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僕らと命のプレリュード 第10話

 聖夜と柊はパトロールを続け、町外れにある2人の家……瀬野家まで来た。

 フラワーショップ瀬野と書かれた看板は年季が入り少し色褪せていたが、町で唯一の花屋ということで多くの人に愛されている。そんな実家も同然の花屋が、聖夜も柊も大好きだった。

「……夏実姉ちゃん達、元気かな?」

「入ってみる?」

 柊の言葉に、聖夜は慌てて首を振った。

「何で?家に帰るみたいなものじゃない」

「あんなに決意して家を出たばっかりだからさ、何となく恥ずかしい……」

「えぇ~……?」

 柊はよく分からないという目で聖夜を見る。

「……あれ?」

 入り口のドアがガラガラと開く音を聞いて、2人は店先を注視した。すると、中から翔太が出てきたのだ。ピンクのカーネーションの花束を手にしており、これから誰かに会いに行くのか、珍しく私服のジャージ姿だった。

「聖夜!あれって……」

「翔太……?」

「誰かに会いに行くのかな……すごく気になる!追いかけよう!」

「え、パトロールは……?」

「パトロールしながら!」

 柊の目が今日で一番輝いていた。

(多分柊の考えてるようなことじゃないだろうけど、一体誰に会いに行くんだろう……)

 2人は物陰に隠れながら、こっそりと翔太の後を追いかけていった。

* * *

 2人が翔太の後をついて行って辿り着いた先は、病院だった。翔太は天ヶ原町立総合病院と書かれた建物の正面玄関前で立ち止まり、後ろを振り返る。すると、植木の陰に隠れていた聖夜と柊と目が合った。

「……お前たち、何してるんだ」

「いや~……」

「誰に会うのか気になって……」

 愛想笑いをする2人を見て、翔太は溜息をつく。

「なら、一緒に来てくれ」

 そう言ってスタスタと歩いて行ってしまう翔太の後を、2人は慌てて追いかける。翔太に連れられるがままに階段を上ると、そこは精神科病棟だった。2人の前を歩いていた翔太は、ある病室の前で立ち止まった。

「燕。入るぞ」

 ノックをして、翔太は病室のドアを開ける。その病室のベッドの上では、1人の少女がぼんやりと窓の外を見ていた。少女は翔太達に気が付くと、虚ろな目でこちらを見る。翔太と同じ翡翠色の髪と、まつ毛の長い大きなツリ目。翔太と似ている美少女だ。

「……お兄さん」

「燕、元気にしてたか。今、花を変えるからな」

「はい……」

 翔太は花瓶の花を片付け、新しく買った花束を挿した。

 翔太を「お兄さん」と呼んでいるのを聞いた限りだと、2人は兄妹なのだろう。しかし、燕の他人行儀な態度を見て、聖夜と柊は戸惑う。

(なんだかよそよそしいな……)

(そうだね……)

 2人が小声で話していると、燕が二人の方に視線を向けた。

「後ろの2人は?」

 燕に尋ねられ、聖夜と柊は慌てて燕に向き直った。

「俺は宵月聖夜。翔太の仲間だよ」

「同じく宵月柊。よろしくね」

「風見燕です。……確認なんですけど、今日初めて会いますか?」

 燕の妙な質問に、聖夜は戸惑いながらも頷いた。

「そうだけど……」

「分かりました。よろしくお願いします」

 頭を下げる燕につられ、2人も頭を下げた。

* * *
 
「翔太は妹に会いに来てたんだな」

 病室を出て聖夜が言うと、翔太は頷いた。

「ああ。俺の唯一の身内で、何よりも大切な妹だよ」

「でも、少しよそよそしかったよね?」

 柊の問いかけに、翔太は廊下を歩きながら答える。

「燕には、小さい頃の記憶が無いんだ」

「え……」

「心因性の記憶喪失だよ。重度のPTSDとも言われた。4年前、俺が小6で、燕が小4の頃、高次元生物に襲われて両親が亡くなったんだ。他の任務が忙しかったのか、特部の到着が遅くなってな。俺は、怪我をして気を失った燕を守るために、アビリティを発動して……何とかそいつを追い払ったんだ」

 絶句する2人を前に、翔太は話し続けた。

「目を覚ました燕が記憶を失っているって分かったときは、絶望したよ。頼る当ても無かったし、たった1人で明日からどうすればいいんだってな。そこを総隊長に拾って貰ったんだ。俺が特部で戦う代わりに、2人の生活を保障するって……それで、俺は燕のために戦う覚悟を決めた」

「そんなことがあったのか……」

「ああ。……だから、特部も知らない、何の覚悟も無さそうな2人が特部に来たときは正直腹が立った。今ならそんなことないと分かるが……あの時はすまなかった」

 翔太は2人に対して寂しそうに笑った。

「燕と、仲良くしてやってくれ」


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