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ヤバすぎる発見

とても珍しい発見だった。古代遺跡としては異例の、掘削されたものの発見だった。

これまでの定説では、火星人は決して土を掘ることがなく、土の上に積み重ねる文化だと言われてきた。その理由はわからない。彼らは軟体動物だったから、掘る作業自体が難しかったのだろう。

その定説をくつがえし得るその遺物は、まるで井戸だった。見つけた当初は蓋がかぶせてあって、知らずにうっかり片足を乗っけた仲間が墜落するところだった。

穴はすごく深くて、覗き込んでも底がまったく見えない。落ちたらケガでは済まないだろう。幅は大人一人が入れる位しかなかった。それは明らかに人工的に掘られた穴で、崩れないように樹脂のようなもので壁面が固めてあった。

僕たちはすぐに所長に報告の連絡を入れた。

*

君たちの発見は、非常にまずい」と所長からメールが返ってきた。

ところが、その後の説明が一言もなく、件名も文末の署名すらもなかった。そのことから察すると、所長がメール作成中に誤って送信ボタンを押してしまったのだと思われた。

「所長は何に引っかかっているんだろう?」と僕は画面を覗き込んでいる穴に落ち損ねた研究員仲間に、疑問を投げかけた。

彼も首を傾げていたが、「とりあえず蓋を元に戻しておいた方がよさそうだね」と現場に戻ろうとした。

その時、メールの着信チャイムが鳴った。

*

埋め戻しましょうか?それとも彼らの」とだけ書かれたメールだった。相変わらず件名も署名もないところを見ると、これも誤送信なのだろう。それに送り先はたぶん僕たちではなく、所長のさらに上司にあたる人物に違いなかった。

「このメールって怖くないですか?」と穴に落ち損ねた研究員が感想を述べた。

確かに不気味だった。『埋め戻す』のが遺跡だとしても、『それとも』に続く彼らの身に何が起きようとしているのか、気になって仕方がなかった。当然、僕たちが共通して連想する言葉は、あまり縁起のいいものではなかった。

けれど、それはただの思い込みでしかない。

*

このあと、所長からのメールはなかなか届かなかった。僕たちは取り敢えず穴に蓋だけをかぶせ直した。蓋は木のような炭素系のものでできていて、かなり劣化していた。2億年も経ったんだもの。僕たちは念のために現状の写真を撮影しておいた。

僕たちの妄想は、ある程度固まっていた。僕たちの井戸らしき穴の発見は、所長にとって非常に具合の悪い発見だった(その理由はわからない)。そこで所長はさらに上位組織の人物にお伺いを立て、井戸らしき穴の発見についてのもみ消し工作を図っている(下手すると僕たちは消されるかもしれない)、というものだった。

火星なら何が起きたっておかしくない。いつだって非常事態だから。

*

翌日、所長の急な異動がホームページで発表された。表向きは他部署への応援のためだと書かれていたが、職場内のチャットでは依願退職だという噂で持ちきりだった。

朝に開いたメールに、すでに元所長となった送信者から、また書き損じのメールが届いていた。真夜中に届いたものらしい。CCに僕と穴に落ち損ねた仲間とが消し忘れたままで、肝心の送信先が空白、そして件名は「ヤバすぎ」だった。

俺たちのずっと隠し通してきたものが、ついに開けられてしまった。あの穴にあるものが知られてしまっては、もう火星人としての数億年の存続が、とうとう終焉を迎えてしまうだろう。先祖に申し訳ない・・・。大変なこ

ここで文章は切れていた。

僕と穴に落ち損ねた研究仲間は、このメールについてこっそり相談した。所長の正体はだいたい察することができた。穴を暴いたあとに何が待っているのかはわからないが、火星人のカタストロフがすぐそこまで来ていることは想像できた。

だから、僕たちは元所長宛に「昨日の穴だと思っていた遺跡は、僕たちの思い違いでした。仲間が急いでトイレをしようとして、深い穴を掘っただけでした。どうもお騒がせしました」と送信した。読んでくれるかどうかわからないけれど。

意外にもすぐに既読マークがついた。そして返信があった。やっぱり書き終えないで送信したものらしい。

さっきの辞令はサイバー攻撃によるでたらめだ。そんなことより、遺跡で用を足すとはけしからん。まあそんなことだろ

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