アキレス最後の戦い(IV)~追記する町、しない町
「ジーサン、やってる?」と前を走る「ペンテシレイア」が無線を飛ばしてきた。「亀」は後部座席で酔っ払って寝ているはずなのに、何を言ってるんだ?
バックミラーに目をやると、完全オフライン状態にしてUSBキーボードを叩きまくる「亀」の姿がみえた。タッチを完全静音モードにしているので、気配さえない。
あれでミスタッチ一つないんだから、たいしたものだ。
「亀ジーサンは酒に飲まれても、決して酔い潰れたりしない」と彼女は言った。「根は真面目なんだ。だから、酔った振りをして、作業に移ったんだろう。
「さっきの町の壊滅を反映させた修正データを、戦略プログラムに追記しなきゃいけないからね。あたしもウッカリしていて、さっき気づいたんだ。亀ジーサンもさすがだね」
「芝居しなきゃいけなかったのは?」
「どこで敵に勘づかれるかわからないじゃん。サービスエリアは監視カメラだらけだし」
彼らのコンビネーションは、まさに阿吽の域だった。「君たち、すごいね」と僕は小声で無線を飛ばした。
「亀ジーサンはサイコーのジーサンだよ」と彼女は向かい風のなかで、笑うように言った。
*
どれだけの町が消えたのだろう?正確にはわからない。なぜなら、世の中の情報すべてがフェイクで病んでいたから。
フェイクの写真、フェイクの動画、フェイクの書類、フェイクの事件、フェイクの訃報、フェイクのニュース。
99パーセントを真実と受け止める仮想世界居住者の、フェイクに対する関心は1パーセントにも満たない。さっきの消えた町もフェイクで差し替えられるだろう。当局中枢要人の顔写真も、ほとんどがフェイクだ。
だから、戦況はつかみにくい。
だから、フェイクと戦おうとしても、誰と戦えばいいのかさえわからなくなる。
こんな世界は、もうゲームオーバーじゃないのか?誰が勝者なのかわからないゲーム。
*
薄暗くなった頃、後部座席で「うおおおおお」と「亀」の激しい声がした。とうとういかれてしまったかと思うくらいだ。
「消えた町が、窓から見えとる!」と「亀」は僕たちに無線を送った。
前方左に高いタワーの点滅が微かに確認できる。その下には薄っすらと細かな町の灯りが、集合体となって敷き詰められていた。
「あれは『火星のソドム』と悪名高かった町ぢゃ。まだ生き残っておったとは」
「通信ひとつ飛ばせなかったし、検索だって引っ掛からなかった。まるで独立してWeb構築しているみたい」と前を走る「ペンテシレイア」が分析する。
「亀」は再びプログラムに修正をかけるべきか迷っていた。だが、じっとその景観を見ているうちに、「亀」も僕たち二人も、スルーすることに決めた。この町は火星仮想世界の虚構から解き放たれた、別宇宙に匹敵するポジションだと見極めた。それを戦略プログラムに書き込むことは、この泡の崩壊を招きかねなかった。
ハイウェイは静かに『火星のソドム』のオレンジ色の光に包まれてゆき、僕たちは突き進んでいった。どこにも人影は見当たらなかった。どこにも賑わいはなく、眠る町だった。
ここに留まることが許されないことも、わかっていた。
(to be continued)
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