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荒れ地にて

この世界はとてつもない「まやかし」だ。一体この俺は何をするために、はるばるこの惑星まで来たんだ?

それは、まだ未開拓の火星市場に新規参入するためだった。汚い手を使わなくても、成功の見込みは十分あった。実際、それなりの店舗展開も進んで、着々と軌道に乗ったはずだった。

ところが、どうしたことだ?ある日を境に、経営状況は転落してしまった。暴落する数字に呆気に取られているうちに、資産はすっからかんになっていた。挙句、妻と子どもにも逃げられた。残ったのはこの俺の情けない身体だけだ。

ああ、この火星バブルが恨めしい。会社の株を買い占めて乗っ取ったのは、どこの何者だ?素性がさっぱりわからないだけに、なおさらこの身が疼いてくる。

おや?そこにいるのは何者だ?こんな荒れ地で、婆さんたちが四人で踊り浮かれているぞ。

「カエル様のお通りだ」

「トノサマガエルのお通りだ」

「身ぐるみ剥がれて追い出され、哀れな王様と顔に書いてあらあ」

「これからどこへ行きなさる?」

不思議な老婆たちだ。俺を愚弄しているかと思いきや、彼女たちの顔には救いの一文字が輝いているではないか!いや、これも騙しているだけであろう!もう、どいつの言葉も信じるものか!

「もとから顔色の悪いカエルさんじゃが、ここまで青ざめては不憫なものだ」

「どうれ、旦那。あつあつの苔スープを召し上がれ」

えい、黙れ!といつもなら怒鳴りたいところだが、もう蠅一匹追い払うだけの気力もない。しかし、すごく熱いスープだな。まるで煮えたぎった地獄の釜のような湯気だらけだ。それなのに、なんと甘くまろやかな舌触りなんだ!

「ここから先は、一歩進めば二歩下がる。三歩進めば六歩下がるという奈落の道じゃ。見た目はただの砂漠じゃがのう」

もう俺には戻る道がない。戻れば地獄、進んでも地獄。この世はすべて金が無くては生きていけない。地獄に生きてどうなる?

「わしらは金など持ちはせぬ」

「一銭だってありはせぬ」

「歌って踊って、一緒に飲み食いする毎日こそ人生なのさ」

「札束なんてくれてやらあ」

おもむろにつかまされた札束はずしりと重い。どうやら偽札でもなさそうだ。だが、これを元手に会社を再建したとしても、相変わらず俺は青い顔をしたまま、日々を怯えて過ごすだろう。

俺に札束は生きる薬になろうが、また反対に死に向かう毒にもなる。こんなものなど、見たくもない。だったら、この老婆たちの言う通り、放浪の道を選ぶのも、ひとつの選択肢なのかもしれない。この俺に今さら金があってどうなる?

老婆たちは輪になって踊り出した。

「カエルの脚は美味しいが、懐の中身は重くて苦い
明日はどこにもないけれど、今日の私はどこまでも
ケロケロ鳴けば雨が降り、そしたら泳いでどこまでも
少しくらいの喜びも、明日には忘れてまたあした」

「死んでもいいなら、生きていな
身ぐるみ剥がされたって、笑うのさ
おのれを追いやる最大の敵は、おのれ自身
嘘ついて笑うくらいなら、案山子になって突っ立ってるんだね」

「踊ろう笑おう、火星は回る
回るのどっち?みんなが回る
くるくる回って、東西南北溶け合って
過去も未来も、こんにちは」

一陣の風が砂を巻き上げて過ぎると、老婆たちの姿が消えていた。あれは喉の渇きからくる妄想だったのか?いずれにしろ、老婆たちの言うことも確かに一理あるようだ。俺はなにかを失ったけれども、行き倒れになって得をする者はいない。心だけがトノサマになって、孤独に落城するだけだ。

しばらく、この老婆たちの残したテントを拝借しよう。そして、存分に苔を食らい、つまらない嘘を荒れ地に捨ててしまおう。

これからのことは、ぐるぐる回って周回遅れで追いつくだろう。その時、誤魔化した者たちに挨拶すればいいじゃないか。

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