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僕らと命のプレリュード 第59話

* * *

 聖夜達が中央支部に戻ると、琴森が待ち構えていた。

「琴森さん!今朝の任務って……朝丘病院の任務ですよね?」

 聖夜が尋ねると、琴森は真剣な顔で頷いた。

「そうよ。さっき総隊長が、アビリティ課の準備が出来次第、すぐに任務を開始すると指示を出していたわ」

「そうなんですね……。他のみんなは?」

「もう談話室で待機してるわ。あなた達もみんなと一緒に待機して」

「分かりました。……でも、その前に柊を医務室に連れて行かないと」

「あら、柊さん……体調悪いの?」

 琴森が心配そうに柊を見る。すると、柊は苦笑いして頷いた。

「……少しだけ」

「そう……なら、柊さんは医務室に行っていいわ。聖夜君と旭さんは談話室で待機して」

「了解。柊……無理するなよ」

 聖夜は心配そうに柊に釘を刺す。

「分かってる。……大丈夫だよ」

「……柊。本当に、大丈夫?」

 旭も不安げな顔で、柊を見つめていた。
 
「旭もそんな顔しないで。大丈夫だから。じゃあ、後でね」

 柊はそう言って、医務室へと歩いて行く。その背中を、2人は心配そうな表情で見送った。  

「……旭、心配だけど談話室に行こう」

「うん……」

 聖夜と旭は、柊と別れて談話室へ向かって歩き始めた。

「旭、談話室行くの初めてだっけ?」

「うん。ここに来てから色々あったから……。どんな所?」

「うーん……温かい雰囲気の場所かな。よくみんなで集まってお茶したり、話したりしてるよ」

「……いいね、それ」

 旭はそう言って微笑んだ。それを見た聖夜もつられて微笑む。

「だろ!今はそれどころじゃないかもしれないけど……色々落ち着いたら、旭も一緒にお茶しような」

「うん。楽しみにしてるね」

「ああ……ほら、着いたよ」

 聖夜は談話室の扉を開けた。すると、室内に居た他の隊員達と目が合う。

「聖夜と……旭、だったよな?」

 入口の近くに居た翔太が、2人に歩み寄ってきた。声をかけられ、旭は慌てて背筋を伸ばす。

「は、はい!」

「……次の任務では、よろしくな」

「はい!よろしくお願いします!」

 旭は翔太にぺこりと頭を下げた。翔太はそれに少し微笑む。

「……2人とも、とりあえず座ったらどうだ?」

「うん。そうする」

 翔太に促され、聖夜は旭と共に空いている席に座った。

「柊は?」

「医務室に行ってる……具合悪そうだったから」

「そうか……」

 表情を曇らせる翔太を見て、聖夜は心配かけさせまいと笑顔を作った。

「心配してくれてありがとな。でも、柊も大丈夫だって言ってたし……」

 しかし、翔太の表情は晴れない。聖夜の目には、何か思い詰めているように見えた。

「翔太……どうかしたのか?」

「……聖夜」

「ん?」

「聖夜、聞いてくれ。柊は、もしかしたら……」

「あ、みんな!テレビ見ろ!テレビ!」

 翔太が何か言いかけたとき海奈が皆に向かって叫んだ。

「テレビ……?」

 聖夜が談話室のテレビに目をやると、そこには総隊長の千秋が映っていた。

「総隊長!?」

 思いがけない千秋の登場に、聖夜は目を丸くした。

 テレビに映るテロップには、『緊急記者会見!高次元生物の真相。誰かの陰謀か?』と書かれている。

「これって、もしかして今朝の動画が……」

「ああ。もう話題になっているようだな……」

 しばらく見ていると、記者からの質問が聞こえてきた。

『高次元生物は、動画に映っていた人物が作り出したのですか!?』

『はい。おそらく、そうです』

 記者の質問に、千秋は真剣な表情を崩さずに答える。

『では、あの少年が言っていたことは事実なのですか?』

『……その可能性が高いです。こちらにも証人が居ますから』

 千秋の答えに、画面の向こうからざわめきが聞こえた。

『このまま、我々は支配されてしまうのでしょうか……特部は何か対策を取っているのですか?』

『ええ。……勿論です』

 千秋は毅然とした態度で頷いた。

『アビリティ課とも協力して、敵の本拠地を叩きます。特部は長きに渡って高次元生物から人々を守るために戦ってきました。……今回も、負けるつもりはありません』

 千秋の真剣な言葉に、記者達が静まり返る。

『必ず、皆さんを守るとお約束します』

 千秋がそう言うと、画面の向こうから拍手喝采が聞こえてきた。

 しばらくして中継が切れ、普段と同じニュース画面に切り替わる。

「……総隊長の言う通りだ!」

 聖夜は勢いよく立ち上がり、隊員達を見た。

「全力で戦って……ノエル達を止めよう。それで、これ以上高次元生物で傷つく人が居ない世界にするんだ!」

 聖夜の言葉に、その場に居た全員が頷いた。

「……うん。そうだね」

「俺達の本気、見せてやらないとな!」

「ええ。頑張りましょう!」

「き、緊張するけど……頑張る……」

「……言われなくても、そうするつもりだ」

 皆から同意され、聖夜はニッと笑った。

(……もう迷ってられない。俺は特部なんだ。高次元生物からみんなを守るために、戦い抜いてみせる)

 聖夜は心の中で覚悟を決め、真剣な顔で頷いた。そんな聖夜の様子に、旭は思わず見とれる。

(やっぱり聖夜って、キラキラしてる。『未来予知』で視たとおり……かっこいい)

 その時。

『アビリティ課から連絡が来ました。隊員の皆さんは、朝丘病院に向かって下さい!』

 真崎による放送が聞こえ、全員が立ち上がった。

「みんな、行くよ」

 白雪の言葉に全員が頷き、ワープルームへ急いだ。

* * *

 一方、柊は医務室で清野と向かい合わせに座っていた。

「……では、アビリティを使い過ぎると体調を崩すんだね?」

「はい」

 柊が頷くのを見て、清野は眉間にしわを寄せた。普段表情を変えない清野の思いがけない様子に、柊は首を傾げる。

「清野さん?すごい顔ですけど、どうかしたんですか?」

 すると、清野は真剣な顔で柊を見つめて口を開いた。

「……単刀直入に言う。柊さん、もう戦うのは止めるんだ」

 唐突な言葉に、柊は戸惑う。

「え……そ、そんな急に……どうしてですか?」

「高能力症候群……HASの疑いがあるからだ」

 清野の答えに、柊は目を丸くした。

「HAS……白雪さんと、同じ……?」

「ああ、それも急性のね。急性は突発的に症状が出るから、体への負担が先天性の倍なんだ」

「そんな……何かの冗談ですよね?」

 柊は震える声で尋ねたが、清野は首を横に振った。普段の飄々とした雰囲気はどこにもなく、重苦しい空気が部屋の中に漂う。

「……私は専門医ではない。だが、すぐに病院で検査してもらって適切な処置をするべきだ。これは命に関わる問題だからね」

「命に、関わる……」

 重たい言葉に、柊は何も言えずに俯いた。医務室の中に、沈黙が流れる。

 その時。

『アビリティ課から連絡が来ました。隊員の皆さんは、朝丘病院に向かって下さい!』

 真崎のアナウンスが聞こえてきて、柊は静かに立ち上がった。

「柊さん……!」

「清野さん……ごめんなさい。でも私、皆を守るために戦いたいんです。最後まで……誰かのために頑張りたい。それが私にできる唯一のことだから!」

 柊の真っ直ぐな瞳に射貫かれ、清野はしばらく固まっていた……が、すぐに引き出しから錠剤を一錠取り出すと、柊に手渡した。

「……HASの薬だよ。今は弱い物しかストックがないから気休めにしかならないけど、無いよりはマシだ。」

「……いいんですか?」

「ああ。止めても無駄みたいだからね」

 清野はそう言って、諦めを覗かせた笑顔を柊に向けた。

「……ありがとうございます!」

 柊は清野から薬を受け取ると、駆け足で医務室から出て行った。部屋に取り残された清野は、ふと窓の外を見る。外はもうすっかり日が沈み、星空が広がっていた。

「……特部の隊員って、どうしてこんなに無茶するんだろうね」

 清野の脳裏に、大怪我や病気で特部を去らざるを得なかった隊員達の顔が蘇る。

「私にできる唯一のことか。そんなことないのに」

 先程の柊の言葉を思い出し、清野は少し苦笑いを浮かべた。

「……私も、私にできることをやりますか」

 清野はそう呟いて、病院へ電話をかけた。

* * *

 聖夜達が朝丘病院に着くと、アビリティ課の隊員達が大勢待機していた。その中に司の姿を見つけ、聖夜は慌てて駆け寄った。

「司!」

「あ、聖夜!久しぶり」

「久しぶり!司も来てるってことは、訓練生も参加するのか?」

「うん。救出の手伝いだよ。何人の人が捕まってるか分からないからって……」

「そっか……あんまり無茶するなよ」

 聖夜は心配そうな顔を向けたが、司は力強い笑顔を向けた。

「大丈夫だよ。これでも訓練してるから!」

 その笑顔を見て、聖夜は少し安心して頬を緩める。すると、突然何者かが聖夜の背中が叩いた。

「うわっ!誰だ?」

 聖夜が振り返ると、柊がニッと笑って立っていた。

「私だよ!司君、久しぶり」

「柊!久しぶり!」

「アビリティ課、向こうで集合してたけど大丈夫?」

「え!?」

 司が慌てて振り返ると、確かにアビリティ課隊員が集合して、隊長の話を聞いていた。その集まりの中には旭の姿もあり、建物の説明をしているようだった。

「ほんとだ!僕もいかないと……じゃあね!」

 司はそう言うと、大急ぎで他の隊員達の元へ向かった。

「……柊、体調は大丈夫なのか?」

 聖夜は不安そうに尋ねる。すると、柊は笑顔で頷いてみせた。

「大丈夫。薬貰ったし、戦えるよ」

「そっか……でも、本当に無理しちゃ駄目だからな!」

「うん。分かってるよ」

 柊は笑顔で答えたが、聖夜の目には無理をしているように映った。

(柊……本当に、大丈夫なのか?)

 聖夜が心配そうに柊を見つめていると、アビリティ課へ建物の説明を終えた旭が駆け寄ってきた。

「聖夜、柊!」

「旭!どうかしたのか?」

「2人に約束しなきゃいけないことがあって……」

「約束?」

 聖夜と柊が首を傾げる中、旭は小さく頷く。

「2人を、宵月博士に……お父さんに、会わせるって約束する」

 旭の言葉に、聖夜と柊は顔を見合わせた。

「俺達を、父さんに……」

「そうだ。お父さん、この中に捕まってるんだ……」

 聖夜は建物を見た。廃病院にも関わらず、不気味にも灯りがついている病室の中。あの中のどれかに、自分達の父親が捕まっている。その事実に、聖夜は身を引き締めた。

「……分かった。旭、俺達を父さんの所へ連れて行ってくれ」

「よろしくね、旭」

「う、うん!私、全然戦えないけど……頑張る」

 緊張しながら頷く旭を見て、聖夜は安心させようと微笑んだ。

「大丈夫。俺が旭のことを守るから」

「え……ありがとう」

 聖夜の優しい言葉に、旭はふわりと微笑んだ。それを見た柊も、つられて微笑む。

 その時、通信機から千秋の声が聞こえてきた。

『こちら特部総隊長、志野だ。間もなく作戦を開始する。特部隊員は旭と共に先行して建物の中へ。敵を見つけ次第倒して本部へ連行してくれ。何かあったら、すぐに連絡するように』

「了解!」

「……みんな、私についてきて」

 旭の言葉に特部隊員は頷き、正面から病院内へ入っていった。

* * *

 病院のエントランスに着くと、そこにはノエル達5人が待ち構えていた。

「ノエル……!」

「やあ、聖夜。わざわざ来てくれたんだね」

 ノエルはそう言ってにっこりと微笑んだ。その怪しげな笑顔を見て、隊員達が身構える。

「ああ……そんなに身構えなくても、僕達に君達を傷つける意思はないよ」

 その言葉を聞いて、翔太はノエルをきつく睨んだ。

「どういう風の吹き回しだ!」

「ふふ……僕達の事情を分かってくれれば、君達の気持ちも変わるかもと思ってね」

「事情だと?」

「そう……よく聞いてほしい」

 ノエルは微笑みながら手を掲げた。すると、エントランスが闇で包まれ、闇が街の形を形成した。

「僕達は未来から来た……僕達の時代はね、アビリティを応用した技術が発展して栄えていたんだ」

 闇が高い建物を形成し、大勢の人々も作り出した。人々は皆笑顔で、街を行き交っている。

「でもね、平和は長くは続かなかった」

 ノエルがそう言うと、突如として空に戦闘機が現れた。燃やし尽くされ、崩れていく街。そして、兵士達によって倒されていく人々。

「戦争が始まったんだ。技術力が発達しすぎて、人々はその力試そうと戦争を始めた。アビリティはすぐに戦争の道具となり……大勢の人を殺した」

 やがて、あれ程栄えていた街が更地となり、人々が消えた。ノエルはその様子を寂しそうに見つめ、やがて口を開いた。

「アビリティを応用した技術。そして、アビリティが、僕達の時代を壊したんだ」

「そんな……」

 言葉を失っている聖夜達に、ノエルは冷たく微笑んだ。

「僕達はその戦争の生き残りだ。だから僕達には……未来を変える義務がある」

「だから……過去を支配しようとするのか?」

「その通り。もう過ちを繰り返さないように、人々にアビリティの恐ろしさを叩き込んで矯正する。その上で僕達が、アビリティによる犯罪が急増した、歴史のターニングポイントであるこの時代を支配する。未来を変えるために……当然のことをしていると思わないか?」

「それは……」

(ノエル達の未来を守るためには、俺達が諦めて支配されるしかないのか?)

「そんなの間違ってるよ!」

 何も言えずにいた聖夜の隣で、柊が声を上げた。

「技術力を使って人を高次元生物に変えて、その力で過去を支配する?そんなの、戦争を起こした人達と変わらない!」

「柊……」

「確かにあなた達は未来で大変な思いをしたんだろうけど、あなた達には賛同できないよ!」

 柊の言葉に、他の隊員も頷いた。

「……僕達の意見は変わらない。説得して降参させるのは、諦めた方がいいよ」

 白雪はそう言ってノエルを真っ直ぐ見据えた。

「……そうか。残念だな」

 ノエルは『闇』の能力を解除する。闇が消え去り、エントランスが元通りになった。

「やはり、君達は倒すしかないらしい……ウォンリィ」

「はい。リーダー」

 ノエルに促されたウォンリィが、手に持ったスイッチを押した。すると病院中にサイレンが鳴り響き、階段やエレベーターから白い制服姿の兵士達が駆けてきた。

「侵入者だ。倒せ」

 ウォンリィがそう言った途端、兵士達は腰に装備していた銃を構え、発砲を始めた。

「『氷壁』!」

 白雪は咄嗟に氷の壁を作り防御を固める。銃弾が氷にめり込み、ミシミシと音を立てた。

「ノエル……!」

 聖夜はノエル達の方を見たが、ノエルはふっと微笑み、仲間を連れて奥の廊下へと姿を消した。

「白雪さん、ノエル達が……」

「ああ……だけど、今は目の前の敵に集中するんだ。氷壁も、あまり長くはもたない……皆、体勢を立て直して攻撃の準備を!」

「……了解」

 聖夜は地面に手を当てて集中した。

(ノエル達に追いつくために、まずはこいつらを倒すんだ……!)

「……『加速』!」

 『加速』がかかり、特部全員の体が軽くなる。聖夜達はそれぞれ身構え、攻撃体勢をとった。

 やがて氷壁が砕け、銃弾が貫通する。

「『渦潮』!」

「『竜巻』……!」

 その銃弾を2人の激しいアビリティが受け止めると、渦潮と竜巻が融合し、兵士達を飲み込み始めた。

 前線にいた兵士達は巻き上げられたが、すぐに次の兵士が現れる。

「ぜ、全然きりが無い……!」

 深也が怯えた表情を浮かべる。そんな彼に向かって、海奈は力強く声を掛けた。

「落ち着け、深也!見たところ、敵の行動は単純だ。なら、何度来ても俺と翔太で対応できるだろ!」

「ああ。だが……いつまでもこうしている訳にもいかない。何か良い案は……」

 翔太は、顔を歪めながら頭を悩ませる。実際に、兵士達は次々と押し寄せてきて隊員達を囲んでいた。

 それを見た白雪は、すぐに仲間に指示を出す。

「僕と花琳が敵の動きを止める。2人は引き続き攻撃をして。聖夜君達は僕達と一緒に来て敵を叩くんだ」

 白雪の言葉に、聖夜達は頷いた。

「はい!分かりました」

 聖夜達は白雪の後を追って敵陣に突っ込む。

「『氷結』」

「『蔦』!」

 白雪が敵の体を凍らせ、花琳の蔦が敵を縛る。その隙に、聖夜は手近な兵士の頭を高速で蹴り上げた。

「はぁっ!」

 蹴り上げられた兵士が勢いよく倒れる。その傍らで、深也も銃で兵士に応戦していた。

「マジで終わりが見えないけど……やるしかないね」

「ああ……そうだな!」

 聖夜は頷いて深也と背中合わせに構えた。

 その時。

「聖夜……!」

 翔太達の影に隠れていた旭が、聖夜に駆け寄ってきた。

 その姿を捉えた兵士達が、旭に向かって発砲する。

「旭!」

 聖夜は加速して旭の元へ飛び出し、彼女を庇うように抱いて床に転がり込んだ。躱された銃弾が窓に当たりガラスが割れる。

「旭、大丈夫か!?」  

「う……うん」

 聖夜は起き上がると、旭を抱き起こした。

「よかった……急にどうしたんだ?」

「宵月博士が、危ないの!」

 旭が必死の表情で訴える。それ受けた聖夜ら目を見開いた。

「父さんが……!?『未来予知』か?」

 聖夜の質問に旭は頷いた。

「早く……早く博士の所に行かないと!」

「ああ……でも……」

 聖夜と旭の周囲は、すっかり兵士達にかこまれてしまっていた。

(この数を一度に倒すのは難しい……どうすれば)

 聖夜に悩む時間を与えまいとするかのように、兵士達が発砲する。

「くっ……」

 聖夜は旭を抱き締めるようにして庇い、目を瞑った。

 その時。

「『遅延』!」

 柊の声が響き渡り、兵士達と銃弾の動きが遅くなった。速度を失った銃弾がパラパラと落ちていく。

「聖夜、旭!」

 柊は聖夜と旭に駆け寄り、2人に手を差し伸べた。

「大丈夫?」

「うん……助かったよ」

「ありがとう、柊……」

 2人は柊の手を掴んで立ち上がった。

「柊、宵月博士が……」

「うん。聞こえてた。……早く助けに行きたいけど、まずはここを何とかしないと……」

 柊が助けに入ったとはいえ、聖夜達は依然として兵士に囲まれたままだった。

「『停止』させて突破するしかないか……」

 柊がそう呟くと、旭が柊の腕を掴んだ。

「柊、駄目!」

「え……?」

「無理したら駄目……そんなことしたら柊の未来が……」

「私の未来?どういうこと……?」

「っ……それは……」

 旭は言葉に詰まって俯く。そうしている間に、兵士は発砲の姿勢に入っていた。

「……やっぱり、やるしかない!」

 柊が構えたその時。

「『竜巻』!」

 3人を取り囲んでいた兵士達が竜巻に巻き上げられた。竜巻が止むと、兵士達は次々に落下して動かなくなる。

「翔太君!」

「旭が言ってた宵月博士……お前達の親父さんだろ!?」

 翔太は聖夜達に向かって叫んだ。

「うん……そうだけど」

「なら、行け!ここは俺達に任せろ!みんな、いいよな!?」

 翔太の言葉に、他の隊員が頷く。

「僕が突破口を開く……『氷結』!」

 白雪が指を鳴らすと、階段周辺の兵士達の体が凍り付いた。

「さぁ、早く行くんだ!」

「翔太、白雪さん、みんな……」

「……ありがとうございます!」

「聖夜、柊、こっち!」

 聖夜と柊は、旭の背中を追って階段を駆け上った。2階を駆け抜け……3階に到着する。

 アビリティ課によって避難させられたのか、病棟の人気は少ない。しかし、廊下の突き当たりにある病室の前で、倒れている人影があった。

「あれは……司!?」

「司君!」

 3人は司に駆け寄った。司は辛うじて起き上がると、聖夜と柊を見て安心した表情を浮かべる。

「聖夜、柊……」

「大丈夫か!?」

「僕よりも……この病室の中の人が……」

「この病室……宵月博士の!」

「何だって!?」

 聖夜と柊は病室の扉を見た。扉から黒い闇が漏れ出ている。

(……この先に、父さんが居るんだ)

 聖夜は覚悟を決め、柊と旭と顔を見合わせて頷いた。

「……柊、旭、行こう」

「うん」

 聖夜は病室の扉を開けた。

 病室の中は闇で包まれ、黒い狼達が白衣を着た男性を囲っていた。その脇で、ノエルが微笑みながら男性を見ている。

「さぁ、ついてきてもらうよ。宵月明日人」

「く……」

「父さん!」

 聖夜が叫ぶと、明日人は目を丸くした。

「聖夜……?聖夜なのか?」

「……やはり来たね。聖夜」

 ノエルは聖夜に掌を向けた。すると、狼達が一斉に聖夜へ襲いかかる。

「『加速』!」

 聖夜は狼を躱しながら明日人に駆け寄った。

「父さん、大丈夫!?」

「ああ……それより、どうして、ここへ……」

「決まってるだろ!助けに来たんだよ!」

「……!聖夜、後ろだ!」

 明日人に言われて振り返ると、狼が飛びついてくるところだった。

「なっ……」

「『停止』!」

 柊が咄嗟に叫び、狼が空中で停止する。

「っ……お父さん……!」

 柊は少しふらつきながらも明日人の元へ駆け寄った。

「柊……なのか?」

「自分の娘の顔も忘れちゃった?まぁ、もう8年も会ってないから仕方ないか……」

 柊はそう言って苦笑いした。
 
「聖夜……柊……」

 明日人の目に涙が浮かぶ。

「もう会えないと思っていた。合わせる顔がないとも思っていた。……でも、会いたかった」

 明日人はそう言って2人を抱き締めた。その様子を見て、旭は優しく微笑んだ。

「宵月博士……」

「旭……ありがとう」

「はい!」

 旭は笑顔で返事をする。

「……話したいことは沢山あるけど、まずはここを出ないと。アビリティも切れちゃうし」

 柊の言葉に聖夜は頷く。しかし、明日人は首を横に振った。

「待ってくれ……まだ、やらなければいけないことがあるんだ」

「やらなきゃいけないこと……?父さん、それって何?」

 聖夜が尋ねると、明日人はポケットから小さな端末を取り出した。

「……この施設を、爆破する」

「爆破!?」

「ど、どうして……?」

 突飛な発言に3人は戸惑いの表情を浮かべたが、明日人は真剣な様子で答えた。

「高次元生物を生み出すこの施設を破壊すれば、これ以上高次元生物は生まれなくなり……ノエル達の計画も崩れる」

「それは……確かに……」

「でも、爆弾なんてどうやって仕掛けるの?」

 柊が首を傾げると、明日人は得意気に微笑んだ。

「この施設の設備を整える際に取り付けたんだ。後はこの端末で遠隔操作するだけだ」

「さ、流石です博士……」

 旭が明日人に賞賛の眼差しを向ける。

「ありがとう。だが、その前に……タイムマシンを奪還しなくてはいけない」

「タイムマシンが、ここにあるのか?」

「ああ。病院の地下駐車場……そこにある」

「じゃあ、それを取りに行って、皆に退避命令を出してもらえばいいんだな!」

 聖夜がそう言うと、明日人は頷いた。

「……だそうです。総隊長、聞こえてましたか?」

 柊が通信機に呼びかけると、司令室と繋がる音がして、千秋の声が聞こえた。

『ああ、すぐに退避命令を出そう。それから……明日人さん、話したいことが沢山あります。無事に帰ってきて下さい』

「千秋……」

『夏実と眞冬と……待ってますから』

 それだけ言うと、千秋は通信を切った。

「……父さん、行こう」

「ああ……そうだな。こっちだ」

 聖夜達は明日人の後を追って、病室を飛び出した。

 4人は廊下を走り、階段を駆け下りる。1階を降り、手術室の前に差し掛かった時だった。

「やめてくれ!助けて!」

 手術室の中から、大きな声が漏れ聞こえてきた。

「まだ人が居るのか!?……柊!」

「うん……助けよう!」

 2人は手術室の扉を開けた。すると、白い兵士手術台に押さえつけられ、薬品を注射されている男性が目に入った。

 注射をされた男性の体が、みるみるうちに醜く変形していく。肌の色が黄色く変わり、服が破け、体が大きくなっていく。その異様な光景に、聖夜と柊は言葉を失った。

「う……嘘だろ……」

「ほんとに……人間が高次元生物に……」

 やがて高次元生物が起き上がり、聖夜達に雷を放った。

「聖夜、柊!」

 旭が立ち尽くしている2人の腕を引き、雷を避けさせた。

「旭……」

「2人とも、しっかり!今はタイムマシンを取り戻して、逃げよう!」

「……うん。そうだな」

「旭、ありがとう」

 2人は頷き、旭と共に先を走る明日人を追った。走り続け、遂に地下駐車場に辿り着く。

 そこには、1両の電車の形をしたタイムマシンが駐まっていた。

「あれが……タイムマシン!」

「ああ、そうだ。あれを動かすぞ!」

 聖夜達はタイムマシンに向かって走り出した。しかし、その時。

 パァン!

 銃を発砲する音が聞こえて、聖夜達は立ち止まった。

「動かないでもらおうか」

 振り返ると、ノエルが狼と兵士を引き連れて仁王立ちしていた。兵士は銃を構え、発砲する姿勢を取っている。

「ノエル……!」

「そのタイムマシンと、宵月明日人を返してくれないか?僕達が未来へ戻るのに必要なんだ」

「返すって……もともとあなた達の物じゃないでしょ?絶対嫌だから!」

 柊はノエルを睨みながら言い放った。

「そうか……なら、実力行使に出るしかないね。……撃て」

 ノエルの声に合わせて、兵士達が発砲する。しかし、弾は空中で勢いを失い、パラパラと落ちていく。

「『遅延』だ!」

 明日人のアビリティが、銃弾と兵士達の動きを遅らせていた。

「父さん……!」

「3人とも今のうちにタイムマシンに乗って逃げるんだ!『時』の能力を持つ聖夜と柊なら、タイムマシンを動かせる!」

「何言ってるんだ……父さんも一緒に!」

 聖夜が必死に訴えるが、明日人は微笑むだけだった。

「父さん……」

 明日人の手を引こうとする聖夜を、柊は止めた。

「……聖夜、行こう」

「父さんを置いて行けって言うのか!?柊はそれで平気なのか!?」

「平気じゃないに決まってるでしょ!!」

 柊は涙を堪えながら言い返した。

「私だって嫌だよ……。でも、ここで全員が捕まる訳にはいかないの!だから……お父さんのこと、信じよう?」

「柊……」

 聖夜は明日人の背中を見て……頷いた。

「父さん、また会うんだからな。絶対……死んじゃ駄目だからな!」

「……ああ」

 明日人が静かに頷く。それを見て、聖夜はタイムマシンに乗り込んだ。それに旭と柊も続き、柊が操縦パネルを操作し始めた。

「旭、柊、行こう」

「うん……行くよ!」

 柊がタイムマシンを起動させると、地下駐車場からその姿が消えた。

「……行ったか」

 明日人はそれを確認し、アビリティを切った。

 ノエルはそれに気がつき、明日人に対して哀れみの込められた笑顔を見せる。

「子どもを守るために犠牲になるっていうのか?宵月明日人……」

「……ああ。だが、私もただでは捕まってやらない」

 明日人は端末を操作し、爆弾を起爆させた。

 ドーン!と大きな音を立て、建物が徐々に崩れ始める。

「なっ……」

「お前達の計画は、ここで終わりだ」

「チッ……」

 ノエルは舌打ちし、キューブを取り出した。

「こんなことをしても……僕達は諦めないよ」

 ノエルはそれだけ言い残すと、キューブの出す光と共に姿を消した。

「……聖夜、柊」

 崩れる建物の中で、明日人は我が子の名前を呟いた。

「傍に居てやれなくて……すまない」

 その時、地下駐車場近くで爆発が起き、兵士が飛んできた瓦礫に押しつぶされた。地下駐車場も崩壊が始まる。

「しおり……不甲斐ない私を、許してくれ……」

 亡き妻のことを思い出しながら、明日人は固く目を閉じる。

 すると、瞼の裏に、走馬灯のように彼女との思い出が映し出されてきた。

* * *

 聖夜と柊が小学生になった年。しおりは個室の病室に移された。

 体もどんどんと痩せていき、起き上がることすら難しい彼女の元へ、明日人は毎日のように見舞いに行っていた。

 クリスマスを直前に控えた、ある平日の昼間のこと。しおりは、明日人に微笑みながらこう告げた。

「私、明日人君と結婚して良かったなぁ」

 妻の突然の言葉に、明日人は驚いた表情を浮かべる。

「どうしたんだ?急に……」

 戸惑う明日人に対して、しおりはクスっと笑う。

「冗談だと思ってるでしょ」

「いや、そう言う訳じゃないが……ただ、改めて言われると意外というか、驚くというか」

「ふふっ……。もう、もっと自分に自信を持って」

 しおりはそう言うと、力が入らない手を必死に動かしてながら、明日人の手に自分の手を重ねた。

「先天性能力細胞肥大症。この病気があったから、小さい頃から私、いつまで生きれるか分からなかった。でも、明日人君が支えてくれたから、子ども達に出会えるまで長生きできたんだなって、ふと思ったの」

 先天性能力細胞肥大症とは、アビリティを司る能力細胞が、本来体に行き渡る栄養を吸収してしまう病気である。時間が経つごとに能力細胞が肥大化し、症状は重くなる。

 能力細胞が異常発達することで、人間が高次元生物になることは、当時はまだ知られていなかった。

 いや、知る由も無かったのだろう。能力細胞が変形する前に、この病気の人間は必ず命を落としてしまうのだから。

「しおり……」

「私、きっと後1年も生きられない。でも……明日人君や、聖夜や柊と一緒に過ごせた思い出があるから、怖くないんだ」

「そんな……!死ぬなんてまだ分からないだろう?もしかしたら、病気が寛解することだってあるかもしれない。だから、諦めるなんて……!」

 明日人は、そう必死に訴えて……涙を流した。

「っ……、君がいなくなったら、僕は生きていく自信がない……。悲しくて辛くて、きっと耐えられない……!」

「明日人君、駄目。明日人君は、生きるの」

 しおりはそう言うと、優しい笑顔で彼を見つめた。

「生きてたら、絶対に……幸せなことが起きるの。私が、生きてたお陰で、あなたと出会えたように」

「しおり……」

「だから、生きて。私が生きられない、未来も……。明日人君が、生きて、大切な人と笑ってる未来が、私の希望なの。だから、お願い」

 しおりの言葉を聞き、明日人は、涙を拭って頷く。

「……ああ。それが、君の希望なら……僕は、生きる。生きるよ」

 明日人はそう言って、ベッドに横たわっている彼女の頬に口付けした。

「……愛してる。君が、過去に置いていかれたとしても」

「うん。……私も、未来を生きるあなたを愛してる」

 しおりは、痩せた顔いっぱいで幸せそうに微笑みながら、明日人のことを見つめていた。

* * *

 爆音が響く中、明日人はゆっくりと目を見開き、呟く。

「……ああ。何をしているんだ、私は」

 明日人は爆発で揺れる地面を必死に蹴って、瓦礫が落ちてボロボロになった、地下駐車場から地上階に繫がる車用の坂道を上り始めた。

「約束したじゃないか。しおりのために、生きると……!」

 坂道を登る度に、爆発による地上階の熱気が酷く伝わってくる。それでも、明日人は足を止めなかった。

「生きるんだ……!諦めずに……!!」

 やっと地上階に出ると、そこにはすでに火の手が上がっていた。燃え盛る瓦礫が、明日人の行方を阻む。しかし、僅かだが、瓦礫に隙間があった。

 人が一人通れるか通れないかの小さな隙間だ。しかも、燃えている。

 しかし、諦める訳にはいかなかった。

 明日人は、手元の端末を操作し、時空科学の応用で『巻き戻し』を発動して、辛うじて炎が燃える前の状態に戻した。

「これで、抜けられる……!」

 明日人は懸命に瓦礫を抜け出し、駐車場の出口まで辿り着いた。

(あと少しだ……!)

 もう助かった。そう思ったが、しかし。

 出口の天井から、大きなコンクリートの塊が降ってきたのだ。

「なっ……!」

 明日人は咄嗟に『遅延』を発動して、急いで出口を駆け抜けようとした。だが、爆発により地面が揺れ、その場に転んでしまう。

 彼の足に、コンクリートが叩きつけられた。

「ぐぁ……!」

 明日人の足に激痛が走る。痛みのあまり、意識が飛びかけた。

 しかし、明日人は唇を噛みしめてそれに耐え、手元に落ちた端末から通話アプリを開く。

「千秋……」

 明日人は痛みを堪えながら、15年前に一度教えて貰い、以前使っていた携帯に登録していた千秋の番号を、記憶を頼りに打ち込んだ。

 明日人の耳にコール音が鳴り響く。

「頼む、出てくれ……!」

 コール音が5回鳴り響いた、その時。

『もしもし……?』

 千秋の声が、明日人に届いた。

「千秋……!」

『明日人さん!?今、どこにいるんですか!?』

「駐車場の……地上階の入り口だ……足が、コンクリートに挟まれて、動けないんだ……」

『っ……!分かりました。すぐに助けを呼びます!』

 そう言う声がして、電話が切れる。

(……助かる。これで……)

 そう確信した明日人は、緊張の糸が切れ……周囲の爆発が続く中、意識を失った。


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