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あれは、ゴンドワナ・・・

ロケット推進装置の調子が悪いため、セルゲイを機長とする火星開拓探査チームは緊急着陸の準備に取り掛かった。後ろの座席の通信士が、さっきから地球本部への交信を試みていた。

「どうしたというんだ?」とセルゲイが訊ねた。

「通信はつながるのですが、向こうは誰も出ません」と通信士は汗びっしょりになっていた。

「本部では数十人のスタッフが俺たちの様子を、モニターで見ている筈なんだ。そんなわけがない」

「機長、見てください。このとおり、本部はもぬけの殻です」と通信士は大画面モニターのスイッチを入れた。そこには空っぽの暗い部屋が映っているだけだった。唯一、一匹の猫の影が行ったり来たりしていた。これは静止画でもないらしい。

「これじゃ埒があかないな。自動操縦の飛行データはすべて本部から送信されなければ、運用は不可能だ。それでは自動操縦は諦めて、手動での着陸に切り替える」とセルゲイは久しぶりに操縦桿を握った。副操縦士も隣にスタンバイした。二人とも手動での着陸は慣れていなかった。レーダーには水蒸気のような影がとらえられていたが、着陸には支障なさそうだった。

*

なんとか無事に着陸したセルゲイたちは、ロケットの内部と外部の両方からの点検を隈なくおこなった。特に目立った損傷は見つからなかった。だが、「テストエンジンの起動、スタンバイ」と何度繰り返しても、エンジンは炎が吸い込まれるように消えた。

「まるで逆回転のビデオを見ているような気がするんだが」とセルゲイは溜め息をついた。

「機長もそう感じますか?」と横にいた副操縦士が言った。セルゲイは何かを思いついたように、手元の要らない紙を破いた。破った紙はすぐ元の一枚の状態に戻った。

「なんてことだ」

*

外に出ていた隊員の一人が無線で叫んだ。「機長、すぐ来てください!確認してほしいものがあります」

セルゲイたちは昇降口から外の景色を目にして、言葉を失った。空を舞う透き通ったクラゲの群れが、真っ直ぐ北を目指して通過していた。機内の生物班のチームが即座に観測を開始した。

「大気を舞っている生命体からの、皮脂と思しき遺伝物質を入手」と報告があり、検査機器からすぐ解析データがはじき出された。「あれは100%クラゲです」

「100%のクラゲだって?」とセルゲイは首を傾げた。火星に生息して空を舞うという、未確認の生命体であるはずなのに。

「確かにおかしなことです。でも、DNAの組成は100%一致しています。ジャンクDNAだけは未知の配列を含んでいるので、それが原因かもしれません。それから・・・」

「どうした?」

「クラゲの周りだけ、時間軸の向きが正反対の方向にずれています。われわれは過去方向に向かって移動しています」

*

どれくらい過去に遡ったのだろう?時間の経過がよくわからなくなってから、おそらく数日が経過していた。

透明クラゲが通過してしまうと、われわれは何度も地球との交信を試みた。だが、地球の電波をとらえることはできなかった。

地球の軌道計算も修正が効かないレベルに大きく誤差が出ていた。特定の星を目印にした位置情報も、まるで使い物にならなかった。

当初は空間の歪みが原因する観測のずれゆえの、通信障害だと分析していた。だが、その後の調査では強い重力場も確認できず、太陽像を使った三次元的な揺らぎの調査では正常値の範囲を指し示していた。

交信ができない原因が、ありふれた観測で明らかになろうとは、誰も予測もしていなかった。

ある日、観測班が地球を望遠レンズで拡大した。「懐かしいな」とわくわくしながら映し出された映像に、セルゲイたちはハッとした。アメリカ大陸とアフリカ大陸と南極大陸が、ほぼ隣り合わせに接近していたのだ。

「あれは、ゴンドワナ・・・」

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