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僕らと命のプレリュード 第12話

 本部に戻った2人は、総隊長室を訪れた。赤いじゅうたんが敷かれた、広い部屋。しかし、部屋の中には総隊長用のデスクと、来客用のソファとガラスのテーブル、そして、物がほとんど飾られていない棚が一つあるだけで、とても寂しい印象を受ける。

    聖夜は、ふと、棚に唯一飾られている写真が気になって近寄ろうとした。しかし、丁度よく扉が開いて千秋が入って来たので、慌てて柊の隣に戻った。

「2人とも、待たせたな」

「お待たせ~!」

 眞冬も千秋の後に続いて、ひらひらと手を振りながら、部屋の中にやってくる。

「翔太は?」

 聖夜が尋ねると、千秋は微笑んで言った。

「回復反動で眠っているよ。清野も問題ないと言っていたし、心配ないだろう」

「そっか。良かった……」

 胸をなで下ろす聖夜を見て、千秋は何かを察したように言った。

「君を庇った時、翔太には余裕が無かったんだろう。普段の翔太ならあの場面で『かまいたち』を使うなりして枝を断っていたはずだ」

「そう、ですかね……」

「ああ。……昔、翔太が襲われた高次元生物も植物の形をしていたらしい。加えて大事な仲間が危険な状況だった。きっとその時のことを思い出して、必死だったんだろう。君だけのせいじゃない」

「……でも、俺の力不足も事実です。現に眞冬兄ちゃんや総隊長が居なかったら……」

 落ち込む聖夜の肩を、眞冬はぽんと叩いた。

「なら、その穴を埋めるために特訓しなきゃな」

 眞冬の言葉に、聖夜はしっかりと頷く。それを見て、眞冬は静かに微笑み、千秋に向かって声をかけた。

「……じゃ、それそろ本題に入るか、千秋」

「ああ。……2人をここに呼んだのは他でもない、君達の父親について話がしたかったからだ」

「父さんについて……」

 2人は息を飲んだ。

「そう。君達の父親……宵月明日人についてだが、何かの事件に巻き込まれた可能性が高い」

「な、何でそう思うんですか?」

 柊の問いに眞冬は真剣な顔で答える。

「ずっと調べてたんだ。……2人が夏実の家に来てから」

「眞冬兄さん……」

 目を見開く2人を見ながら、眞冬は問いかける。

「2人はさ、父さんのこと、どの位分かる?」

 聖夜と柊は顔を見合わせて首を横に振った。

「あんまり……俺達が子どもの時にはもう居なくて……」

 聖夜がそう言うと、眞冬は真剣な面持ちで口を開いた。

「実はさ、俺達……2人の父さんに会ったことがあるんだ」

 眞冬の放った衝撃の一言に、2人は何も言えずに固まる。その様子を見て、眞冬は苦笑いしながら頭を掻いた。

「……驚くよな。黙っててごめん」

 眞冬はそう言って、目を伏せながら話を続けた。

「俺と千秋、それから夏実と……もう1人。小学生の時に明日人さんに助けて貰ったんだ。暴走したトラックに轢かれかけたときに。それ以来、自分達も人助けしたいって言い出した奴がいてさ。明日人さんを巻き込んで何でも屋を始めて町中の人を助けて……」

 眞冬は、懐かしそうに微笑む。

「……だから、明日人さんのこと、2人より分かってる。聞いてくれるな?」

 そう言う眞冬に、2人は頷いた。

「……明日人さんは、時空科学者だった。タイムマシンを開発した天才博士だって、当時は結構有名だったんだ」

「ほんとに?」

 訝しげに柊は尋ねた。

「信じられないかもしれないけど、本当だ」

 そう言うと眞冬は1枚の新聞を2人に見せた。数年前の一面の記事。そこには確かに、「時空科学者宵月明日人、タイムマシンを開発!」と書き記されていた。

「当時は一世を風靡したけれど、タイムマシンを動かすには『時』の能力が必要でさ。量産できなくて、結局世の中のブームからは消えちゃったって言ってた」

 眞冬がそう言うと、千秋が付け加える。

「時の能力者は非常に珍しいと言われている。時の能力より多数の対象にエネルギーを放出させる能力は今の所存在しないんだ。柊のアビリティを思い出せば分かると思うが……非常に稀な存在なんだよ。君達も、明日人さんも」

「そうだったんだ……」

 聖夜は目を丸くした。

「話を戻すぞ。……俺達が高校生になる直前、明日人さんとしてた何でも屋の活動が評価されて特部にスカウトされたんだ。それ以来関わることは減ってしまったけど、明日人さんは優しい人だってよく分かる」

 眞冬は2人を真っ直ぐ見て続けた。

「だから、火事が起きて夏実の家に引き取られたって時は信じられなかった。子どもを置いて居なくなるような人じゃない。それで、ずっと明日人さんの行方を調べてたんだ」

「それで、行方は?」

 聖夜が聞くと、眞冬は苦笑いして言った。

「残念だけど、分からない。始めに言っただろ?事件に巻き込まれた可能性が高いって」

 眞冬は真顔に戻り、重々しく口を開く。

「……明日人さんの家の地下にあるタイムマシンが無くなっていたことが分かったんだ。厳重に保管され、他の誰にも使われることの無いはずのタイムマシンが」

「……!」

「明日人さんは利用されたのかもしれない。……タイムマシンを狙った何者かにな」

「そんな……なら早く助けないと!」

 そう言う聖夜に、千秋は落ち着いた様子で告げる。

「もちろん、そのつもりだ。……しかし今はこれ以上の手掛かりが無い。いずれ、このことは大きな事件として君達の前に立ちはだかることになるだろう。その時のためにできることは、ただ1つ」

 千秋は2人を真っ直ぐに見据えて言った。

「強くなることだ。君達2人はまだ伸びる」

 千秋の言葉に、2人は頷いた。

「明日人さんのことは引き続きこちらで調査しておく。君達も精進してくれ」

「はい!」

「わかりました」

「話は以上だ。聞いてくれてありがとう。ゆっくり休んでくれ」

 千秋の言葉に2人は頷き、部屋を後にした。2人が居なくなった部屋で、眞冬は溜息交じりに千秋に尋ねる。

「結局、2人を焚きつけただけじゃん。……こっちの話は言わなくて良かったのか?」

 眞冬はファイルを千秋に見せた。何枚もの紙が挟まれて分厚くなったそれの表紙には、「高次元生物は人為的に生み出されている可能性について」と書かれている。

「ああ。……まだ核心をついていないからな」

 千秋は、部屋にある大きな窓に歩み寄りながら、眞冬に答える。

「今は少しでも彼らに強くなって貰わなければならない。他者を守るだけではなく、彼ら自身を守るためにも。あの2人には、その中核を担えるだけの素質がある」

「……そうかよ」

 眞冬は鞄にファイルをしまい、代わりにミルクココアの缶を取り出した。

「ほれ、どうせ休んでないんだろ。これで一息つけよ」

 そう言って、眞冬は千秋に缶を投げ渡した。

「何で分かったんだ?『読んだ』のか……?」

 千秋の反応に、眞冬は思わず苦笑いする。

「あのなぁ、俺が親しいやつにアビリティ使わないこと知ってるだろ。……見てられないっての。夏実もお前も、ずっとあいつに縛られてる。……お前が無理して倒れても、あいつは絶対喜ばないの、お前が一番分かってるだろ」

「……そう、かな」

 右手薬指に嵌めた指輪を見て呟く千秋に対して、眞冬は溜息をついた。

「そうだよ。……俺もう行くけど、無理だけはすんなよ」

 眞冬はそれだけ言い残して、総隊長室を出た。それを見送り、千秋は1人、窓の外を眺める。遠くまで広がるのどかな町の風景。町外れの公園には、桜が咲き始めていた。

「……桜、か。もう君はいないのにな」

 桜から目を逸らし、薬指の指輪に視線を移す千秋の瞳が、僅かに潤む。

「春花……」

 指輪を見つめ、ある名前を口にする千秋のことを、棚に飾られた写真の中の薄紅色の瞳をした少女が、微笑みながら見つめていた。


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