ヘブンリ・タックスで「へえー」で「たく」なわたしたち
地球の幼なじみとメールで話していると、毎年驚かれることがある。
「火星に来てまで税金を、えーっ、支払わなきゃならないの?!」
たぶん、火星は天国みたいな場所だと、みんなは勘違いしているんだと思う。だって、わたしだって移住前はそう思ってた。
「火星の相続税がとんでもなくてさあ」なんてわたしが言ったら、地球では「天国で相続税が何パーセント」みたいな話に聞こえちゃうんだよね。
たく。
しかも、消費税とか法人税とか、その他もろもろ。システムは地球と99パーセント同じじゃないかな?
そこまで知ったかぶって説明すると、友達は「へえー」と一緒に顔の絵文字をいっぱい送ってくる。数十個の絵文字が集まって、巨大な「へえー」ができあがる。
たく、暇な奴。
*
今年度の確定申告はなにかと面倒だった。結婚したり、退職したり、起業したり、出産したり。とにかくしたことだらけで、税務処理は一人の手には負えなかった。
だから、税理士さんがいるんだね。つくづく、そう実感したよ。
担当の税理士アボカドさん(仮名)は、仕事は丁寧で早くて誠実な人。だけど、彼女は火星に来てまだ半年で、環境の変化のいろんなことに慣れていなかった。特に、重力変化に伴う耳鳴りの症状に困っていると、よく言っていた。
「音楽聴くのが一番のリラックスなのに、このひどい耳鳴りじゃあね」とアボカドさんは、第27世代iPodのなかのプロコフィエフとかバッハとかライヒとかその他膨大なコレクションを、いつも聞かせてくれる。
こんなに心地よいリズムすら、今の彼女には伝わらないどころかツライのだという。「天国どころか煉獄みたい」なんてね。
おまけに頭痛もひどいそうだ。耳鳴りも頭痛も、体が順応するまでたぶん半年は悩むことになるだろうな。
火星移住も天国気分ばかりじゃないんだよね。
たく。
*
わたしの開発した農産物のトレードシステム事業は、順調に進んでは、必ずどこかで落ち込む。毎月、アボカドさんは「ま、こんなもんですよ」と慰めてくれる。火星相場の影響をもろに受けて大きな損失が出た月も、数値を説明したあと「底には底ですることがあるんです」といろいろアドバイスしてくれる。
いつも、わたしはただただ「へえー」と感心していた。
アボカドさんも、わたしのトレードシステムの事業拡大に、いつも「へえー」と目を丸くしている。赤ん坊のおむつ替えを見ても「へえー」と見ている。
あまりにもわたしたちが「へえーへえー」言っているものだから、見るに見かねて「へえーって言ってしまうのは、どういう生理現象なのか知ってますか?」とアボカドさんが説明してくれた。
「へえーな相手になりたいという現れですよ」なのだという。さすが大学卒業したての妙な雑学知識だけど、ほんとかなあ?
それでもやっぱり、わたしは「へえー」と口にする。
そういえば、以前は聴かなかったようなプロコフィエフの音楽を聴くようになったのも、そのせいなのかな?
たく。
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