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未来予知少女のユウツ

少しづつ火星の空が澄んできた気がする。気のせいかもしれないけれど。

昨日、たっくんに告白された。ずっと同じ吹奏楽部で、同じホルン・セクションを吹いていた、あのたっくん。

おとついまで、わたしにはある映像が心に映し出されていた。わたしは木管担当のつっくんと幸せそうに三人の子どもを産んで、砂漠の隣に一軒家を建てて住んでいる。そんな姿だった。つっくんはわたしの片想いの先輩だった。

ああ、すごくリアルだったんだけどな。あれが未来予知だとずっと信じていたのに。ただの妄想だったなんて、ショックすぎる。

なんだ、たっくんか。

*

火星の大気組成がクリアになっていくと、きっと予知能力も低下していくんだな。たぶん、そんな気がする。

たっくんはリムスキイ=コルサコフを吹くとき、わたしのパートをうまくカバーしてくる。だって、わたしの舌は短くて、タンギングがうまく追いつかない箇所が出てくるから。たっくんはそのことをわたしに言わないで、しれっと音をかぶせてくる。

昨晩、わたしの心に何が映るのか、気になった。ドキドキした。すごく時間がかかった。いつもならフラッシュメモリのような瞬時起動なのに、その日に限ってハードディスク並みの遅い起動だった。

待っているうちに部活の疲れもたたって、寝入ってしまった。珍しく夢で予知が始まった。いつも以上にすごく長くて、眩しかった。

わたしは夢で繰り広げられる映像に、思わず息を飲んだ。

*

火星の空が火星らしくなくなっていくのを、わたしはワクワクしてしまう。わたしが居なくなるはずの未来には、二百年前の地球そっくりと言われそうだな。

わたしはいっぱい深呼吸する。

昨晩、どうやら一生分の予知能力を使い果たしたらしく、そんな自覚が心の表面に封印のように貼り付いている。

ホルンを抱えると、わたしはやっぱり舌足らずなままで、たっくんの音に助けられた。ちらっとたっくんの横顔を見ると、思いがけずたっくんと目が合った。やっぱり、そうだったんだ。この旋律の辺りでわたしがヤバいなあって、いつも見られていたんだ。

たっくん、ずるい。

でも、それでいいんだ。


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