僕らと命のプレリュード 第2話
千秋に車で連れられて来たのは、町の郊外にある立派な黒い建物だった。警察署と似たつくりの、3階建ての建物。玄関の、艶のある黒い壁には、金色の文字で「特殊戦闘部隊 中央支部」と刻まれている。
「着いたぞ」
「ここが特部の本部……?」
柊が尋ねると、千秋は頷いた。
「ああ。ここは本部兼中央支部だ」
「支部ってことは、他にも部署があるんですか?」
「そうだ。その事についても中に入って話をしよう」
静かに建物に向かう千秋の後に続いて、聖夜と柊も入口の自動ドアをくぐる。すると、千秋の姿を見つけた赤毛の女性が、受付から慌てて駆け寄ってきた。
「志野総隊長!おつかれさまです!」
「ん、君は……」
「昨日付けで配属になりました!新人オペレーターの真崎日菜子です!」
「ああ、君が例の。琴森はどこだ」
「私を呼びました?」
千秋が尋ねと、艶やかな長い黒髪の女性が、受付窓口の横の扉を開けて、こちらへ向かってスタスタと歩いてきた。彼女は、聖夜と柊を見るなり、何かを察したように真剣な顔になる。
「総隊長、もしかして2人が……」
「ああ。こちらは宵月聖夜と宵月柊。新たに中央支部に配属する隊員だ。……2人とも、彼女はここの支部長だ。入隊後分からないことがあったら彼女に聞いてくれ」
「琴森聡美よ。よろしくね、2人とも」
琴森は、髪をかきあげながら柔らかく微笑んだ。その大人っぽい仕草に見とれている聖夜の足を、柊がげしっと蹴る。
「痛っ…………。よ、宵月聖夜です。よろしくお願いします!」
「宵月柊です。よろしくお願いします」
「よし。それでは総隊長室に向かおう……」
「おーい、千秋!」
背後からの声に振り返ると、書類を持った眞冬が玄関へ入ってくるところだった。
「頼まれてた依頼これでよかったか……って、聖夜に柊!?」
「眞冬兄ちゃん!」
「何でここに居るんだ?アビ課は……」
「落ちたけど、特殊戦闘部隊にスカウトされたんだ!」
「そっか……」
複雑そうな表情をする眞冬に、聖夜と柊は首を傾げる。
「眞冬兄ちゃん?」
「眞冬兄さん、どうかしたの?」
眞冬は、不思議そうな顔をする2人に対して慌てて笑顔を作ると、首を横に振った。
「……なんでもないよ」
「眞冬、その資料……例のものか?」
千秋が尋ねると、眞冬は慌てて頷いた。
「そうそう!……できれば早めに話したい。今、時間良いか?」
「……分かった。琴森、後を頼む」
「了解。……さあ、2人とも、ついてきて。真崎さんは受付業務をお願い」
「はい!」
2人が琴森の後をついて廊下の奥へ消えていく。それを見送ってから、眞冬は千秋に尋ねた。
「お前……夏実の家が引き取った子だって分かってて特部に入れたのか?」
「……ああ。だがあの能力、アビ課に留めておくのは惜しい」
「あいつが何で2人を特部から遠ざけておいたのか、分かってるよな?」
眞冬にしては珍しく厳しい声だった。
「……ああ」
千秋は右手の薬指に嵌めた桜を象った指輪を見つめて、静かに呟く。
「守るさ。それが総隊長の仕事だからな」
* * *
聖夜と柊は琴森についていき、特部の施設を案内されていた。手始めに案内された部屋は、大きなモニターと機材のある広い部屋だった。数席あるデスクには制服を着た職員が座っており、モニターを確認しながらパソコンのキーボードを叩いている。
「大きいモニターだな……」
聖夜が感心していると、琴森はテキパキと説明する。
「ここは司令室。映ってるのは全国に設置している小型カメラの映像ね。ここでモニターを確認しながら、高次元生物を発見したり、隊員のサポートを行うの。高次元生物は知ってるわね?」
琴森が尋ねると、柊は頷いた。
「平たく言うと、怪物みたいなものですよね?時々ニュースになってますよね」
柊の言葉に琴森もまた頷く。
「念のため、詳しく解説するわね。高次元生物とは、人の形に近いものも居れば、全く違うものも居る、アビリティのようなもので人々を襲う怪物。その形態は多岐に及ぶけれど、共通点として意思疎通ができないことが分かっているわ。年間被害者数はおよそ1万人。うち死亡者数1000人。交通事故と比較したら少ないけれど、最近増加傾向にあるわ。……それを少しでも減らすのが特部の役目ね」
「特部か……そういえば、特部って何人くらい隊員が居るんですか?」
聖夜は不思議そうに首を傾げる。すると、琴森はウインクしながらこう言った。
「じゃあ、隊員達に今から会いに行きましょうか」
* * *
琴森に連れられて、聖夜と柊は談話室を訪れた。
「失礼します……」
談話室の中には、黒い制服を着て、青いマントを身につけた5人の少年少女が、中心の丸いテーブルを囲んで座っていた。彼らは聖夜たちに気が付くと、各々2人の様子を窺う。
「紹介するわね。こちらは宵月聖夜君と宵月柊さん。新しく中央支部に加わった隊員よ」
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
2人はそれぞれお辞儀する。
「さ、みんなも自己紹介して」
「では僕から」
室内にも関わらずマフラーをつけた、端正な顔立ちをしている先程の銀髪の少年が立ち上がり、柔和な笑みを浮かべた。
「僕は中央支部リーダー、北原白雪。アビリティは『氷雪』。よろしくね」
「よろしくお願いします!……ところで、何でマフラーしてるんですか?もう春なのに……」
聖夜が尋ねると、白雪は柔和な笑みを崩さずに答えた。
「高能力症候群……HASを患っていてね。能力の制御が人より苦手なんだ。だから室内でもマフラーを着けていないと寒いんだよね」
「HAS……?」
聖夜は首を傾げる。すると、柊が横からフォローを入れる。
「High Ability Syndromeの略だよ。強いアビリティを持つ代わりに、体へのダメージが大きいの」
「ああ、なるほど……」
白雪は、納得した様子の聖夜に微笑み、隣に座っていた若葉色の少女を視線で促した。彼女は少し頬を染めながら頷き、聖夜と柊に向き直って口を開く。
「次は私ね。美ヶ森花琳です。アビリティは『植物』よ。よろしくね、2人とも」
「花琳さん……よろしくお願いします」
柊が挨拶すると、花琳は優しげなタレ目を細めて穏やかに微笑んだ。
「はいはーい!次あたしな」
花琳の隣に座った、紺色のポニーテールの元気な少女が名乗り出た。
「あたしは美ヶ森海奈。アビリティは『水』!よろしくな。気軽に海奈って呼んでくれ」
「ああ……海奈、よろしくな!」
聖夜が明るく頷くと、海奈は嬉しそうに笑った。聖夜の傍らにいる柊も、海奈の気さくな様子に微笑んでいる。
とても明るい雰囲気だったが……海奈が自己紹介を終えると、部屋が静かになってしまった。
「……2人とも、自己紹介しなよ!」
海奈が苦笑いしながらそう言うと、明るい茶髪で、長い前髪の少年がぼそぼそと言った。
「……海透深也。アビリティは『透明化』。……よろしく」
「ああ、よろしくな」
聖夜が笑いかけると深也は目をそらした。人見知りなのだろうか。
「……それで、君は?」
柊が残りの少年に声をかけると、少年は2人を睨みつけた。
小柄で、少し長い翡翠色の髪を一纏めにした、一見すると少女のように見える、先程自分達を助けてくれた少年。しかし、その迫力に聖夜は少し身構える。
「……お前達、特部を知らなかったんだろ」
「あ、ああ……」
「そんな奴らを仲間として受け入れるのは難しい」
聖夜が助けを求めて琴森を見ると、彼女はやれやれと額に手を当てていた。
「ここに居る隊員は、みんな特部がどんな組織か知っていて、戦う覚悟を持って入隊した人ばかりなんだ。……お前達みたいな、戦う覚悟があるかも分からない奴、俺は認めない」
そう言う少年を柊は思い切り睨み返す。
「さっきから黙って聞いてれば何なの?確かに特部のことは知らなかったけど、憶測で私達を判断しないでくれるかな?」
「お、おい柊……」
慌てて制止に入る聖夜を、柊は遮った。
「君は知らないかもしれないけど、私達、誰かを守るためにアビリティ課の試験を受けたの。それで、戦闘試験は突破してる。戦う覚悟も、戦う力だって持ってるの。なのに、それを知らずにずけずけと……。思い込みで相手を判断するの、人としてどうかと思うけど」
柊の言葉に、彼の眉がピクリと動く。
「なんだと……」
「文句があるなら、私達のことを知ってから言って。強さの証明が必要なら、今ここで君のこと倒したっていいけどね」
「俺を倒すだと?2人がかりで高次元生物を倒しきれなかったお前が?笑わせるな」
徐々にヒートアップしていく2人の様子に、周りの隊員も戸惑いの表情を浮かべる。
「ひ、柊……落ち着けよ。俺達、喧嘩しに来たんじゃないだろ?」
「でも……!」
その時、突如サイレンが鳴り響いた。
『天ヶ原商店街に高次元生物が発生しました!中央支部、直ちに出動して下さい』
高次元生物の発生を報せるアナウンスが鳴り響くと、琴森は即座に言い放った。
「花琳さん、海奈さん、深也君はここで待機。残りのメンバーで商店街へ急いで!」
「了解」
「チッ……分かりました」
白雪と少年は談話室から駆け出した。部屋から走り去る少年に対して、柊はべーっと舌を出す。その様子に苦笑いしながら、聖夜は琴森の方を向いた。
「琴森さん、俺達は……」
「あなた達2人にも同行して貰うわ」
所在なさげに戸惑う聖夜に対して、琴森は冷静に告げる。
「え……俺達今日来たばっかりで何も分からないけど、大丈夫かな……」
「大丈夫。白雪君達ならあなた達のフォローをしても十分戦える。それに……」
琴森は柊を見て悪戯っぽく笑う。
「見返してやりたいでしょ?」
「うん!」
柊は力強く頷いた。
「行こう、聖夜」
「……ああ、分かった!」
2人は談話室から走り出た。
3話(続き)
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