笑って言った。

「なんとか……柊も無事だし……」

「……そうか」

 少年は頷いて、そして言った。

「妹が大事なんだな」

 妹が大事……そう言う少年の、聖夜を見る目は明らかに優しいものへと変わっていた。それに気づかないまま、聖夜は少年に頷く。

「ああ。……訳あって今両親が居なくてさ。血の繋がった、唯一の家族みたいなところがあるから、すごく大事だって思ってる」

 聖夜は気を失った柊を見つめて話し続けた。

「君が俺を助けてくれなかったら、今柊を助けることもできなかったんだよな。ありがとう。えーっと……」

「風見翔太だ。……お前らの人を助けようとする気持ち、認める」

「……!」

「でも、自己犠牲は必ずしも正しくはない。第一に自分を犠牲にする癖、早く治せよ」

「うん!」

「……んん。聖夜……?」

 柊が目を覚ましたようだった。ゆっくりと瞳を開けた柊を、2人は心配そうに見つめる。

「柊!」

「大丈夫か?」

「……うん」

 2人の問いかけに、柊は体を起こして頷いた。

「助けてくれたんだね……ありがとう。君が強いの、ほんとだったんだね」

 柊の言葉に対して、翔太は目をそらす。その頬は、少しばかり赤かった。

「風見翔太だ。……さっきは悪かったな」

「私も……ごめん。……はい」

 そう言うと柊は手を差し伸べた。

「仲直りの握手」

「は?」

 翔太はきょとんとした顔をした。まるで柊が何を言っているか分からない……といった様子の翔太を、柊と聖夜は不思議そうに見つめる。

「え、仲直りしたら握手じゃない?」

「翔太はしないのか?」

「し、しないが……」

 たじろぐ翔太の手を、柊は無理矢理掴んだ。

「はい、仲直り!」

「お、おお……」

 顔を赤くした翔太を見て2人は笑った。

「みんな、ここにいたんだ」

 白雪が3人を見つけて笑った。手がかじかんでいるのか、白雪は両手を擦りながら3人に歩み寄ってくる。

「仲直りできたみたいだね」

「白雪さん、これは……」

 慌てる翔太に白雪は微笑んだ。

「高次元生物は始末した。後は警察の方で処理してくれる」

『みんなおつかれさま。帰還して』

「了解。さあ、みんな帰ろう」

 白雪の言葉に3人は頷いた。

4話(続き)

1話


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