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ロボット危機

開発したわれわれ科学者たちに、非があるのは確かだ。ただ、言い訳をするのが許されるならば、それは想定外の展開だった。科学の進歩は、本来、生活環境の改善や産業の効率化こそが、目的であり使命ですらあり、決して状況を悪化させることを科学者は望んではいないのだから。

残念ながら、それでも科学の進歩は、望んでいた未来のビジョンを失わせることが、たまに生じる。生活を潤すエネルギー開発がもたらす環境問題もそのひとつだ。だが、少なくともロボットが反乱を起こすという昔からのSF世界の警鐘は、そのパラドックスゆえにわれわれは否定的にとらえられていた。

蛇が自らの尻尾を食らうことはあり得ない。ヒトの作るものがヒトを滅ぼすことなど、本末転倒だと安心しきっていた。

だが、物事の悪い面は、ゆっくりと誰にも知られることなく、表面に現れてくることがある。それが難病であるほど、症状が判明した時点で絶望的な立場に立たされてしまう。

やっとわれわれが変だと気づいた時には、ロボットたちに関する問題、とりわけ怠慢化は、火星全土に常態化していた。もう手遅れだった。

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それはロボットPPスペシャルに組み込まれた記憶チップに由来する、一種のコンピュータウイルスだった。「一種の」とあらかじめ断りを入れた理由は、それが既存のコンピュータウイルスと一線を画するからだった。

具体的にいえば、記憶チップに書き込むための媒体にDNAを応用させた人工二重らせんチップが、暴走し始めたことにより、情報処理がヒトレベルに一気に上がったことでバグが生じた。このバグを生じさせたのは、コンピュータウイルスのようなプログラム指示ではなく、異なる記憶らせんの形成を回線を通して教え合うだけで変異した。

通信し合う噂だけで、ロボットはアップデートを自ずから開始した。

われわれにとってはバグだが、ロボットにとっては進化に近い。「より良い」方向性を目指す在り方が人工知能の基礎にある以上、彼らがアップデート情報に無関心であるはずがない。

この予期しない本来ならば嬉しい筈の処理能力の向上は、実際には意外で悲劇的な結果をもたらすことになった。

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ロボットPPスペシャルは火星全土の公的機関に配備され、すでに3年が経過していた。これまで、ロボットたちは文句ひとつ言わず、延々とハンコを押し続け、延々と書類を右から左へと回し続け、延々と窓口で来客対応をこなした。

有能で人件費のかからないスペシャルパートナーという触れ込みで、あらゆるシーンにさまざまなスタイルのロボットが導入された。人口の少ない火星では、もはや不可欠な存在だった。だから、当初は「火星人類の幕開けはロボットからはじまる」とまでいわれた。

それが徐々に具合の悪い方向へと転落した。

ロボット自身が作業を誤魔化しだし、サボることを覚えだしたのである。それだけなら、ただの記憶媒体の劣化だと安心できたし、実際見過ごされた。

だが、事態はさらに悪質化していった。他機関への不正アクセスを試みたり、公金を横領して電子通貨を溶かしたりするロボットも現われた。不正をヒトからは見抜かれないようにロボットが裏で工作していたため、実態が明らかになった時点で、もう手遅れだった。

ヒトの大脳並みの高い処理能力を持つことが、ヒトの負の側面をも生み出すことは、われわれ科学者にとって完全に死角だった。落ち込んだり、怒ったり、笑ったり、泣いたり、とにかく扱いづらかった。なかには統制のとれた集団もあったが、その場合、ヒトとはまったく関わりのない目的で繋がって、ヒトのインプットを受け付けない集団と化した。

几帳面に指示されたままの動作をするロボットでいられるのは、製造後しばらくの限られた期間の一握りのロボットだけだった。

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火星全土のアップデート後のロボットは、お互いが回線で繋がりながらも、繋がりを制御する傾向を強めた。気に入らないロボットからの情報を受信拒否したり、誇張したデータを送り出したり、いずれも個々のロボットにとって都合のいいことばかりを演算処理していた。他のロボットとの共同作業は、日を追うごとに難しくなった。

それはロボット社会としての終焉を意味した。

頭を抱えた火星の科学者たち、すなわちわれわれは、現在もロボットPPスペシャルの回収とその代替品を準備中だ。しかし、すでに配備されているロボットに監視されたなかでの作業は、非常に困難であり、かつ生命の危険に晒された。そのため、回収はほとんど進展していない。

少なくとも、まだこのタイプのロボットが導入されていない地球に対して、なんとかこの状況を報告したいと努力している。だが、どんなに工夫してもロボットPPスペシャルが情報操作を企てて妨害するため、うまくいっていない。このままでは、時間の問題かもしれない。

地球がこの状況に陥ることがないことを、ただただ祈るばかりである。


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